68 / 80
67
しおりを挟む
67
ルイーザの家で、食堂兼居間の掃除をしているアイリス。ケイシーは家の裏手で洗濯をしている。
ルイーザは馬を貸したり預かったりする生業の受付の仕事のために家から離れた馬小屋へ行っていた。
「ん?」
アイリスの耳にザワザワと騒めく音が聞こえて来て、箒を動かす手を止める。
「……」
「…たか…」
「……いな……」
人の声?
誰か来た?
アイリスが箒を壁に立て掛けて、玄関の方へ行こうとすると───
バンッ!
と、勢いよく玄関扉が開いた。
「!」
黒い布をマスクにして顔を隠した男が玄関から入って来る。
何!?
アイリスは咄嗟に逃げようと身を翻すが、男の方が早く、アイリスの腕を掴んだ。
「嫌!!」
男はアイリスの首に後ろから腕を回す。
そのまま、腕で首を締め付けた。
「…ぅ……」
苦しい。
片腕を掴まれたままなので、アイリスは首に巻きついた腕を外そうと男の前腕を片手で引っ張る。しかしビクともしなかった。
「ぐ……」
息が詰まって呻る。
男は無言で締め付け続ける。
「……」
声にならない声を発して、アイリスの身体から力が抜けた。
-----
「いたか?」
「いや、家主の女はいないようだ」
「仕方ない。家主が戻る前にこの二人だけでも予定通り消えてもらおう」
「本当にこの女で間違いないんだよな?」
「ああ。聞いてる特徴に全て当てはまる」
「せっかくの若い女なのにもったいねぇな」
「残念だが楽しんでる時間はないぞ」
「ちぇ」
パチ、パチパチ。
……聞いた事のある音がする。
これは…暖炉の薪が爆ぜる音?
…暖炉?
今、夏なのに?
ハッ!
アイリスが意識を取り戻したのは、ルイーザの住まいの寝室のベッドの上だった。
「……」
壁向きに横臥している身体を動かそうとして、手足が縛られている事に気付く。
猿ぐつわを噛まされ、身体の後ろで両手首を、両足首と膝の辺りも縛られていた。
一体、何が起きてるの?
パチパチ。
状況を把握できていないアイリスの耳に、薪が爆ぜるような音が届く。
壁側に向いて横たわっていたアイリスが後方に視線を動かすと、寝室の窓の向こうが橙色に光ってゆらゆらと揺らめいていた。
「!」
炎だ!
火事!?
ううん、家に火を放たれたんだわ!
「うう~…」
起き上がろうともがくアイリスの背中に、何かが当たる。
仰向けになって横を見ると、同じように縛られて猿ぐつわをされ、目を閉じているケイシーがアイリスの隣に横たわっていた。
ケイシー!!
さっき男の声で、消えてもらうって言ってた二人って、私とケイシーの事!?
「…ううっ!ゔぅー」
グイグイと身体を押し付け、ケイシーの目を覚まさせようとするが、ケイシーの目は開かない。
ケイシー、起きて!
火事なの。逃げなきゃ…
そうだわ。このまま押して、ベッドから落ちたら衝撃で目が覚めるかも。
「うぐぅ…」
グイグイとケイシーを身体で押して行くアイリス。
ドサリ。
ベッドから落ちたケイシー。
アイリスはベッドの上を転がり、うつ伏せになると、上からケイシーを覗き込んだ。
しかし、ケイシーは目を瞑ったままで、目を覚ます気配はない。
パリンッ。
と、音を立てて窓ガラスが割れて、炎が窓枠を舐めるように室内に入って来る。
途端に熱気が部屋に充満した。
「ゔゔ!!」
熱い。
このままでは焼け死んでしまう。
でも動けないし、逃げられない。
逃げられない……
ああ……私、ここで死ぬんだわ…
このまま死ぬなら、ケイシーは意識がないままの方が苦しまなくて済むかも。
アイリスは動きを止めてカーテン沿いに上へと伸びて行く炎を眺めた。
「本当にこの女で間違いないんだよな?」
そう言ってたし、狙われたのはきっと私だわ。
誰に何でだかはわからないけど…ケイシーを巻き込んでしまってごめんなさい。
ルイーザ様も。
思い出の家を焼かれてしまって。私のせいで、本当にごめんなさい…
目を閉じると涙が流れる。
その涙さえも空気に熱せられてとても熱く感じた。
お姉様、ジェイド、どうか幸せになってください。
ウォルター殿下…最期にもう一度会いたかった…
ルイーザの家で、食堂兼居間の掃除をしているアイリス。ケイシーは家の裏手で洗濯をしている。
ルイーザは馬を貸したり預かったりする生業の受付の仕事のために家から離れた馬小屋へ行っていた。
「ん?」
アイリスの耳にザワザワと騒めく音が聞こえて来て、箒を動かす手を止める。
「……」
「…たか…」
「……いな……」
人の声?
