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◇
早々に社員食堂をあとにした夏樹は、オフィスに入ったところで立ち止まった。
北野の席に、人がいる。
(あ! 北野さん、帰って来たんだ!)
夏樹が慌てて席に戻ると、北野の席に座っていた人物がゆっくりと振り返った。
「あ、お疲れー。杉本君、だよね? 久しぶりだねー」
「あ……お疲れ様、です」
眼鏡をかけたキノコヘアの男性は、確かシステム管理の木嶋だ。研修で社内ネットワークの講義を、早口で捲し立てていた記憶がある。
「あの、そこ北野さんの席ですよね、何してるんですか?」
「えぇ? 初期化だよう、初期化。さくっと終わらせちゃうからねー」
「えっ、初期化って、何で……」
「急に言われてもねぇ、今日の午後は、もう時間とれないんだよね。ファラオの試運転があるしぃ」
「ファラオ?」
「僕の作った新しい社内ネットワークだよ! 今のスコルピオンももちろん完璧なんだけど、今度のハトシェプストはいいよぉ。何たって、女性だからね」
「ハト……?」
「女性ならではの、気遣いに溢れている」
「………」
そういえば、システム管理の人間は、変わった人が多かった。木嶋はその最たる人で、自身で構築したネットワークに、独自の名前を付けていた。
「はい、終わり! このまま、放置プレイでヨロシク」
言うだけ言ってさっさと席を離れる木嶋と入れ替わるように、阪木が戻って来た。
「あ、阪木さん! 今、管理の人が来てたんですけど、何で北野さんのパソコン初期化するんですか?」
「あー、もう来たんだ。うん、北野君ね、このまま本社に戻るんだって」
「えっ」
社員が異動したり退社する際には、その人が使用していたパソコンは初期化する決まりだ。その作業は、システム管理の人が行うことになっている。
「本社に? え、でも北野さんは」
北野の本名は北條で、本社になんて、いないのではないのか。
「うーん、急に決まったらしくてね。ま、そういうことだから。管理って、誰が来た?」
「あ、木嶋さんが」
「あー、あのエジプトおたくね。あいつ、変わってるだろ。何か言ってた?」
「はい……ハトが、どうとかって」
ハトシェプストはエジプトファラオの数少ない女性王の1人なのだが、夏樹がそんなこと知る由もない。
(え、本社に戻るって。どこの本社に?
まさか……もう会えない?)
夏樹は呆然と、初期化されてゆく北野のパソコンを見る。
「鳩? えーあいつ、今度は鳩飼ってんの? 変わってるねー」
「………」
「あいつ昔、飼ってたサソリ逃がしてアパート追い出されたことあるんだよ」
阪木の話に相槌を打つのも忘れ、無機質にリセットされてゆく北野のパソコンを見つめながら、夏樹は自分との関係も同じようにリセットされてゆくような、そんな気がした。
早々に社員食堂をあとにした夏樹は、オフィスに入ったところで立ち止まった。
北野の席に、人がいる。
(あ! 北野さん、帰って来たんだ!)
夏樹が慌てて席に戻ると、北野の席に座っていた人物がゆっくりと振り返った。
「あ、お疲れー。杉本君、だよね? 久しぶりだねー」
「あ……お疲れ様、です」
眼鏡をかけたキノコヘアの男性は、確かシステム管理の木嶋だ。研修で社内ネットワークの講義を、早口で捲し立てていた記憶がある。
「あの、そこ北野さんの席ですよね、何してるんですか?」
「えぇ? 初期化だよう、初期化。さくっと終わらせちゃうからねー」
「えっ、初期化って、何で……」
「急に言われてもねぇ、今日の午後は、もう時間とれないんだよね。ファラオの試運転があるしぃ」
「ファラオ?」
「僕の作った新しい社内ネットワークだよ! 今のスコルピオンももちろん完璧なんだけど、今度のハトシェプストはいいよぉ。何たって、女性だからね」
「ハト……?」
「女性ならではの、気遣いに溢れている」
「………」
そういえば、システム管理の人間は、変わった人が多かった。木嶋はその最たる人で、自身で構築したネットワークに、独自の名前を付けていた。
「はい、終わり! このまま、放置プレイでヨロシク」
言うだけ言ってさっさと席を離れる木嶋と入れ替わるように、阪木が戻って来た。
「あ、阪木さん! 今、管理の人が来てたんですけど、何で北野さんのパソコン初期化するんですか?」
「あー、もう来たんだ。うん、北野君ね、このまま本社に戻るんだって」
「えっ」
社員が異動したり退社する際には、その人が使用していたパソコンは初期化する決まりだ。その作業は、システム管理の人が行うことになっている。
「本社に? え、でも北野さんは」
北野の本名は北條で、本社になんて、いないのではないのか。
「うーん、急に決まったらしくてね。ま、そういうことだから。管理って、誰が来た?」
「あ、木嶋さんが」
「あー、あのエジプトおたくね。あいつ、変わってるだろ。何か言ってた?」
「はい……ハトが、どうとかって」
ハトシェプストはエジプトファラオの数少ない女性王の1人なのだが、夏樹がそんなこと知る由もない。
(え、本社に戻るって。どこの本社に?
まさか……もう会えない?)
夏樹は呆然と、初期化されてゆく北野のパソコンを見る。
「鳩? えーあいつ、今度は鳩飼ってんの? 変わってるねー」
「………」
「あいつ昔、飼ってたサソリ逃がしてアパート追い出されたことあるんだよ」
阪木の話に相槌を打つのも忘れ、無機質にリセットされてゆく北野のパソコンを見つめながら、夏樹は自分との関係も同じようにリセットされてゆくような、そんな気がした。
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