杉本君について

葉月凛

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          ◇

 午後の勤務が始まってからも、北野は戻ってこなかった。今日は1日中、開発らしい。

 昨夜あの和食の店で、北野とは食事をしながら色々な話をした。家族のこととか、学生の頃の話とか。それら全てが嘘だったとは思えないし、そこまで嘘をつく理由も分からない。

(……きっと事情があるんだ。桑原の言う通り、身分を隠して調査に来ているのなら、仕方ない)

 夏樹は自分なりに理解しようとするものの、不安な気持ちは拭えなかった。最近では、かなり好意を傾けていただけに、尚更だ。何しろ──キスする夢まで見るくらいなのだから。

(北條ホールディングスの、会長の孫って……)

 桑原に見せてもらった、スマートフォンの画像を思い出す。

(……住む世界が、違いすぎる)

 夏樹は、深いため息をついた。
 昨夜、北野から両親の離婚やひとりっ子の話を聞いて、勝手に同じような境遇に親近感を覚えたが……同じどころか、雲泥の差だ。

「おーい、杉本。後処理のままになってんぞー。5分経過」
「っ、すみません」

 夏樹の勤めるコールセンターでは、お客様との通話を終えるとその都度作業内容を入力する。その間着電はせず、回線は自動的に後処理という表示で遮断され、入力が終了次第に本人が着電可能状態に切り替える。

 その状況は、常にリーダーの阪木のパソコンに一覧表示されていた。うっかり後処理状態のままぼんやりしていた夏樹が、阪木の声に慌てて着電可に切り替えると、待っていたようにお客様に繋がった。

「お電話ありがとうございます。サクラ会計担当、杉本でございます」

 パーティションの向こうから感じる阪木の視線に軽く頭を下げ、仕事に集中する。

『あの、去年の決算書を印刷したいんですけど、出し方が分からなくて』
「はい、去年の決算書ですね。今、お近くにサクラ会計の画面はございますか? では──」

(ああ、だめだ。仕事に集中しないと)

 カチリ、と自身のパソコン画面のサクラ会計を開き、気を引き締める夏樹だった。

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