杉本君について

葉月凛

文字の大きさ
上 下
34 / 106

34

しおりを挟む
          ◇

「ギリギリセーフ! 良かったぁ」

 残りわずかなA定食に何とかありついた夏樹は、窓際の定位置で手を振っている桑原に歩み寄った。

 同じコールセンターでも、操作説明など通話が長引きやすい製品サポートと違ってインフォメーションは時間通りに終わりやすく、桑原が先に来ていることの方が多い。

「杉本、お疲れー。ん? 何か機嫌いいな。そんなに天ぷら食いたかった?」
「おうよ、この天ぷらが……って、違げーよっ。そこまで食い意地張ってねーわ」
「うそくせー」

 桑原を軽く殴った夏樹が、トレーをテーブルに置く。

「てか、俺、機嫌いい?」
「お前、分かりやすいんだよ。何かいいこと、あっただろ」
「いいことっていうか……先週、チームの飲み会があってさ」

 桑原の向かいに腰を下ろした夏樹は、箸を取った。

「俺、北野さんと、ちょっと仲良くなれたかも」
「あの、北野悠里? さすが杉本。人たらしだねー」

 桑原が、にやにやと笑う。

「そんなんじゃねーし。結構いい人だと思うよ」
「お前に言わせたら、悪人なんていねーって。それで、何か分かった?」
「うーん、あんま突っ込んでは聞けなかったから……あ、阪木さんにさ、あくまで噂話ってことで買収のこと聞いてみたら、近いうちに発表されるって。あと、リストラはないって言ってた」
「リーダーの阪木さん? そりゃそう言うだろ」
「そうなの?」
「人事のこと軽々しく言う訳ないって」

 桑原が顔の前で軽く箸を振り、そのまま舞茸の天ぷらをつまむ。

「俺は十分あり得る話だと思うけどなぁ。何たって、あの北條だぜ? 現に、本社から査定が来てるんだし」
「あ、調査はしてるようなこと言ってたよ、北野さん」
「だろ?」
「いや、でも……何か、俺にとって悪い話じゃない、みたいなこと言ってたけど」

 飲み会後半の記憶に自信は持てない夏樹だが、その辺りは、割としっかり覚えている。結局、自分にとっての『悪くない話』は、教えてもらっていない。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

隣人、イケメン俳優につき

タタミ
BL
イラストレーターの清永一太はある日、隣部屋の怒鳴り合いに気付く。清永が隣部屋を訪ねると、そこでは人気俳優の杉崎久遠が男に暴行されていて──?

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

【R18+BL】ハデな彼に、躾けられた、地味な僕

hosimure
BL
僕、大祇(たいし)永河(えいが)は自分で自覚するほど、地味で平凡だ。 それは容姿にも性格にも表れていた。 なのに…そんな僕を傍に置いているのは、学校で強いカリスマ性を持つ新真(しんま)紗神(さがみ)。 一年前から強制的に同棲までさせて…彼は僕を躾ける。 僕は彼のことが好きだけど、彼のことを本気で思うのならば別れた方が良いんじゃないだろうか? ★BL&R18です。

ブライダル・ラプソディー

葉月凛
BL
ゲストハウス・メルマリーで披露宴の音響をしている相川奈津は、新人ながらも一生懸命仕事に取り組む25歳。ある日、密かに憧れる会場キャプテン成瀬真一とイケナイ関係を持ってしまう。 しかし彼の左手の薬指には、シルバーのリングが── エブリスタにも投稿しています。

大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!

みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。 そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。 初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが…… 架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

処理中です...