杉本君について

葉月凛

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          ◇

 京都に到着したのは、午後4時を過ぎていた。

 川原は、夏樹が起こすまでもなく到着する少し前に目を覚ました。大きく伸びをしながら、夏樹を振り返る。

「うーん、よく寝た。……逃げなかったんだね? 偉い偉い」
「っ、」

 川原に微笑まれて、これは逃げる案件だったのかと目を見開く。

「ははっ、冗談だよ、冗談。……さーて、行こうか」
「………」

 川原は、どうも掴みどころがない。
 夏樹は口数少なく、川原について列車を降りた。

 京都駅からは、タクシーに乗り込む。
 夏樹は窓の外を流し見て、川原が運転手と他愛のない話をしていると、30分程で瀟洒なリゾートホテルの前に到着した。

「うん、時間通り」

 時計を見て頷く川原について、ロビーに併設されたティーラウンジに向かう。

 入り口に立った川原がラウンジ内を見渡し、三國専務がまだ来ていないことを確認したのか、ボーイに案内を任せる。あとから人が来ることを伝え、窓際のテーブル席の片側に、川原と並んで腰を下ろした。

「このホテルも、北條ホールディングスの系列だよ。手広いねぇ」

 小声で囁く川原がにこりと笑ったところで、ラウンジ入口から年嵩の男性が1人、フロアに入って来た。落ち着いた色合いのスリーピースに身を包んだ男性は、川原を見つけて軽く手を上げ、人懐こそうに笑みを浮かべながらこちらに来る。

「川原さん! いやぁ、悪いねぇ。遠いところ来てもろて」
「三國専務、お久しぶりです」

 さっと立ち上がった川原につられて夏樹も立ち上がり、共に頭を下げる。
 男性は、にこにこと夏樹に目を移した。

「こちらが杉本君やね? お呼び立てして悪かったねぇ、忙しいやろに」
「いえいえ、とんでもない。ほら、杉本、名刺」
「あ」

 川原に小さく小突かれ、夏樹が慌てて内ポケットから名刺入れを取り出す。普段、名刺交換などほとんどしないため、慣れない手付きで夏樹は名刺を差し出した。

「サクラオフィスで製品サポートを担当しております、杉本夏樹です」

 受け取った名刺に目を通す三國専務を、川原が誇らしげに紹介する。

「杉本、こちらが北條ホールディングス専務の三國さんだ」

 三國専務は微笑みながら、自身の名刺を夏樹に差し出した。

「三國です。今日は娘の我が儘に付きおうてもろて、申し訳なかったねぇ」
「いえ、そんなことは……」

 渡された名刺には、『三國みくに雅晴まさはる』と書かれてあった。北野が、夏樹の情報を流していた相手で間違いない。

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