杉本君について

葉月凛

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 それからは、意識して考えないようにしたためか阪木から注意されることもなく、就業時間の5時半になった。最後の通話を終了し、夏樹はヘッドセットを外す。

「お疲れ様です、お先に失礼しますー」
「お疲れ様ー」

 さくさくと帰り支度を済ませた派遣社員の女性たちが、席を立つ。それを、大きく伸びをしながら見送っていると、パーティションの向こうから阪木の声がかかった。

「お疲れ! 杉本、これ北野君のところに置いておいて」
「はーい」

 受け取ったファイルを無造作に隣の席にポン、と置く。と、マウスに触れてしまったのか、その弾みで暗かった北野のパソコンの画面がパッと明るくなった。

「あ、っと」

 ファイルを置き直すと同時に、昼間の桑原の言葉をふいに思い出す。

(……メール、見てみようかな)

 それとなく周りを見渡すと、誰もこちらを注視していない。見るなら早くしないと、北野が戻ってきてしまう。

(……よし!)

 若干芽生えた不安な気持ちも後押しし、夏樹は素早く北野のパソコンのマウスを操作して、メール画面を立ち上げた。慣れた手付きで送信済みのボックスを開くと、一覧に目を走らせ、すぐにある一点で止まる。

(っ! ……あった)

 ──『杉本君について』

 送信一覧の中に久しぶりに自分の名前を見つけて、軽く息を呑む。送信日時が今朝になっているところを見ると、自分が出社する前に書いたのだろう。

 夏樹は、迷うことなくそのメールを開いた。

(……えーと。杉本君について、追記。彼は──)

 ──杉本君について、追記。彼は酒癖が悪く、女性関係に難あり。優柔不断な一面が見受けられ、金銭感覚もずれており、推挙はできかねる。以上

(っ! 何これ!)

 心臓が、ばくりと嫌な音を立てた。
 慌ててメールを閉じる。心臓が、バクバクする。

(え、何で? 何で?)

 自席に座り直し、呆然とする。
 これまで好意的な内容のメールしか目にしていなかっただけに、急に意味合いの異なる内容に頭がついていかない。

 一瞬しか見ていないが、自分のことを悪く書いてあるのは分かった。

(え……何で)

 北野とは親しくなれたと思っていただけに、理解が追いつかない。

(……何で)

 昨夜だって、楽しかった。そんな風に思われていたなんて、想像もしなかった。楽しかったのは……自分だけだったのだろうか。

 夏樹が呆然としていると、北野が開発から戻って来た。

「あ、北野君、お疲れ様」

 阪木の労う声がした。

「お疲れ様です。──杉本、お疲れ」

 隣の席に着く北野は、夏樹を見てにこりと笑った。

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