杉本君について

葉月凛

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 夏樹は、この話を断るつもりでこの場に来ている。それなのに、どうも自分が受け入れる前提で話が進んでいるような気がする。

 ここに来る道中で川原は、顔を立てて会うだけ会って、と言っていなかったか? ちょっと会って話してみて、気が合いそうだったらそこで初めて付き合いを考えるのではないのか。何故、婿養子の話が出る?

 そして川原との会話を思い出しているうちに、ふと気付く。──『断っていい』とは、ひと言も言われていないことに。

(まさか──もう逃げられないんじゃ)

 夏樹は内心で焦り出した。
 北野の居場所を聞くどころか、自分の将来の居場所が決められてしまいそうだ。

「あ、あの、申し訳ないのですが……いっ」

 思い切って、とりあえず自分の意思を伝えようとしたところで、川原にテーブルの下で思い切り足を踏まれた。
 川原は、にこにこと三國専務を見ている。

「そういえば、美弥子みやこさんは、今日は」
「ん? ああ、5時にここやゆうてあるんやけどね。……遅いな。ちょっと失礼──」

 腕時計に目を落とし、少し眉をひそめた三國専務が立ち上がろうとしたその時、1人の男性が慌てた様子でラウンジフロアに駆け込んでくるのが見えた。驚くボーイを見向きもせず、真っ直ぐにこちらへ向かってくる、その人は──

「──杉本!」

 焦った様子で息せき切って駆け込んできたのは、北野だった。夏樹の顔を見て、大きく息を吐いている。

「えっ、北野さん?」

 夏樹が驚いて目を瞠る。
 北野は眼鏡もかけておらず、髪は乱れてうっすらと汗ばんでいた。

 立ち上がった三國専務は、そんな北野の様子を見て訝しげに首を捻った。

百合親ゆりちか君やないか。どないした? そんな慌てて」
「杉本、行くぞ」
「え?」

 三國専務の問いには答えず、北野が夏樹の腕を掴んでぐいと引っ張った。席から転げるように北野の側に立った夏樹に、川原が手を伸ばす。

「おいっ」

 その手を払い除けた北野は、冷ややかな視線を川原に向けた。

「杉本の意思も聞かずに、連れ出したのは貴方ですか」
「っ、」

 顔をしかめる川原に三國専務が眉をひそめる。北野は、じろりと視線を移した。

「三國専務。杉本についてはご報告申し上げた筈ですが。──失礼する」
「あっ」

 ぐいと、急に腕を引かれて夏樹がたたらを踏む。

「あ、百合親君、待ちなさい!」
「杉本っ」

 三國専務と川原の声に振り向く間もなく、北野に引っ張られるまま、夏樹はラウンジをあとにした。

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