誰か来た?
アイリスが箒を壁に立て掛けて、玄関の方へ行こうとすると───
バンッ!
と、勢いよく玄関扉が開いた。
「!」
黒い布をマスクにして顔を隠した男が玄関から入って来る。
何!?
アイリスは咄嗟に逃げようと身を翻すが、男の方が早く、アイリスの腕を掴んだ。
「嫌!!」
男はアイリスの首に後ろから腕を回す。
そのまま、腕で首を締め付けた。
「…ぅ……」
苦しい。
片腕を掴まれたままなので、アイリスは首に巻きついた腕を外そうと男の前腕を片手で引っ張る。しかしビクともしなかった。
「ぐ……」
息が詰まって呻る。
男は無言で締め付け続ける。
「……」
声にならない声を発して、アイリスの身体から力が抜けた。
-----
「いたか?」
「いや、家主の女はいないようだ」
「仕方ない。家主が戻る前にこの二人だけでも予定通り消えてもらおう」
「本当にこの女で間違いないんだよな?」
「ああ。聞いてる特徴に全て当てはまる」
「せっかくの若い女なのにもったいねぇな」
「残念だが楽しんでる時間はないぞ」
「ちぇ」
パチ、パチパチ。
……聞いた事のある音がする。
これは…暖炉の薪が爆ぜる音?
…暖炉?
今、夏なのに?
ハッ!
アイリスが意識を取り戻したのは、ルイーザの住まいの寝室のベッドの上だった。
「……」
壁向きに横臥している身体を動かそうとして、手足が縛られている事に気付く。
猿ぐつわを噛まされ、身体の後ろで両手首を、両足首と膝の辺りも縛られていた。
一体、何が起きてるの?
パチパチ。
状況を把握できていないアイリスの耳に、薪が爆ぜるような音が届く。
壁側に向いて横たわっていたアイリスが後方に視線を動かすと、寝室の窓の向こうが橙色に光ってゆらゆらと揺らめいていた。
「!」
炎だ!
火事!?
ううん、家に火を放たれたんだわ!
「うう~…」
起き上がろうともがくアイリスの背中に、何かが当たる。
仰向けになって横を見ると、同じように縛られて猿ぐつわをされ、目を閉じているケイシーがアイリスの隣に横たわっていた。
ケイシー!!
さっき男の声で、消えてもらうって言ってた二人って、私とケイシーの事!?
「…ううっ!ゔぅー」
グイグイと身体を押し付け、ケイシーの目を覚まさせようとするが、ケイシーの目は開かない。
ケイシー、起きて!
火事なの。逃げなきゃ…
そうだわ。このまま押して、ベッドから落ちたら衝撃で目が覚めるかも。
「うぐぅ…」
グイグイとケイシーを身体で押して行くアイリス。
ドサリ。
ベッドから落ちたケイシー。
アイリスはベッドの上を転がり、うつ伏せになると、上からケイシーを覗き込んだ。
しかし、ケイシーは目を瞑ったままで、目を覚ます気配はない。
パリンッ。
と、音を立てて窓ガラスが割れて、炎が窓枠を舐めるように室内に入って来る。
途端に熱気が部屋に充満した。
「ゔゔ!!」
熱い。
このままでは焼け死んでしまう。
でも動けないし、逃げられない。
逃げられない……
ああ……私、ここで死ぬんだわ…
このまま死ぬなら、ケイシーは意識がないままの方が苦しまなくて済むかも。
アイリスは動きを止めてカーテン沿いに上へと伸びて行く炎を眺めた。
「本当にこの女で間違いないんだよな?」
そう言ってたし、狙われたのはきっと私だわ。
誰に何でだかはわからないけど…ケイシーを巻き込んでしまってごめんなさい。
ルイーザ様も。
思い出の家を焼かれてしまって。私のせいで、本当にごめんなさい…
目を閉じると涙が流れる。
その涙さえも空気に熱せられてとても熱く感じた。
お姉様、ジェイド、どうか幸せになってください。
ウォルター殿下…最期にもう一度会いたかった…
0
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
御機嫌ようそしてさようなら ~王太子妃の選んだ最悪の結末
Hinaki
恋愛
令嬢の名はエリザベス。
生まれた瞬間より両親達が創る公爵邸と言う名の箱庭の中で生きていた。
全てがその箱庭の中でなされ、そして彼女は箱庭より外へは出される事はなかった。
ただ一つ月に一度彼女を訪ねる5歳年上の少年を除いては……。
時は流れエリザベスが15歳の乙女へと成長し未来の王太子妃として半年後の結婚を控えたある日に彼女を包み込んでいた世界は崩壊していく。
ゆるふわ設定の短編です。
完結済みなので予約投稿しています。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる