73 / 106
73
しおりを挟む
北條ホールディングスは黒い噂が絶えない。暴力団組織と繋がっているとか、合法ぎりぎりのことをしているとか。
「俺は母親似なんだよ。子供の頃は特に似ていてな、親父によく悠里って呼ばれてた。それで、サクラオフィスに出向く際に、親父が勝手に俺の名前を『北野悠里』で通達したんだよ。一時の名前だから別に何でも構わないが、執着もあそこまでいくと病気だな」
北野はそう言うと、ぐいと手元の日本酒を空けた。
「巻き込んで本当にすまなかった。……ほら、飲め」
北野に徳利を向けられて、今度は素直に受ける。なみなみと注がれた酒をひと口含み、夏樹は居住まいを正した。
「あの、俺も、すみませんでした」
「え?」
「あの……北野さんのメール、勝手に見ました」
ずっと、謝りたいと思っていた。
「それに、あの……見損なった、なんて言ってしまって。そんなことぜんぜん思ってないし……あのあと北野さんいなくなっちゃうし……本当にすみませんでした」
頭を下げる夏樹に、北野がふっと息を吐く気配がした。
「……杉本って、つむじ2つあるのな」
「えっ」
思わず、自身の頭頂部に手を当てて顔を上げる。
「つむじが2つあると大物になるらしいぞ。俺も2つだ」
ごそごそと自分の頭をまさぐるが、よく分からない。
「──いや、いいんだ。こっちに帰ったのは、たまたま北條に急用があったからだよ。時期的に引き揚げる頃だったから、そのまま戻っただけだ。メールの件は見られて困るようなことをしていたこっちが悪い。それで、どの辺から見てたんだ?」
夏樹は、北野のメールを見た経緯を話す。
偶然、送信一覧のタイトルに自分の名前を見つけて気になったこと。社内でリストラの噂が出ていたこと、北野が、本社からリストラ査定に来たのではないかと疑っていたこと。……さすがに、自分が北條の幹部候補と勘違いしたことは伏せておく。いや、勘違いしたのは桑原なのだが。
「リストラ査定?」
「……すみません」
「なる程な」
どうやら、北野が三國専務に送ったメールは、夏樹が見た3通だけだったそうだ。
「どちらかというと俺はあの支社の内情視察がメインで、杉本のことはついでだったんだよ」
2通目のメールに添付されていた夏樹の写真は、美弥子にせがまれた三國専務に要求され、調査会社の調査員を捕まえて撮らせたものらしい。入手目的をきっちりと理解した結果の、あの笑顔の写真だった。
「言っておくが、最後に送ったメール以外は、本心だぞ。お前は協調性に優れているし仕事熱心だ。常に前向きで、将来有望な人材だと思っている。──最後のメールは、女が嫌いそうな人物を想定したんだよ、悪かった」
でも間に合わなかったが、と北野は苦笑した。
「俺は母親似なんだよ。子供の頃は特に似ていてな、親父によく悠里って呼ばれてた。それで、サクラオフィスに出向く際に、親父が勝手に俺の名前を『北野悠里』で通達したんだよ。一時の名前だから別に何でも構わないが、執着もあそこまでいくと病気だな」
北野はそう言うと、ぐいと手元の日本酒を空けた。
「巻き込んで本当にすまなかった。……ほら、飲め」
北野に徳利を向けられて、今度は素直に受ける。なみなみと注がれた酒をひと口含み、夏樹は居住まいを正した。
「あの、俺も、すみませんでした」
「え?」
「あの……北野さんのメール、勝手に見ました」
ずっと、謝りたいと思っていた。
「それに、あの……見損なった、なんて言ってしまって。そんなことぜんぜん思ってないし……あのあと北野さんいなくなっちゃうし……本当にすみませんでした」
頭を下げる夏樹に、北野がふっと息を吐く気配がした。
「……杉本って、つむじ2つあるのな」
「えっ」
思わず、自身の頭頂部に手を当てて顔を上げる。
「つむじが2つあると大物になるらしいぞ。俺も2つだ」
ごそごそと自分の頭をまさぐるが、よく分からない。
「──いや、いいんだ。こっちに帰ったのは、たまたま北條に急用があったからだよ。時期的に引き揚げる頃だったから、そのまま戻っただけだ。メールの件は見られて困るようなことをしていたこっちが悪い。それで、どの辺から見てたんだ?」
夏樹は、北野のメールを見た経緯を話す。
偶然、送信一覧のタイトルに自分の名前を見つけて気になったこと。社内でリストラの噂が出ていたこと、北野が、本社からリストラ査定に来たのではないかと疑っていたこと。……さすがに、自分が北條の幹部候補と勘違いしたことは伏せておく。いや、勘違いしたのは桑原なのだが。
「リストラ査定?」
「……すみません」
「なる程な」
どうやら、北野が三國専務に送ったメールは、夏樹が見た3通だけだったそうだ。
「どちらかというと俺はあの支社の内情視察がメインで、杉本のことはついでだったんだよ」
2通目のメールに添付されていた夏樹の写真は、美弥子にせがまれた三國専務に要求され、調査会社の調査員を捕まえて撮らせたものらしい。入手目的をきっちりと理解した結果の、あの笑顔の写真だった。
「言っておくが、最後に送ったメール以外は、本心だぞ。お前は協調性に優れているし仕事熱心だ。常に前向きで、将来有望な人材だと思っている。──最後のメールは、女が嫌いそうな人物を想定したんだよ、悪かった」
でも間に合わなかったが、と北野は苦笑した。
0
お気に入りに追加
27
あなたにおすすめの小説

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
ブライダル・ラプソディー
葉月凛
BL
ゲストハウス・メルマリーで披露宴の音響をしている相川奈津は、新人ながらも一生懸命仕事に取り組む25歳。ある日、密かに憧れる会場キャプテン成瀬真一とイケナイ関係を持ってしまう。
しかし彼の左手の薬指には、シルバーのリングが──
エブリスタにも投稿しています。
【R18+BL】ハデな彼に、躾けられた、地味な僕
hosimure
BL
僕、大祇(たいし)永河(えいが)は自分で自覚するほど、地味で平凡だ。
それは容姿にも性格にも表れていた。
なのに…そんな僕を傍に置いているのは、学校で強いカリスマ性を持つ新真(しんま)紗神(さがみ)。
一年前から強制的に同棲までさせて…彼は僕を躾ける。
僕は彼のことが好きだけど、彼のことを本気で思うのならば別れた方が良いんじゃないだろうか?
★BL&R18です。
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!
みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。
そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。
初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが……
架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる