76 / 80
番外編1
しおりを挟む
1
この人が。
セラフィナはテーブルを挟んだ正面に立っている男性を失礼にならない程度にしげしげと見る。
アイリスが通う東国の大学の食堂に何個かある衝立で仕切られた半個室のような空間。
堅苦しくない雰囲気を望んだセラフィナの結婚相手候補との顔合わせの場所だ。
セラフィナの隣にはアイリス、アイリスの正面にウォルターが立っている。
ウォルターの隣、セラフィナの正面に立っているのは、茶色い髪に眼鏡を掛けた男性だ。
背はお兄様と同じくらいか。筋肉もついてない訳じゃなさそうだけど、ムキムキって訳でもないわね。
顔は…前髪と眼鏡でよく見えないな…
「セラ、こちらの方がアンドリュー・ハーン様、伯爵家の三男で、二十三歳。大学で法学を専攻されてるの」
アイリスが男性を紹介し、アンドリューと呼ばれた茶色い髪の男性が
「よろしくお願いします」
と頭を下げた。
あ、良い声。
でもやっぱりまだ顔が見えないな。
「アンドリュー様、こちらがセラフィナです。私の幼なじみの友人で、ウォル様の妹です」
セラフィナが王女だと言う事は既に伝えてあるので敢えて姓を省いて紹介をする。
「よろしくお願いします」
挨拶を終えた処で、アイリスが飲み物を買いに行き、三人は着席した。
「セラ、アンドリューは既に司法試験に合格していて、来年の春に大学を卒業した後は弁護士になる。特に土地の権利関係や公共事業の分野に詳しいから、僕も色々相談しているんだ」
ウォルターが言うと、アンドリューはいえいえと手を振る。
「私の方がウォルター様には勉強させていただいております」
低くて良い声だわ。
顔は見えないけど、話し方は穏やかね。
-----
アイリスが戻って来て、トレイからマグカップをそれぞれの前に置いた。
セラフィナとアイリスの前には紅茶、アンドリューとウォルターの前にはコーヒーだ。
「お兄様、コーヒーを飲まれるんですか?」
セラフィナが不思議そうにウォルターの前のカップを見る。
「ああ。アンドリューが飲むので僕も試してみたら、案外苦いのが美味しくて」
「私もたまに飲むわ。ミルクは入れるけど、試験の前とか」
アイリスもそう言い、ウォルターと目を合わせて微笑んだ。
「苦いのが良いんですか?」
セラフィナがアンドリューの方に向いて言うと、アンドリューは頷いた。
「ええ。苦いのが。香りも好きです」
「東国ではコーヒーを飲まれる方が多いのですか?」
「いえいえ。やはりこちらでもお茶と言えば紅茶です。私も大学に入ってからコーヒーも飲むようになりました。最初はやはり試験前などでしたね」
「あのね、セラ、コーヒーには、利尿効果や疲労感の軽減、集中力を高めたり、眠気を感じにくくなったりする物質が紅茶の二倍含まれてるのよ」
アイリスが楽しそうに言う。
「ああ、それで試験前に」
「そうなの」
しばらく和やかに会話をした後、セラフィナはじっとアンドリューを見ながらおずおずと切り出した。
「あの。そろそろ…お顔を見せていただけたらと…」
ここまでの会話で、アンドリュー様が穏やかで良い人らしいのはわかった気がする。
私は王族で、政略のために顔も知らない相手に嫁ぐのも覚悟はしていたわ。でもお見合いみたいなこの席で、相手の顔を知らないままというのは…
「ああ!そうか」
「そうだったわ!」
ウォルターとアイリスが同時に声を上げる。
どうやらアンドリューの顔、というより鼻から上が見えていなかった事に今気付いたようだ。
「……」
アンドリューは黙ったまま、辺りを窺うように首を左右に振った。
「衝立があるから大丈夫だ」
「外も人は少なかったです」
ウォルターとアイリスがアンドリューに言う。
「?」
セラフィナが首を傾げると、アンドリューはそっと眼鏡を外してテーブルに置いた。
「セラフィナ様、大変失礼いたしました」
そう言って手で前髪を上げるアンドリュー。
キラキラキラ。
思わずそんな擬音が聞こえて来そうなくらいの美青年がそこに居た。
「…ええ?」
細めの眉、切長の眼、筋の通った鼻、形の良い唇。
…鼻と口、細い顎は見えていたけど、目と眉が見えると全てのパーツがものすごくバランス良く整ってるのが良くわかるわ。
「セラ、アンドリューはこの通りの見た目なので、学園生時代、女性たちに騒がれ過ぎて日常生活に影響が出て、それ以来顔を隠しているんだそうだ」
