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翼
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小さな波の音で男は目が覚めた。
頬にざらざらした砂があたる。
…脚が冷たい。
水に半身が浸かっているようだ。
体を起こしてみる。
途端に肩に激痛が走った。
見ると、細い木の棒が肩に深く突き刺さっていた。
男は痛みを堪え、辺りを見回した。
どこかの川辺だった。
近くには中途半端に膨らんだ男の袋が放ってある。
奥には深い森が広がっており、波の音と男の鼓動以外には何も聴こえなかった。
男は砂の上にあぐらをかき、傷口をじっくり見た。
矢はかなり奥まで刺さっていて、皮膚一枚でぎりぎり貫通するのを免れているようだった。
しかし、傷口から肩、鎖骨にかけて、皮膚が赤黒く変色していた。
仕事柄このような目に遭うこともある男だが、ここまでひどい皮膚の色は見たことが無い。
「…毒矢か」
そうなれば、一刻も早く矢を抜かなくてはいけない。
どのようにしてここまで逃げてきたかは思い出せないが、刺さってからそう時間は経っていないのだろう。
傷口の血もまだ固まりきっていない。
それか、毒が弱いのか。
どちらにせよ、やることは一つだ。
まず兵士の甲冑を外し、シャツの裾を裂いて、包帯の代わりにする。
そして矢をしっかり握り締め、力一杯引き抜く。
静かな川辺に、男の苦痛の声が響いた。
数分後、男は砂浜の中で漸く立ち上がった。
肩には紅く染まったシャツの布が巻かれていた。
とりあえずひとつの問題は無くなった。
次だ。
これはなんだ?
男はもう一度川の水面に自身の背中を映す。
矢を引き抜く際気づいたそれ。
肩のすぐ下から腰にかけて、刺青のような模様があるのだ。
いや、模様というよりは何かの痕のようなもの。
×印のようにも見えるその痕
どこかで傷を負ったのだろうか。
しかし、何故ーーー?
その時、男は異変に気づいた。
肩の傷の痛みが消えていく。
布を取ってみると、血で汚れている皮膚があるばかりだが、擦ってみても傷口が見当たらない。
それどころか、いつの間にか皮膚の変色も無くなっていた。
背中の痕はどうなっているのか見ようとしたが、男は突然崩れ落ちた。
次に男が目覚めたのは、木々が生い茂る森の中であった。
男は飛び起き、すぐさま周りを確認した。
何が起こっているのか分からず混乱していたためか、ここが自分の家のすぐそばの場所であることに気づくのにかなりの時間がかかった。
近くには小さな泉があり、夕日にきらきら光っている。
木々は薄暗く、鳥さえも鳴かない。
その時、男は違和感を覚えた。
背中に何かがある。
いや、付いているーー?
よろめきながら泉に近づく。
静かな水面に背を向けた瞬間、男は言葉を失った。
それは背中の肩甲骨の辺りから、地面すれすれまでの長さがあった。
濃い茶色と灰色、黒が混ざったそれ。
おおよそ普通の人間が付いているものではないもの。
そう、男の背中には、大きな翼が生えていたのだった。
『大きな翼。フェアリーの翼。』
『泥棒に生えちゃった。神様の翼。』
男が声のする方を見ると、小さな人型の生物が二匹飛んできた。
頭には花で作った髪飾り、草で編んだ服、赤い髪そして黒スグリの実のような大きく丸い目。
「ピクシーか。これを知っているのか?」
二匹のピクシーはしきりに羽を動かしながら交互に言った。
『神様の翼』
『どこに飛んでいくの、フェアリーの翼。』
『首無し男の犠牲者の所?』
『炎の竜の宝物の所?』
『大地の従者の主人の所?』
『いいえ遠く彼方へ飛んでいくの』
『そう、国を救いに飛んでいくの』
『神の翼を持つ盗人に幸あれ!』
そう言うと、ピクシーは森の奥へと飛んでいってしまった。
男は呆然としていたが、突然背中に痛みを感じ、また背中に目をやった。
翼は一瞬鈍く光ったかと思うと、徐々に小さく縮んでいき、腰くらいの長さになると、背中に張り付いた。
