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【第三王子ウォルターは遠からず東国へ行くだろう。阻止するには、現在銀の連山に居るアイリス・ガードナーの存在を取り除くべき】
王都に戻る道中の宿でガードナー家からの知らせを受け取ったウォルターは、マティルダの書いた文の内容に絶句した。
「直ぐに連山に戻る」
ウォルターがそう言うと、デリックは馬の用意をしに部屋を出て行く。
「女の勘、と言うよりは妄想がたまたま状況と合致しただけなんだろうけど…」
マティルダの文にはアイリスの見た目の特徴が詳しく書かれ、ケイシーの特徴も書かれているという。
ここまで馬車で三日。
馬で全速力で駆ければ一日半…いや、もっと早く戻らなくては。
「アイリス…」
どうか、無事でいて。
ウォルターはガードナー家からの知らせの紙をグシャッと握り潰した。
-----
「妹の危機だろう?ヴィクトリアは行かなくて良いのか?」
ウォルターとデリックが連山へと戻るため出立した後、宿の外で見送るヴィクトリアにベンジャミンが声を掛ける。
「私が付いて行っても足手まといですから。それに…」
「それに?」
「…いえ。何でもありません」
ベンジャミンに頭を下げて、宿へ戻ろうとするヴィクトリア。
「それに、アイリスの事はウォルターに任せておけば良い、かな?」
そうベンジャミンが言うと、ヴィクトリアは足を止めて目を瞬かせてベンジャミンを見た。
もしかして、ベンジャミン殿下はウォルター殿下がアイリスを好きな事に気付いておられるの?
「なるほど」
ヴィクトリアの表情を見て納得したように頷くベンジャミン。
「あ…あの…」
それじゃあ私が心を病んでいるというのが嘘なのにも気が付いて…?
王族を謀る事の重大さに、血の気が引く。
青くなったヴィクトリアを見てベンジャミンはニヤリと笑った。
「かわいい弟に騙されてやるのも悪くないさ」
-----
「もう水など掛けても無駄だ。燃え尽きるまで燃やすしかない」
「風のない日で良かったよ。他の建物や山への延焼は免れそうだ」
火を消す事を断念した集落の男たちの会話が聞こえる。
ごうごうと音を立てて燃え上がる我が家を見ながら、ルイーザは呆然として立ち竦んだ。
「……」
何も言えずにただ火を見つめる。
「ルウ!」
「!」
後ろからステファンの声が聞こえて、ルイーザは我に返って声の方へ振り向いた。
馬から降りたステファンが駆け寄って来るのが見える。
「ファン…」
「ルウ、大丈夫か?」
ルイーザの顔を覗き込むステファン。
ルイーザはステファンの腕を両手で掴んだ。
「どうしてここに?」
ウォルターたちとは別ルートで王都に戻るステファンはここで火災が起きた事は知らない筈なのだ。
「ウォーリーが伝令を飛ばしてくれたんだ」
ウォーリーとは、「ルウ」と「ファン」のように、ここで呼ばれるウォルターの愛称だ。
「そう…私は家にいなかったから大丈夫。少し前にウォーリーとデリックが来て、家の中からアイリスちゃんとケイシーちゃんを助け出したのよ」
「そうか」
ブルブルと震えているルイーザの手にステファンは自分の手を重ねてギュッと握る。
「アイリスちゃんとケイシーちゃんは馬車の貸し出し受付の建物へ運ばれたわ」
「そうか」
ズズズ…ン。
鈍い音がして、屋根が焼け落ちる。
「……」
ステファンの腕に掴まり、ルイーザは形を失くして行く家を見つめた。
「アイリスちゃんが…」
呟くように言う。
「アイリスが?」
「家がこんな事になって、アイリスちゃんが気に病まないといいんだけど…」
「ああ…」
「気にしないでって言わなきゃね。大丈夫よって」
「ルウ…」
ステファンは心配そうにルイーザを見る。
「…私は大丈夫よ。だってデリスとこの家の思い出はファンが覚えていてくれるんですものね…?」
涙を湛えた瞳に炎が写り、ゆらゆらと揺れた。
「ああ。絶対に忘れない」
頷いたルイーザの頬を涙が伝う。
「だからファン…私が泣いた事…アイリスちゃんには内緒にしてね…」
ステファンの胸に顔を押し付けるルイーザ。
「ああ」
ルイーザを隠すようにステファンはルイーザを抱きしめた。
【第三王子ウォルターは遠からず東国へ行くだろう。阻止するには、現在銀の連山に居るアイリス・ガードナーの存在を取り除くべき】
