ある日、私は事故で死んだ───はずなのに、目が覚めたら事故の日の朝なんですけど!?

ねーさん

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番外編1

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 この人が。
 セラフィナはテーブルを挟んだ正面に立っている男性を失礼にならない程度にしげしげと見る。

 アイリスが通う東国の大学の食堂に何個かある衝立で仕切られた半個室のような空間。
 堅苦しくない雰囲気を望んだセラフィナの結婚相手候補との顔合わせの場所だ。
 セラフィナの隣にはアイリス、アイリスの正面にウォルターが立っている。
 ウォルターの隣、セラフィナの正面に立っているのは、茶色い髪に眼鏡を掛けた男性だ。

 背はお兄様と同じくらいか。筋肉もついてない訳じゃなさそうだけど、ムキムキって訳でもないわね。
 顔は…前髪と眼鏡でよく見えないな…

「セラ、こちらの方がアンドリュー・ハーン様、伯爵家の三男で、二十三歳。大学ここで法学を専攻されてるの」
 アイリスが男性を紹介し、アンドリューと呼ばれた茶色い髪の男性が
「よろしくお願いします」
 と頭を下げた。
 あ、良い声。
 でもやっぱりまだ顔が見えないな。
「アンドリュー様、こちらがセラフィナです。私の幼なじみの友人で、ウォル様の妹です」
 セラフィナが王女だと言う事は既に伝えてあるので敢えて姓を省いて紹介をする。
「よろしくお願いします」

 挨拶を終えた処で、アイリスが飲み物を買いに行き、三人は着席した。
「セラ、アンドリューは既に司法試験に合格していて、来年の春に大学を卒業した後は弁護士になる。特に土地の権利関係や公共事業の分野に詳しいから、僕も色々相談しているんだ」
 ウォルターが言うと、アンドリューはいえいえと手を振る。
「私の方がウォルター様には勉強させていただいております」

 低くて良い声だわ。
 顔は見えないけど、話し方は穏やかね。

-----

 アイリスが戻って来て、トレイからマグカップをそれぞれの前に置いた。
  セラフィナとアイリスの前には紅茶、アンドリューとウォルターの前にはコーヒーだ。
「お兄様、コーヒーを飲まれるんですか?」
 セラフィナが不思議そうにウォルターの前のカップを見る。
「ああ。アンドリューが飲むので僕も試してみたら、案外苦いのが美味しくて」
「私もたまに飲むわ。ミルクは入れるけど、試験の前とか」
 アイリスもそう言い、ウォルターと目を合わせて微笑んだ。
「苦いのが良いんですか?」
 セラフィナがアンドリューの方に向いて言うと、アンドリューは頷いた。
「ええ。苦いのが。香りも好きです」
「東国ではコーヒーを飲まれる方が多いのですか?」
「いえいえ。やはりこちらでもお茶と言えば紅茶です。私も大学に入ってからコーヒーも飲むようになりました。最初はやはり試験前などでしたね」

「あのね、セラ、コーヒーには、利尿効果や疲労感の軽減、集中力を高めたり、眠気を感じにくくなったりする物質が紅茶の二倍含まれてるのよ」
 アイリスが楽しそうに言う。
「ああ、それで試験前に」
「そうなの」

 しばらく和やかに会話をした後、セラフィナはじっとアンドリューを見ながらおずおずと切り出した。
「あの。そろそろ…お顔を見せていただけたらと…」
 ここまでの会話で、アンドリュー様が穏やかで良い人らしいのはわかった気がする。
 私は王族で、政略のために顔も知らない相手に嫁ぐのも覚悟はしていたわ。でもお見合いみたいなこの席で、相手の顔を知らないままというのは…
「ああ!そうか」
「そうだったわ!」
 ウォルターとアイリスが同時に声を上げる。
 どうやらアンドリューの顔、というより鼻から上が見えていなかった事に今気付いたようだ。
「……」
 アンドリューは黙ったまま、辺りを窺うように首を左右に振った。
「衝立があるから大丈夫だ」
「外も人は少なかったです」
 ウォルターとアイリスがアンドリューに言う。
「?」
 セラフィナが首を傾げると、アンドリューはそっと眼鏡を外してテーブルに置いた。
「セラフィナ様、大変失礼いたしました」
 そう言って手で前髪を上げるアンドリュー。

 キラキラキラ。
 思わずそんな擬音が聞こえて来そうなくらいの美青年がそこに居た。

「…ええ?」
 細めの眉、切長の眼、筋の通った鼻、形の良い唇。
 …鼻と口、細い顎は見えていたけど、目と眉が見えると全てのパーツがものすごくバランス良く整ってるのが良くわかるわ。
「セラ、アンドリューはこの通りの見た目なので、学園生時代、女性たちに騒がれ過ぎて日常生活に影響が出て、それ以来顔を隠しているんだそうだ」
 ウォルターが至極真面目に言うと、アイリスも頷く。
「はあ…」
 女性に騒がれるのはお兄様たちもそうだったけど、顔を隠さないと日常生活に影響が出るってどれだけ…
 セラフィナは、何故かシュンとして俯いているアンドリューを見た。
 ……うん。まあ、騒がれるわね。これは。
 セラフィナは一人納得して頷いた。



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