杉本君について

葉月凛

文字の大きさ
上 下
32 / 106

32

しおりを挟む
 確かに、夏樹の応対は、ほとんどクレームがない。

 コールセンターでは製品に対するクレームもさることながら、応対した『人』に対するクレームも多かったりする。

 説明が下手、回答が的外れ、言い方が横柄、エトセトラ……会計ソフトのコールセンターでは操作に行き詰まって電話をかけてくる人が大半なので、着信した時点で既にイライラしている人も多い。

 できなくてイライラしているところに、間違いを淡々と指摘されたり自分の理解を否定されると、誰だって腹が立つ。そんな状態の相手を理詰めで言いくるめようとすると、余計に怒りを買う。

 夏樹はそんな毛羽立った雰囲気を電話越しに感じると、無意識のうちに和らげるような話し方になっているのだった。

「杉本は、根本的に優しいんだと思う」
「………」

 ふと、懐かしいことを思い出した。
 昔、少しだけお世話になった施設の寮母さんに、そんなことを言われたことがあった。

『──夏樹君は、優しい子ね』

 小学校2、3年の頃か、喧嘩ばかりしていた夏樹の両親が離婚して、しばらくしてからだったと思う。今にして思えば、周囲の大人の感情には敏感な子供だった。

「……どうした?」

 ふいに北野に覗き込まれて、夏樹がぱっと顔を上げる。目の前の北野の顔に、びくりと揺れた。

「あ、いや……あれ? 北野さん、その眼鏡って、伊達?」

 間近にある北野の眼鏡には、度が入っていないように見えた。

「は? ああ、度は入ってないな。ブルーライトのカットにかけてる」

 ふいと顔を背けた北野が、す、と眼鏡の位置を直した。しかし、パソコンのブルーライトカット用にしては、先日の飲み会など普段からかけている。

「そうなの? 眼鏡ない方が男前なのにー。もしかして、女性よけ? なんちって」
「そんな訳あるか」

 くすりと笑った北野が自身のパソコンに向き直った。

「ほら、早くしないと時間がなくなるぞ」
「はーい」

 ちらりと見た北野の口角は、緩やかに持ち上がっている。また一歩、北野に歩み寄れた気がして、何だか嬉しくなる夏樹だった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

ブライダル・ラプソディー

葉月凛
BL
ゲストハウス・メルマリーで披露宴の音響をしている相川奈津は、新人ながらも一生懸命仕事に取り組む25歳。ある日、密かに憧れる会場キャプテン成瀬真一とイケナイ関係を持ってしまう。 しかし彼の左手の薬指には、シルバーのリングが── エブリスタにも投稿しています。

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

隣人、イケメン俳優につき

タタミ
BL
イラストレーターの清永一太はある日、隣部屋の怒鳴り合いに気付く。清永が隣部屋を訪ねると、そこでは人気俳優の杉崎久遠が男に暴行されていて──?

【R18+BL】ハデな彼に、躾けられた、地味な僕

hosimure
BL
僕、大祇(たいし)永河(えいが)は自分で自覚するほど、地味で平凡だ。 それは容姿にも性格にも表れていた。 なのに…そんな僕を傍に置いているのは、学校で強いカリスマ性を持つ新真(しんま)紗神(さがみ)。 一年前から強制的に同棲までさせて…彼は僕を躾ける。 僕は彼のことが好きだけど、彼のことを本気で思うのならば別れた方が良いんじゃないだろうか? ★BL&R18です。

処理中です...