王都に戻る道中の宿でガードナー家からの知らせを受け取ったウォルターは、マティルダの書いた文の内容に絶句した。
「直ぐに連山に戻る」
ウォルターがそう言うと、デリックは馬の用意をしに部屋を出て行く。
「女の勘、と言うよりは妄想がたまたま状況と合致しただけなんだろうけど…」
マティルダの文にはアイリスの見た目の特徴が詳しく書かれ、ケイシーの特徴も書かれているという。
ここまで馬車で三日。
馬で全速力で駆ければ一日半…いや、もっと早く戻らなくては。
「アイリス…」
どうか、無事でいて。
ウォルターはガードナー家からの知らせの紙をグシャッと握り潰した。
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「妹の危機だろう?ヴィクトリアは行かなくて良いのか?」
ウォルターとデリックが連山へと戻るため出立した後、宿の外で見送るヴィクトリアにベンジャミンが声を掛ける。
「私が付いて行っても足手まといですから。それに…」
「それに?」
「…いえ。何でもありません」
ベンジャミンに頭を下げて、宿へ戻ろうとするヴィクトリア。
「それに、アイリスの事はウォルターに任せておけば良い、かな?」
そうベンジャミンが言うと、ヴィクトリアは足を止めて目を瞬かせてベンジャミンを見た。
もしかして、ベンジャミン殿下はウォルター殿下がアイリスを好きな事に気付いておられるの?
「なるほど」
ヴィクトリアの表情を見て納得したように頷くベンジャミン。
「あ…あの…」
それじゃあ私が心を病んでいるというのが嘘なのにも気が付いて…?
王族を謀る事の重大さに、血の気が引く。
青くなったヴィクトリアを見てベンジャミンはニヤリと笑った。
「かわいい弟に騙されてやるのも悪くないさ」
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「もう水など掛けても無駄だ。燃え尽きるまで燃やすしかない」
「風のない日で良かったよ。他の建物や山への延焼は免れそうだ」
火を消す事を断念した集落の男たちの会話が聞こえる。
ごうごうと音を立てて燃え上がる我が家を見ながら、ルイーザは呆然として立ち竦んだ。
「……」
何も言えずにただ火を見つめる。
「ルウ!」
「!」
後ろからステファンの声が聞こえて、ルイーザは我に返って声の方へ振り向いた。
馬から降りたステファンが駆け寄って来るのが見える。
「ファン…」
「ルウ、大丈夫か?」
ルイーザの顔を覗き込むステファン。
ルイーザはステファンの腕を両手で掴んだ。
「どうしてここに?」
ウォルターたちとは別ルートで王都に戻るステファンはここで火災が起きた事は知らない筈なのだ。
「ウォーリーが伝令を飛ばしてくれたんだ」
ウォーリーとは、「ルウ」と「ファン」のように、ここで呼ばれるウォルターの愛称だ。
「そう…私は家にいなかったから大丈夫。少し前にウォーリーとデリックが来て、家の中からアイリスちゃんとケイシーちゃんを助け出したのよ」
「そうか」
ブルブルと震えているルイーザの手にステファンは自分の手を重ねてギュッと握る。
「アイリスちゃんとケイシーちゃんは馬車の貸し出し受付の建物へ運ばれたわ」
「そうか」
ズズズ…ン。
鈍い音がして、屋根が焼け落ちる。
「……」
ステファンの腕に掴まり、ルイーザは形を失くして行く家を見つめた。
「アイリスちゃんが…」
呟くように言う。
「アイリスが?」
「家がこんな事になって、アイリスちゃんが気に病まないといいんだけど…」
「ああ…」
「気にしないでって言わなきゃね。大丈夫よって」
「ルウ…」
ステファンは心配そうにルイーザを見る。
「…私は大丈夫よ。だってデリスとこの家の思い出はファンが覚えていてくれるんですものね…?」
涙を湛えた瞳に炎が写り、ゆらゆらと揺れた。
「ああ。絶対に忘れない」
頷いたルイーザの頬を涙が伝う。
「だからファン…私が泣いた事…アイリスちゃんには内緒にしてね…」
ステファンの胸に顔を押し付けるルイーザ。
「ああ」
ルイーザを隠すようにステファンはルイーザを抱きしめた。
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