杉本君について

葉月凛

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          ◇

「あれ? 杉本、件数少ないな。今回のソフト、仕上がってた?」

 朝いちから2時間程の、初回の製品テストが終わって報告書を出すと、リーダーの阪木は首を傾げた。

「いや、えーと……次回、頑張ります」

 北野の指摘するチェック箇所が難解すぎて再現確認に時間がかかったとは、さすがに言えない。一応、この部署では彼より先輩という立場なのだ。

「北野君は……へぇ。またマニアックな箇所、見つけてるねぇ。開発が喜びそう……よし、回しておくよ」

 夏樹は軽く落ち込みながら自席に戻り、ヘッドセットを装着する。

(あーだめだ。気持ちを切り替えないと)

 深く息を吐きつつ、夏樹はいつもの電話応対業務に戻った。傍らの時計を確認する。もうすぐお昼だ。

 あれから、北野のメールボックスはちょくちょくチェックしている。結局、昼休憩の時間がいちばん見やすいことに気が付いた夏樹は、人が少なくなった頃を見計ってささっと見ているのだが、今のところ新たなメールは送られていない。

 隣の席をちらりと見ると、北野はいつもの調子で淡々と仕事をこなしていた。ヘッドセットを装着し姿勢良くパソコンの画面を操作しながら、穏やかな口調で操作説明をしている。

(いい男は、声もいいんだな……)

 少し鼻にかかったような低めの声が、何気に色っぽい。

 最初の頃こそ神経質で威圧的くらいにしか思わなかったが、自分を褒めてくれる人にこちらとしても好意を持つのは自然なことで、最近ではかなり印象も変わってきていた。

(嫌われては、ないと思うけど……何だかなぁ)

 褒めてくれているとはいえ、どうも純粋に好かれている訳ではないような気がする、今日この頃だった。

 そして程なく昼休憩の時間になり、夏樹は作業内容の入力をしているていで、北野の離席をじりじりと待つ。
 だらだらと入力している夏樹をよそに、しばらくして北野が席を立った。

「………」

 自分でも何をしているんだと思わないでもないが、自身の今後がかかっているのだから、背に腹はかえられない。

 いつものように人が少し引いてから、さり気なくキャスター付きの椅子ごとコロコロとにじり寄る。そっと隣のパソコンを覗き、隣のマウスに右手を置く。そしてもう慣れた手付きで、メールボックスを手前に出した。

(っ! あった)

 ドキリと心臓がなる。

 ──『杉本君について』

 およそ1週間ぶり、送信履歴一覧の中に、例のタイトルを見つけた。

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