杉本君について

葉月凛

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 北條ホールディングスは黒い噂が絶えない。暴力団組織と繋がっているとか、合法ぎりぎりのことをしているとか。

「俺は母親似なんだよ。子供の頃は特に似ていてな、親父によく悠里って呼ばれてた。それで、サクラオフィスに出向く際に、親父が勝手に俺の名前を『北野悠里』で通達したんだよ。一時の名前だから別に何でも構わないが、執着もあそこまでいくと病気だな」

 北野はそう言うと、ぐいと手元の日本酒を空けた。

「巻き込んで本当にすまなかった。……ほら、飲め」

 北野に徳利を向けられて、今度は素直に受ける。なみなみと注がれた酒をひと口含み、夏樹は居住まいを正した。

「あの、俺も、すみませんでした」
「え?」
「あの……北野さんのメール、勝手に見ました」

 ずっと、謝りたいと思っていた。

「それに、あの……見損なった、なんて言ってしまって。そんなことぜんぜん思ってないし……あのあと北野さんいなくなっちゃうし……本当にすみませんでした」

 頭を下げる夏樹に、北野がふっと息を吐く気配がした。

「……杉本って、つむじ2つあるのな」
「えっ」

 思わず、自身の頭頂部に手を当てて顔を上げる。

「つむじが2つあると大物になるらしいぞ。俺も2つだ」

 ごそごそと自分の頭をまさぐるが、よく分からない。

「──いや、いいんだ。こっちに帰ったのは、たまたま北條に急用があったからだよ。時期的に引き揚げる頃だったから、そのまま戻っただけだ。メールの件は見られて困るようなことをしていたこっちが悪い。それで、どの辺から見てたんだ?」

 夏樹は、北野のメールを見た経緯を話す。
 偶然、送信一覧のタイトルに自分の名前を見つけて気になったこと。社内でリストラの噂が出ていたこと、北野が、本社からリストラ査定に来たのではないかと疑っていたこと。……さすがに、自分が北條の幹部候補と勘違いしたことは伏せておく。いや、勘違いしたのは桑原なのだが。

「リストラ査定?」
「……すみません」
「なる程な」

 どうやら、北野が三國専務に送ったメールは、夏樹が見た3通だけだったそうだ。

「どちらかというと俺はあの支社の内情視察がメインで、杉本のことはついでだったんだよ」

 2通目のメールに添付されていた夏樹の写真は、美弥子にせがまれた三國専務に要求され、調査会社の調査員を捕まえて撮らせたものらしい。入手目的をきっちりと理解した結果の、あの笑顔の写真だった。

「言っておくが、最後に送ったメール以外は、本心だぞ。お前は協調性に優れているし仕事熱心だ。常に前向きで、将来有望な人材だと思っている。──最後のメールは、女が嫌いそうな人物を想定したんだよ、悪かった」

 でも間に合わなかったが、と北野は苦笑した。

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