杉本君について

葉月凛

文字の大きさ
上 下
28 / 106

28

しおりを挟む
 芽生えた不快感を紛らわすように、夏樹は目の前の枝豆をつまんだ。ちょっと強めに、ぷ、とさやから押し出して口に入れる。好みの塩加減だった。

「北野さんてさ、本社ではどんなポジションだったの?」
「ポジション?」
「だってさ、こんな時期に異動なんて、ましてや総務から製品サポートなんて、おかしいじゃん。……何か秘密の役目があったりして?」

 ほとんど桑原の受け売りを口にする夏樹は、すっかり敬語も外れ、少々嫌味な聞き方になってしまった。北野が怪訝そうに首を傾げる。

「秘密の役目って、何だ?」
「そうだねぇ、例えば──」

 思わず『リストラ査定』と言いかけて、眼鏡の奥でスッと細められた目に、すんでのところで言葉を止める。この話は、内緒だった。

「例えば、えーと……」

 少し目を泳がせた夏樹が、酔った頭で絞り出す。

「……つ、かい込みの調査、とか?」
「コールセンターでか?」
「……ねーか」
「ねーな」

 北野がくすりと口元を緩めた。

「ま、調査っていうのは、いい線いってるかな」
「え、そうなの? 何の調査?」

 意外な反応に、瞬時にもやもやを忘れた夏樹が、ぱっと北野を見る。

「じきに分かるよ。お前にとって悪い話じゃないと思うぞ」
「えー、なになに! 気になる!」

 夏樹が北野の腕を掴んで揺さぶる。北野は揺れる腕が当たらないように、テーブルのグラスをよけた。

「やめろって。杉本って酒弱いのか? 酔ってるだろ」
「酔ってないよー。俺、酒強いし」
「酔ってる人間は大抵そう言うんだよ。お前、もうお茶飲んどけ」
「えぇ、やだよ」
「やだよ、じゃねーよ、子供か。……ははっ」

 呆れたように笑う北野を、夏樹はじっと見つめた。

「……笑った」
「は?」
「やっと、笑った」

 夏樹が北野から手を離して、へにゃりと眉を下げた。

「北野さん、ぜんぜん笑わねーんだもん。……三國楓には笑うくせに」

 最後はぼそりと言う夏樹を、北野が不思議そうに見る。

「あー、何かすっきりした! よし、飲もう!」
「……笑ってなかったか? 俺」
「そうだよー。てか、まさかの無自覚? でももういいし! 北野さんも、おかわりいるよね? すみませーん」

 夏樹は上機嫌で店員を呼ぶと、2人分のおかわりを頼んだ。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

婚約者に会いに行ったらば

龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。 そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。 ショックでその場を逃げ出したミシェルは―― 何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。 そこには何やら事件も絡んできて? 傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。

隣人、イケメン俳優につき

タタミ
BL
イラストレーターの清永一太はある日、隣部屋の怒鳴り合いに気付く。清永が隣部屋を訪ねると、そこでは人気俳優の杉崎久遠が男に暴行されていて──?

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

【R18+BL】ハデな彼に、躾けられた、地味な僕

hosimure
BL
僕、大祇(たいし)永河(えいが)は自分で自覚するほど、地味で平凡だ。 それは容姿にも性格にも表れていた。 なのに…そんな僕を傍に置いているのは、学校で強いカリスマ性を持つ新真(しんま)紗神(さがみ)。 一年前から強制的に同棲までさせて…彼は僕を躾ける。 僕は彼のことが好きだけど、彼のことを本気で思うのならば別れた方が良いんじゃないだろうか? ★BL&R18です。

ブライダル・ラプソディー

葉月凛
BL
ゲストハウス・メルマリーで披露宴の音響をしている相川奈津は、新人ながらも一生懸命仕事に取り組む25歳。ある日、密かに憧れる会場キャプテン成瀬真一とイケナイ関係を持ってしまう。 しかし彼の左手の薬指には、シルバーのリングが── エブリスタにも投稿しています。

大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!

みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。 そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。 初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが…… 架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。

処理中です...