杉本君について

葉月凛

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 窓の景色は、後ろへ後ろへと流れてゆく。

(何なんだよ…見合い? 三國専務の、お嬢さん?)

 初めての出張が仕事とは関係がなかったことにも、大きく気落ちする。これでも、大きなクライアントに連れて行ってもらえるのかと期待しないでもなかった。夏樹は、営業志望なのだ。

(北條ホールディングスの、三國専務……)

 その名前には、十分聞き覚えがある。
 北野が、夏樹の情報を流していた相手だ。

 ──『杉本君について』

 北野は、その娘のために、夏樹の情報を送っていたのだろうか。前に言っていた夏樹にとって悪い話じゃないというのは、この見合いのことなのか。

(でも……北野さんって、北條ホールディングスの会長の孫、なんだよな? そんな人が、何でわざわざ)

 三國は北條の親戚筋だと桑原が言っていたが、親戚のために、会長の孫がそこまでするだろうか。

(北野さんに……まだ謝れていない)

 オフィスの、隣の空席が肌寒い。
 時間がたつごとに、後悔の念が増してゆく。

 実は昨日の帰りに北野が滞在していたホテルに寄ってみたのだが、既にチェックアウトしたあとだった。

 このままもう会えないのかと、恐怖すら覚える。正直、のんきに見合いなどするような気分ではないのだ。

(三國専務のお嬢さんには悪いけど、断ろう。大体、20歳なんて若すぎる。これからいくらでもいい人が出てくるだろうし)

 入社当初に桑原ら同期と話していて、『逆玉に乗りたい』なんて冗談で言ったことがあるが、実際我が身に降りかかるとそんな気持ちには到底なれないと思い知る。桑原に知れたら、笑われそうだ。

(そういえば、北條ホールディングスの本社も京都だっけ。北野さんって、京都にいるのかな。三國専務に聞けないかな)

 以前に桑原が、北條ホールディングスの本社は京都だと言っていたことを思い出す。

(──よし。三國専務に、何とか聞いてみよう。どうやって話を持っていけば……実は隣の席でお世話になって、とか、それとなく……ん? 川原部長は北野さんのこと知ってるのか? ……知ってるんだろうな)

 北野は仮の名前で本名は北條だと分かってはいるものの、夏樹の中で彼は、やっぱり『北野』だった。

 目的地に着くまでの間、窓の景色をぼんやりと眺めながら、ずっと北野のことを考えている夏樹だった。

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