そして染み込むように消えていき、後にはあの×印のような痕だけが残った。
頬にざらざらした砂があたる。
…脚が冷たい。
水に半身が浸かっているようだ。
体を起こしてみる。
途端に肩に激痛が走った。
見ると、細い木の棒が肩に深く突き刺さっていた。
男は痛みを堪え、辺りを見回した。
どこかの川辺だった。
近くには中途半端に膨らんだ男の袋が放ってある。
奥には深い森が広がっており、波の音と男の鼓動以外には何も聴こえなかった。
男は砂の上にあぐらをかき、傷口をじっくり見た。
矢はかなり奥まで刺さっていて、皮膚一枚でぎりぎり貫通するのを免れているようだった。
しかし、傷口から肩、鎖骨にかけて、皮膚が赤黒く変色していた。
仕事柄このような目に遭うこともある男だが、ここまでひどい皮膚の色は見たことが無い。
「…毒矢か」
そうなれば、一刻も早く矢を抜かなくてはいけない。
どのようにしてここまで逃げてきたかは思い出せないが、刺さってからそう時間は経っていないのだろう。
傷口の血もまだ固まりきっていない。
それか、毒が弱いのか。
どちらにせよ、やることは一つだ。
まず兵士の甲冑を外し、シャツの裾を裂いて、包帯の代わりにする。
そして矢をしっかり握り締め、力一杯引き抜く。
静かな川辺に、男の苦痛の声が響いた。
数分後、男は砂浜の中で漸く立ち上がった。
肩には紅く染まったシャツの布が巻かれていた。
とりあえずひとつの問題は無くなった。
次だ。
これはなんだ?
男はもう一度川の水面に自身の背中を映す。
矢を引き抜く際気づいたそれ。
肩のすぐ下から腰にかけて、刺青のような模様があるのだ。
いや、模様というよりは何かの痕のようなもの。
×印のようにも見えるその痕
どこかで傷を負ったのだろうか。
しかし、何故ーーー?
その時、男は異変に気づいた。
肩の傷の痛みが消えていく。
布を取ってみると、血で汚れている皮膚があるばかりだが、擦ってみても傷口が見当たらない。
それどころか、いつの間にか皮膚の変色も無くなっていた。
背中の痕はどうなっているのか見ようとしたが、男は突然崩れ落ちた。
次に男が目覚めたのは、木々が生い茂る森の中であった。
男は飛び起き、すぐさま周りを確認した。
何が起こっているのか分からず混乱していたためか、ここが自分の家のすぐそばの場所であることに気づくのにかなりの時間がかかった。
近くには小さな泉があり、夕日にきらきら光っている。
木々は薄暗く、鳥さえも鳴かない。
その時、男は違和感を覚えた。
背中に何かがある。
いや、付いているーー?
よろめきながら泉に近づく。
静かな水面に背を向けた瞬間、男は言葉を失った。
それは背中の肩甲骨の辺りから、地面すれすれまでの長さがあった。
濃い茶色と灰色、黒が混ざったそれ。
おおよそ普通の人間が付いているものではないもの。
そう、男の背中には、大きな翼が生えていたのだった。
『大きな翼。フェアリーの翼。』
『泥棒に生えちゃった。神様の翼。』
男が声のする方を見ると、小さな人型の生物が二匹飛んできた。
頭には花で作った髪飾り、草で編んだ服、赤い髪そして黒スグリの実のような大きく丸い目。
「ピクシーか。これを知っているのか?」
二匹のピクシーはしきりに羽を動かしながら交互に言った。
『神様の翼』
『どこに飛んでいくの、フェアリーの翼。』
『首無し男の犠牲者の所?』
『炎の竜の宝物の所?』
『大地の従者の主人の所?』
『いいえ遠く彼方へ飛んでいくの』
『そう、国を救いに飛んでいくの』
『神の翼を持つ盗人に幸あれ!』
そう言うと、ピクシーは森の奥へと飛んでいってしまった。
男は呆然としていたが、突然背中に痛みを感じ、また背中に目をやった。
翼は一瞬鈍く光ったかと思うと、徐々に小さく縮んでいき、腰くらいの長さになると、背中に張り付いた。
そして染み込むように消えていき、後にはあの×印のような痕だけが残った。
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