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◇
北野が向かったのは、駅前にあるシティホテルだった。
「悪い、この辺りの店は知らないんだ。ここでいいか? 和食が旨いから」
夏樹の勤めるサクラオフィスは、複数の路線が交わる大きな駅の最寄りにあるため、ホテルも点在している。その中でも、前を通ることはあっても入ったことのない少しグレードの高いホテルに、夏樹は少々気後れしながら北野について行った。
ラウンジを併設した広々としたロビーを横切り、エレベーターに乗り込む。側面ガラス張りの静かな空間で街の景色を眺めながら、連れられるまま北野について行く。
すっきりとシンプルな入口をくぐると落ち着いた雰囲気の店内は、微かに水の流れるせせらぎのような音がした。
案内された奥の席に腰を下ろす。
窓から見える薄明かりの夜景は、日が落ちる直前の青い靄が街全体にかかり始めていた。
「苦手なものはないか? 適当に頼むが、いいか?」
メニューもよく分からず、北野に任せる。
運ばれてきた日本酒にそっと口をつけて、ようやく夏樹は肩の力を抜いた。
「──美味しい」
「そうか、良かった」
夏樹の様子に、北野の口元にも笑みが浮かぶ。
口当たりのいい日本酒を傾け、少しずつ運ばれてくる繊細な料理に箸を伸ばすうちに、夏樹の気分はふわふわと上昇していった。
「美味しい! お酒も美味しいけど、料理もどれも美味しいね。何かすっごい贅沢してる気分」
「気に入ってもらえて良かったよ。──楓のことは、本当にすまなかった」
食事も進んだところで、北野が切り出した。
「……別に、北野さんのせいじゃないし」
夏樹は、手元の日本酒をこくりと飲んだ。
「楓は、俺のいとこなんだ」
「えっ!」
夏樹は驚いて北野を見る。
「俺の2つ下で、昔から俺に懐いててな」
「え、いとこ? ……でも、あの」
北野は楓の初恋の相手で──初めてを、もらったと言っていた。
「ああ、あいつ何か余計なこと言ったんだろ? しょうがない奴だな、全く」
北野は、小さくため息をつく。
「あいつは身びいきが強いんだよ。楓とは、家族同然に育ったからな」
北野が向かったのは、駅前にあるシティホテルだった。
「悪い、この辺りの店は知らないんだ。ここでいいか? 和食が旨いから」
夏樹の勤めるサクラオフィスは、複数の路線が交わる大きな駅の最寄りにあるため、ホテルも点在している。その中でも、前を通ることはあっても入ったことのない少しグレードの高いホテルに、夏樹は少々気後れしながら北野について行った。
ラウンジを併設した広々としたロビーを横切り、エレベーターに乗り込む。側面ガラス張りの静かな空間で街の景色を眺めながら、連れられるまま北野について行く。
すっきりとシンプルな入口をくぐると落ち着いた雰囲気の店内は、微かに水の流れるせせらぎのような音がした。
案内された奥の席に腰を下ろす。
窓から見える薄明かりの夜景は、日が落ちる直前の青い靄が街全体にかかり始めていた。
「苦手なものはないか? 適当に頼むが、いいか?」
メニューもよく分からず、北野に任せる。
運ばれてきた日本酒にそっと口をつけて、ようやく夏樹は肩の力を抜いた。
「──美味しい」
「そうか、良かった」
夏樹の様子に、北野の口元にも笑みが浮かぶ。
口当たりのいい日本酒を傾け、少しずつ運ばれてくる繊細な料理に箸を伸ばすうちに、夏樹の気分はふわふわと上昇していった。
「美味しい! お酒も美味しいけど、料理もどれも美味しいね。何かすっごい贅沢してる気分」
「気に入ってもらえて良かったよ。──楓のことは、本当にすまなかった」
食事も進んだところで、北野が切り出した。
「……別に、北野さんのせいじゃないし」
夏樹は、手元の日本酒をこくりと飲んだ。
「楓は、俺のいとこなんだ」
「えっ!」
夏樹は驚いて北野を見る。
「俺の2つ下で、昔から俺に懐いててな」
「え、いとこ? ……でも、あの」
北野は楓の初恋の相手で──初めてを、もらったと言っていた。
「ああ、あいつ何か余計なこと言ったんだろ? しょうがない奴だな、全く」
北野は、小さくため息をつく。
「あいつは身びいきが強いんだよ。楓とは、家族同然に育ったからな」
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