杉本君について

葉月凛

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          ◇

「──ああ、もう」

 自宅のリビングのソファーに深く沈み込んだ夏樹は、背もたれに頭を乗せて天井を仰いだ。

「……何やってんだろ、俺」

 誰もいない部屋で、声に出して呟く。
 時間と共に怒りの感情は徐々に引いてゆき、今はもう情けない気持ちが込み上げていた。

(……あんな風に、思われてたんだ)

 夏樹は体を起こし、今度はがくりと前に項垂れる。

 夏樹は昔から、周りの人の感情には敏感な方だった。北野とは、初めの頃こそ距離があったけれど、最近では親しくなれたし好感を持ってくれていると思っていた。

(いや……違うかも。好感を持っていたのは、自分の方だ)

 きっかけは自分を褒めるメールだったけれど、それだって北野にしてみれば仕事の一環だったのだろう。

 それなのに勝手に舞い上がり、徐々に話をしてくれるようになるのが嬉しくて、自分のことを良いように言ってくれるのが嬉しくて、笑ってくれるのが嬉しくて……

(──ああ。俺、北野さんのことめっちゃ好きじゃん)

 別に、出世がしたい訳じゃない。
 桑原が言うように、北條ホールディングスの幹部候補だったとして、それから外れたのだとしても構わない。

 ただ──自分に対する北野の評価が急変したことが、ショックだったのだ。

(人事評価って、残酷……見るもんじゃないな)

 そのまま蹲るように、ソファーに横になった。

 そう、人事評価、なのだ。それが北野の仕事なのだろうから、彼を責めるのは間違っている。今回の自分の態度は、八つ当たりみたいなものだ。

 それにもちろん──勝手にメールを見たことは、完全に、自分が悪い。

(酒癖が悪いのは、合ってるしな。北野さんの前で2回も記憶飛んでるし)

 もう酒は飲み過ぎないと、固く決意する。……禁酒はできそうにないので、初めからしない。

(……ああ。金銭感覚は、あれかも)

 前に、北野がホテル住まいをしてると聞いて、かなり驚いてしまったことを思い出す。あの時、北野は不思議そうな顔していた。やはり、自分の感覚が変だったのだろう。

 こうして冷静に考えてみると色々思い当たることがあり、夏樹はますます沈み込んでゆく。

(……明日、謝ろ)

 テレビもつけない部屋のソファーで丸くなったまま、情けない気持ちを噛みしめながら、夏樹は目を閉じたのだった。

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