ウォルターが至極真面目に言うと、アイリスも頷く。
「はあ…」
女性に騒がれるのはお兄様たちもそうだったけど、顔を隠さないと日常生活に影響が出るってどれだけ…
セラフィナは、何故かシュンとして俯いているアンドリューを見た。
……うん。まあ、騒がれるわね。これは。
セラフィナは一人納得して頷いた。
この人が。
セラフィナはテーブルを挟んだ正面に立っている男性を失礼にならない程度にしげしげと見る。
アイリスが通う東国の大学の食堂に何個かある衝立で仕切られた半個室のような空間。
堅苦しくない雰囲気を望んだセラフィナの結婚相手候補との顔合わせの場所だ。
セラフィナの隣にはアイリス、アイリスの正面にウォルターが立っている。
ウォルターの隣、セラフィナの正面に立っているのは、茶色い髪に眼鏡を掛けた男性だ。
背はお兄様と同じくらいか。筋肉もついてない訳じゃなさそうだけど、ムキムキって訳でもないわね。
顔は…前髪と眼鏡でよく見えないな…
「セラ、こちらの方がアンドリュー・ハーン様、伯爵家の三男で、二十三歳。大学で法学を専攻されてるの」
アイリスが男性を紹介し、アンドリューと呼ばれた茶色い髪の男性が
「よろしくお願いします」
と頭を下げた。
あ、良い声。
でもやっぱりまだ顔が見えないな。
「アンドリュー様、こちらがセラフィナです。私の幼なじみの友人で、ウォル様の妹です」
セラフィナが王女だと言う事は既に伝えてあるので敢えて姓を省いて紹介をする。
「よろしくお願いします」
挨拶を終えた処で、アイリスが飲み物を買いに行き、三人は着席した。
「セラ、アンドリューは既に司法試験に合格していて、来年の春に大学を卒業した後は弁護士になる。特に土地の権利関係や公共事業の分野に詳しいから、僕も色々相談しているんだ」
ウォルターが言うと、アンドリューはいえいえと手を振る。
「私の方がウォルター様には勉強させていただいております」
低くて良い声だわ。
顔は見えないけど、話し方は穏やかね。
-----
アイリスが戻って来て、トレイからマグカップをそれぞれの前に置いた。
セラフィナとアイリスの前には紅茶、アンドリューとウォルターの前にはコーヒーだ。
「お兄様、コーヒーを飲まれるんですか?」
セラフィナが不思議そうにウォルターの前のカップを見る。
「ああ。アンドリューが飲むので僕も試してみたら、案外苦いのが美味しくて」
「私もたまに飲むわ。ミルクは入れるけど、試験の前とか」
アイリスもそう言い、ウォルターと目を合わせて微笑んだ。
「苦いのが良いんですか?」
セラフィナがアンドリューの方に向いて言うと、アンドリューは頷いた。
「ええ。苦いのが。香りも好きです」
「東国ではコーヒーを飲まれる方が多いのですか?」
「いえいえ。やはりこちらでもお茶と言えば紅茶です。私も大学に入ってからコーヒーも飲むようになりました。最初はやはり試験前などでしたね」
「あのね、セラ、コーヒーには、利尿効果や疲労感の軽減、集中力を高めたり、眠気を感じにくくなったりする物質が紅茶の二倍含まれてるのよ」
アイリスが楽しそうに言う。
「ああ、それで試験前に」
「そうなの」
しばらく和やかに会話をした後、セラフィナはじっとアンドリューを見ながらおずおずと切り出した。
「あの。そろそろ…お顔を見せていただけたらと…」
ここまでの会話で、アンドリュー様が穏やかで良い人らしいのはわかった気がする。
私は王族で、政略のために顔も知らない相手に嫁ぐのも覚悟はしていたわ。でもお見合いみたいなこの席で、相手の顔を知らないままというのは…
「ああ!そうか」
「そうだったわ!」
ウォルターとアイリスが同時に声を上げる。
どうやらアンドリューの顔、というより鼻から上が見えていなかった事に今気付いたようだ。
「……」
アンドリューは黙ったまま、辺りを窺うように首を左右に振った。
「衝立があるから大丈夫だ」
「外も人は少なかったです」
ウォルターとアイリスがアンドリューに言う。
「?」
セラフィナが首を傾げると、アンドリューはそっと眼鏡を外してテーブルに置いた。
「セラフィナ様、大変失礼いたしました」
そう言って手で前髪を上げるアンドリュー。
キラキラキラ。
