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「悪い、遅くなっ──おい! 何してる!」
北野の声が聞こえた直後、楓が夏樹の上からするりと退いた。ソファーの座面に背をついたまま声のした方に視線を向けると、慌てた様子でこちらに近付いて来る北野が見えた。
「あれぇ、ゆりちゃん、早いわぁ。ええとこやったのに」
「おいっ、杉本、大丈夫か?」
楓を押しのけた北野が、夏樹の腕に手をかけて助け起こす。
「………」
起き上がった弾みで、溜まっていた涙がぽろりと零れた。それをぱっと手で払った夏樹は、楓に乱された身なりを整えようとして──自分の手が震えていることに気が付いた。構わず、ベルトを締め直す。
北野の眉間に、ぎゅっと皺が寄った。
「すまない、杉本。──どういうつもりだ、楓」
「えぇ? んー、ちょっと、味見?」
ソファーの背にゆったりと体重をかけた楓は長い足を組み、へらりと笑って首を傾げた。
「は? 何言って、」
「もうええやん、からこぉただけやし」
「楓っ」
夏樹は震える手で何とか身なりを整えると、ふらつきながら立ち上がった。こんなところに、いられない。
「……すみません、失礼します」
思いがけず低い声が出てしまい、夏樹は唇を噛んだ。
「あっ、杉本、」
引き止めようとする北野を手で押しのけて、その脇をすり抜ける。視界の端で、楓がにっこり笑いながらひらひらと手を振った。
「じゃーねー、夏樹クン」
「杉本!」
後ろで声が聞こえたが、振り向かずに部屋を出る。
足早に店を出る途中、料理を運ぶウェイターとすれ違ったが、頭を下げられただけだった。
北野の声が聞こえた直後、楓が夏樹の上からするりと退いた。ソファーの座面に背をついたまま声のした方に視線を向けると、慌てた様子でこちらに近付いて来る北野が見えた。
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「おいっ、杉本、大丈夫か?」
楓を押しのけた北野が、夏樹の腕に手をかけて助け起こす。
「………」
起き上がった弾みで、溜まっていた涙がぽろりと零れた。それをぱっと手で払った夏樹は、楓に乱された身なりを整えようとして──自分の手が震えていることに気が付いた。構わず、ベルトを締め直す。
北野の眉間に、ぎゅっと皺が寄った。
「すまない、杉本。──どういうつもりだ、楓」
「えぇ? んー、ちょっと、味見?」
ソファーの背にゆったりと体重をかけた楓は長い足を組み、へらりと笑って首を傾げた。
「は? 何言って、」
「もうええやん、からこぉただけやし」
「楓っ」
夏樹は震える手で何とか身なりを整えると、ふらつきながら立ち上がった。こんなところに、いられない。
「……すみません、失礼します」
思いがけず低い声が出てしまい、夏樹は唇を噛んだ。
「あっ、杉本、」
引き止めようとする北野を手で押しのけて、その脇をすり抜ける。視界の端で、楓がにっこり笑いながらひらひらと手を振った。
「じゃーねー、夏樹クン」
「杉本!」
後ろで声が聞こえたが、振り向かずに部屋を出る。
足早に店を出る途中、料理を運ぶウェイターとすれ違ったが、頭を下げられただけだった。
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