杉本君について

葉月凛

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 その日の午後、システム管理の木嶋は、仕事の合間を縫うように慌ただしく数回北野の席を訪れ、最後の作業をしていった。

 暗く消えたパソコンに、すっきりと片付いた北野の席には、私物も置いていなかった。まるで初めから、長居はしない、というように。北野が共有フォルダに置いた資料は、置き土産のようになってしまった。

 終業時間の5時半を回り、夏樹ものろのろと帰り支度をする。

「えー北野さん、本社に帰っちゃったんですかぁ。せっかく仲良くなれそうだったのに」

 女性社員たちが残念そうに言って、帰って行く。随分と急な異動に、皆驚いているようだった。

 そこに、帰る社員と入れ違うように総務部の部長が入って来た。阪木のところへ来て声をかけると、誰かを捜すように辺りを見渡す。

「ところで、杉本君というのは阪木君のところにいたね? どこにいる?」
「え、杉本ですか? 杉本は……」

 阪木は訝しげに部長を見ると、視線をパーティション越しの夏樹に移した。

「あ、あの、俺が杉本ですが」
「ああ! 君か」

 人好きのしそうな40代後半くらいの部長は、にこにこと夏樹に近寄った。

「うん、なかなかの好青年ってところだな!」

 親しげに夏樹の肩をポンポンと叩き、嬉しそうだ。

「阪木君、急で悪いんだが、明日は午後から杉本君を借りるよ。京都に出張だ」
「えっ」

 夏樹は、驚いて部長を見る。
 出張など、サクラオフィスに入社して以来、したことがない。

「出張ですか? また何で、杉本を?」

 阪木が、当然の疑問を口にする。

「うーん、ちょっとそれはトップシークレットでね、悪いね」
「トップ、シークレット……」

 夏樹の頭に、ハテナマークが浮かぶ。

「午前中は通常勤務でいいから。昼食とってもらって、1時頃、私と一緒に出てもらうからね。大切な人と会うから、きちんとした服装で来るんだよ。それと……私は日帰りするけど、週末にかかるから土日は向こうで遊んできても構わないからね」

 宿泊代までは出せないけどね、と笑うと、じゃあ、と部長は戻って行った。あとには、首を捻る夏樹と阪木が残る。

「杉本、あの部長と面識あったっけ」
「いえ……ていうか、あの部長のお名前、何でしたっけ」
「ええ、そこから? 川原さんだよ、川原部長」

 普段接触のない部署の人は、なかなか覚えられない。

「川原部長……。あの、出張って、何するんですかね?」
「うーん、京都、ねぇ。大きなクライアントが幾つかあったが……」

 阪木が首を捻る。夏樹を連れて行くようなクライアントは思い浮かばないらしい。

「あとはうちの本社だな。でも、本社に行くならそう言うだろうし。杉本は京都行ったことあるの?」
「入社式で本社に行ったのと、あとは修学旅行ですね」
「修学旅行かぁ、俺は九州だったな。ま、せっかくだからお言葉に甘えて少し遊んできたらいいんじゃない? お前、最近元気ないしね」
「はい……」

 初めての出張で、よく知らない川原部長と2人で、そして誰かと面会する。

 不安要素しかない夏樹は、力なく頷いたのだった。

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