杉本君について

葉月凛

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 隣から、カタカタと淀みなく流れるようにキーボードを打つ音が聞こえる。

(……仕事、早いんだな)

 自身の要領の悪さを差し引いても、夏樹は改めて感心する。北野は入力作業も早いし、横目で見ているとフォーマット以外にもいつの間に作ったのか自身で作成したらしい資料も併用しているようだった。

 そういえば電話応対の時も、夏樹と違って通話を保留にする回数が圧倒的に少ない。質問に即答できない時などは、一旦保留にして資料を調べたりリーダーの阪木に聞きに行ったりするのだが、北野はそれがほとんどない。

 保留時間がないから通話時間も短くて済むし、ユーザーの安心感も大きい。こちらが即答しないと不安になるユーザーも多いし、保留時間が長いと中には怒り出す人もいる。

(やっぱ、仕事できるんだな。人事査定を任されるくらいだから、当然か)

 普段は楽観的な夏樹だが、さすがに昨日からは落ち込み気味だ。

 そんな夏樹が本日幾度目かのため息をついた頃、北野がカタリと立ち上がった。

(っ、トイレだ! よしっ)

 この時を待っていた。

 いつまでもうじうじ考えるのは性に合わないと、昨夜ひと晩うじうじと考え続けた夏樹は結論付けた。
 クビになるならなるで、早く知った方がいい。この期に及んで無駄なあがきはしたくないと、昨夜ひと晩あがき倒した夏樹は思った。

 だから、メールを、見る。

 立ち上がった北野が椅子をデスク側に戻して、席を離れた。トイレは、オフィスを出た廊下の先にある。

 北野がオフィスを出るのを確認した夏樹が、意を決して隣を向くのとほぼ同時に、パーティションの向こうから声がかかった。

「杉本ぉ、どうした? お前、昨日から様子が変だぞ」
「えっ?」

 ぎくりとして声のした方を向くと、チームリーダーの阪木が背の低いパーティション越しにこちらを見ている。

「お前がそんなだと、調子狂うんだよな。何か悩みごとでもあるのか?」
「阪木さん……」

 阪木の心配そうな表情に、夏樹の眉が自然と下がった。

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