思わずそんな擬音が聞こえて来そうなくらいの美青年がそこに居た。
「…ええ?」
細めの眉、切長の眼、筋の通った鼻、形の良い唇。
…鼻と口、細い顎は見えていたけど、目と眉が見えると全てのパーツがものすごくバランス良く整ってるのが良くわかるわ。
「セラ、アンドリューはこの通りの見た目なので、学園生時代、女性たちに騒がれ過ぎて日常生活に影響が出て、それ以来顔を隠しているんだそうだ」
ウォルターが至極真面目に言うと、アイリスも頷く。
「はあ…」
女性に騒がれるのはお兄様たちもそうだったけど、顔を隠さないと日常生活に影響が出るってどれだけ…
セラフィナは、何故かシュンとして俯いているアンドリューを見た。
……うん。まあ、騒がれるわね。これは。
セラフィナは一人納得して頷いた。
0
お気に入りに追加
21
あなたにおすすめの小説
果たされなかった約束
家紋武範
恋愛
子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。
しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。
このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。
怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。
※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。
【完結】婚約者が好きなのです
maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。
でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。
冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。
彼の幼馴染だ。
そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。
私はどうすればいいのだろうか。
全34話(番外編含む)
※他サイトにも投稿しております
※1話〜4話までは文字数多めです
注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)
選ばれたのは私ではなかった。ただそれだけ
暖夢 由
恋愛
【5月20日 90話完結】
5歳の時、母が亡くなった。
原因も治療法も不明の病と言われ、発症1年という早さで亡くなった。
そしてまだ5歳の私には母が必要ということで通例に習わず、1年の喪に服すことなく新しい母が連れて来られた。彼女の隣には不思議なことに父によく似た女の子が立っていた。私とあまり変わらないくらいの歳の彼女は私の2つ年上だという。
これからは姉と呼ぶようにと言われた。
そして、私が14歳の時、突然謎の病を発症した。
母と同じ原因も治療法も不明の病。母と同じ症状が出始めた時に、この病は遺伝だったのかもしれないと言われた。それは私が社交界デビューするはずの年だった。
私は社交界デビューすることは叶わず、そのまま治療することになった。
たまに調子がいい日もあるが、社交界に出席する予定の日には決まって体調を崩した。医者は緊張して体調を崩してしまうのだろうといった。
でも最近はグレン様が会いに来ると約束してくれた日にも必ず体調を崩すようになってしまった。それでも以前はグレン様が心配して、私の部屋で1時間ほど話をしてくれていたのに、最近はグレン様を姉が玄関で出迎え、2人で私の部屋に来て、挨拶だけして、2人でお茶をするからと消えていくようになった。
でもそれも私の体調のせい。私が体調さえ崩さなければ……
今では月の半分はベットで過ごさなければいけないほどになってしまった。
でもある日婚約者の裏切りに気づいてしまう。
私は耐えられなかった。
もうすべてに………
病が治る見込みだってないのに。
なんて滑稽なのだろう。
もういや……
誰からも愛されないのも
誰からも必要とされないのも
治らない病の為にずっとベッドで寝ていなければいけないのも。
気付けば私は家の外に出ていた。
