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自社のオフィスがある階に戻ると、エレベーターが開いた途端に早足でトイレに向かう。一番奥の個室に入り、フタをした便座の上に座り込んだ夏樹は、額に手を当てて呆然とした。──何が起きたのか、よく分からない。
(襲われかけた? いや……脅されたんだ)
楓は、明らかに怒っていた。楓の初恋の人はやっぱり北野であり、そして今も想いを寄せており──自分のことを、何か誤解している。
「………」
しばらくの間呆然とし、指先の震えが収まった頃にようやく個室を出る。洗面所で顔を洗って大きく息を吐くと、正面の鏡に顔色の悪い自分が映っていた。
備え付けのペーパータオルをざくざくと取り、乱暴に顔を拭う。
(……北野さんの、初めてって)
楓の言葉が頭を巡る。
今朝、北野は楓との付き合いを否定していたけれど、初めてというのは。
「………」
夏樹の下半身には、まだ楓の指の感触が残っていた。楓の言っていた通り反応することはなかったけれど、いきなりで驚いたのと怖かっただけだ。
自分に向けられる怒りの感情が怖くて怯んだけれど、生理的な嫌悪までは感じなかったように思う。楓は、中性的な美人だ。
(初めてって……北野さんは、三國楓と)
楓が相手なら、そういうことも、きっとあり得る。
夏樹自身はこれまで至ってノーマルだが、同性愛に偏見がある訳ではない。初めて身に触れたバイセクシュアルに驚きはしたが、それ以上に、北野と楓の関係にショックを受けていることに驚く。
前に楓が会社に訪ねて来た時も、先程部屋に現れた時も、北野は嬉しそうだった。とても親しそうだった。2人は何というか……距離が、近い。
(──北野さんは、三國楓と)
夏樹の眉間に、ぎゅっと皺が寄る。
「………」
何とも情けない気持ちになりながら、夏樹は深いため息をつき、腕時計の時間を見た。昼休憩が、終わる。
(……戻らないと。北野さんと顔合わせるの、気まずいけど)
どんな顔をして会えばいいのかも分からないまま、夏樹は肩を落としながら自席へと戻って行ったのだった。
自社のオフィスがある階に戻ると、エレベーターが開いた途端に早足でトイレに向かう。一番奥の個室に入り、フタをした便座の上に座り込んだ夏樹は、額に手を当てて呆然とした。──何が起きたのか、よく分からない。
(襲われかけた? いや……脅されたんだ)
楓は、明らかに怒っていた。楓の初恋の人はやっぱり北野であり、そして今も想いを寄せており──自分のことを、何か誤解している。
「………」
しばらくの間呆然とし、指先の震えが収まった頃にようやく個室を出る。洗面所で顔を洗って大きく息を吐くと、正面の鏡に顔色の悪い自分が映っていた。
備え付けのペーパータオルをざくざくと取り、乱暴に顔を拭う。
(……北野さんの、初めてって)
楓の言葉が頭を巡る。
今朝、北野は楓との付き合いを否定していたけれど、初めてというのは。
「………」
夏樹の下半身には、まだ楓の指の感触が残っていた。楓の言っていた通り反応することはなかったけれど、いきなりで驚いたのと怖かっただけだ。
自分に向けられる怒りの感情が怖くて怯んだけれど、生理的な嫌悪までは感じなかったように思う。楓は、中性的な美人だ。
(初めてって……北野さんは、三國楓と)
楓が相手なら、そういうことも、きっとあり得る。
夏樹自身はこれまで至ってノーマルだが、同性愛に偏見がある訳ではない。初めて身に触れたバイセクシュアルに驚きはしたが、それ以上に、北野と楓の関係にショックを受けていることに驚く。
前に楓が会社に訪ねて来た時も、先程部屋に現れた時も、北野は嬉しそうだった。とても親しそうだった。2人は何というか……距離が、近い。
(──北野さんは、三國楓と)
夏樹の眉間に、ぎゅっと皺が寄る。
「………」
何とも情けない気持ちになりながら、夏樹は深いため息をつき、腕時計の時間を見た。昼休憩が、終わる。
(……戻らないと。北野さんと顔合わせるの、気まずいけど)
どんな顔をして会えばいいのかも分からないまま、夏樹は肩を落としながら自席へと戻って行ったのだった。
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