神の翼

斗弧呂天

文字の大きさ
上 下
4 / 41

しおりを挟む
小さな波の音で男は目が覚めた。
頬にざらざらした砂があたる。
…脚が冷たい。
水に半身が浸かっているようだ。
体を起こしてみる。
途端に肩に激痛が走った。
見ると、細い木の棒が肩に深く突き刺さっていた。
男は痛みを堪え、辺りを見回した。
どこかの川辺だった。
近くには中途半端に膨らんだ男の袋が放ってある。
奥には深い森が広がっており、波の音と男の鼓動以外には何も聴こえなかった。
男は砂の上にあぐらをかき、傷口をじっくり見た。
矢はかなり奥まで刺さっていて、皮膚一枚でぎりぎり貫通するのを免れているようだった。
しかし、傷口から肩、鎖骨にかけて、皮膚が赤黒く変色していた。
仕事柄このような目に遭うこともある男だが、ここまでひどい皮膚の色は見たことが無い。
「…毒矢か」
そうなれば、一刻も早く矢を抜かなくてはいけない。
どのようにしてここまで逃げてきたかは思い出せないが、刺さってからそう時間は経っていないのだろう。
傷口の血もまだ固まりきっていない。
それか、毒が弱いのか。
どちらにせよ、やることは一つだ。
まず兵士の甲冑を外し、シャツの裾を裂いて、包帯の代わりにする。
そして矢をしっかり握り締め、力一杯引き抜く。
静かな川辺に、男の苦痛の声が響いた。

数分後、男は砂浜の中で漸く立ち上がった。
肩には紅く染まったシャツの布が巻かれていた。
とりあえずひとつの問題は無くなった。
次だ。
これはなんだ?
男はもう一度川の水面に自身の背中を映す。
矢を引き抜く際気づいた
肩のすぐ下から腰にかけて、刺青のような模様があるのだ。
いや、模様というよりは何かの痕のようなもの。
×印のようにも見えるその
どこかで傷を負ったのだろうか。
しかし、何故ーーー?
その時、男は異変に気づいた。
肩の傷の痛みが消えていく。
布を取ってみると、血で汚れている皮膚があるばかりだが、擦ってみても傷口が見当たらない。
それどころか、いつの間にか皮膚の変色も無くなっていた。
背中の痕はどうなっているのか見ようとしたが、男は突然崩れ落ちた。


次に男が目覚めたのは、木々が生い茂る森の中であった。
男は飛び起き、すぐさま周りを確認した。
何が起こっているのか分からず混乱していたためか、ここが自分の家のすぐそばの場所であることに気づくのにかなりの時間がかかった。
近くには小さな泉があり、夕日にきらきら光っている。
木々は薄暗く、鳥さえも鳴かない。
その時、男は違和感を覚えた。
背中に何かがある。
いや、ーー?
よろめきながら泉に近づく。
静かな水面に背を向けた瞬間、男は言葉を失った。
それは背中の肩甲骨の辺りから、地面すれすれまでの長さがあった。
濃い茶色と灰色、黒が混ざったそれ。
おおよそ普通の人間が付いているものではないもの。
そう、男の背中には、大きな翼が生えていたのだった。
『大きな翼。フェアリーの翼。』
『泥棒に生えちゃった。神様の翼。』
男が声のする方を見ると、小さな人型の生物が二匹飛んできた。
頭には花で作った髪飾り、草で編んだ服、赤い髪そして黒スグリの実のような大きく丸い目。
「ピクシーか。これを知っているのか?」
二匹のピクシーはしきりに羽を動かしながら交互に言った。
『神様の翼』
『どこに飛んでいくの、フェアリーの翼。』
首無し男デュラハンの犠牲者の所?』
炎の竜ファイアドレイクの宝物の所?』
大地の従者ゴーレムの主人の所?』
『いいえ遠く彼方へ飛んでいくの』
『そう、国を救いに飛んでいくの』
『神の翼を持つ盗人に幸あれ!』
そう言うと、ピクシーは森の奥へと飛んでいってしまった。
男は呆然としていたが、突然背中に痛みを感じ、また背中に目をやった。
翼は一瞬鈍く光ったかと思うと、徐々に小さく縮んでいき、腰くらいの長さになると、背中に張り付いた。
そして染み込むように消えていき、後にはあの×印のような痕だけが残った。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

夫から国外追放を言い渡されました

杉本凪咲
恋愛
夫は冷淡に私を国外追放に処した。 どうやら、私が使用人をいじめたことが原因らしい。 抵抗虚しく兵士によって連れていかれてしまう私。 そんな私に、被害者である使用人は笑いかけていた……

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

結婚して四年、夫は私を裏切った。

杉本凪咲
恋愛
パーティー会場を静かに去った夫。 後をつけてみると、彼は見知らぬ女性と不倫をしていた。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

【完結】彼女以外、みんな思い出す。

❄️冬は つとめて
ファンタジー
R15をつける事にしました。 幼い頃からの婚約者、この国の第二王子に婚約破棄を告げられ。あらぬ冤罪を突きつけられたリフィル。この場所に誰も助けてくれるものはいない。

処理中です...