元々病で外に出る事がない私には専属侍女などついていない。
特に今日は症状が重たく、朝からずっと吐いていた為、父も義母も私が部屋を出るなど夢にも思っていないのだろう。
私は死ぬ場所を探していたのかもしれない。家よりも少しでも幸せを感じて死にたいと。
これから出会う人がこれまでの生活を変えてくれるとも知らずに。
---------------------------------------------
※架空のお話です。
※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。
※現実世界とは異なりますのでご理解ください。
蔑ろにされた王妃と見限られた国王
奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています
国王陛下には愛する女性がいた。
彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。
私は、そんな陛下と結婚した。
国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。
でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。
そしてもう一つ。
私も陛下も知らないことがあった。
彼女のことを。彼女の正体を。
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
いつかの空を見る日まで
たつみ
恋愛
皇命により皇太子の婚約者となったカサンドラ。皇太子は彼女に無関心だったが、彼女も皇太子には無関心。婚姻する気なんてさらさらなく、逃げることだけ考えている。忠実な従僕と逃げる準備を進めていたのだが、不用意にも、皇太子の彼女に対する好感度を上げてしまい、執着されるはめに。複雑な事情がある彼女に、逃亡中止は有り得ない。生きるも死ぬもどうでもいいが、皇宮にだけはいたくないと、従僕と2人、ついに逃亡を決行するのだが。
------------
復讐、逆転ものではありませんので、それをご期待のかたはご注意ください。
悲しい内容が苦手というかたは、特にご注意ください。
中世・近世の欧風な雰囲気ですが、それっぽいだけです。
どんな展開でも、どんと来いなかた向けかもしれません。
(うわあ…ぇう~…がはっ…ぇえぇ~…となるところもあります)
他サイトでも掲載しています。
愛なんてどこにもないと知っている
紫楼
恋愛
私は親の選んだ相手と政略結婚をさせられた。
相手には長年の恋人がいて婚約時から全てを諦め、貴族の娘として割り切った。
白い結婚でも社交界でどんなに噂されてもどうでも良い。
結局は追い出されて、家に帰された。
両親には叱られ、兄にはため息を吐かれる。
一年もしないうちに再婚を命じられた。
彼は兄の親友で、兄が私の初恋だと勘違いした人。
私は何も期待できないことを知っている。
彼は私を愛さない。
主人公以外が愛や恋に迷走して暴走しているので、主人公は最後の方しか、トキメキがないです。
作者の脳内の世界観なので現実世界の法律や常識とは重ねないでお読むください。
誤字脱字は多いと思われますので、先にごめんなさい。
他サイトにも載せています。
平凡令嬢の婚活事情〜あの人だけは、絶対ナイから!〜
本見りん
恋愛
「……だから、ミランダは無理だって!!」
王立学園に通う、ミランダ シュミット伯爵令嬢17歳。
偶然通りかかった学園の裏庭でミランダ本人がここにいるとも知らず噂しているのはこの学園の貴族令息たち。
……彼らは、決して『高嶺の花ミランダ』として噂している訳ではない。
それは、ミランダが『平凡令嬢』だから。
いつからか『平凡令嬢』と噂されるようになっていたミランダ。『絶賛婚約者募集中』の彼女にはかなり不利な状況。
チラリと向こうを見てみれば、1人の女子生徒に3人の男子学生が。あちらも良くない噂の方々。
……ミランダは、『あの人達だけはナイ!』と思っていだのだが……。
3万字少しの短編です。『完結保証』『ハッピーエンド』です!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる