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「ウォルターはまだ騎士の行軍に参加した事はないからこんな寝方をした事はないだろう?」
居間兼食堂で、テーブルと椅子を端に寄せ、壁にもたれて並んで座っているステファンとウォルター。
少し離れたその距離がこの兄弟の今までの距離を示しているようだ。
「そうですね」
まだ学園生のウォルターは騎士としての鍛錬もしているが、騎士隊の行軍訓練には参加した事はない。
行軍訓練とは装備をした騎士隊が隊列を整え徒歩で他地に移動する訓練だ。その道中にはテントでの野営などもあり、ステファンやベンジャミンのような成人した王族はこれに何度か参加しているのだ。
「東国に行くまでに一度は参加するといい。騎士たちとの距離も縮まるし、国民や国を守ろうという気運も高まる。東国に住まおうが俺たちがこの国の王子である事は変わらないからな」
「はい」
眼を閉じてそう言うステファンをウォルターはじっと見つめる。
「…兄上たちがいて、僕は本当に幸運です」
「うん?」
ステファンは眼を開いてウォルターの方へ向いた。
「僕は自分が東国へ行きたくないと、自分の気持ちだけを優先してヴィクトリアと婚約しました。そして今度はその婚約を解消して自分のために東国へ行こうとしている。随分と自分勝手だなあ…と自分でも思います。そうやってぼくが自分勝手できるのも、ベンジャミン兄上が王位を継いで、ステファン兄上が東国との盟約を果たしてくださるからですから」
苦く笑ってウォルターは言う。
「俺だって、ルウがいない東国へは行く気がないのだから、ウォルターとそう違わないと思うが?」
ステファンはニヤリと笑った。
「しかし、俺もウォルターも東国へ住むとなると、盟約のバランスが、今度は東国側へ多く傾く事になってしまうな」
「そこは僕も気になっていました」
盟約にはウォルターたちの次の世代に関する方針までは言及はされていない。なので尚更この代でバランスを取っておきたい処なのだ。
「セラフィナの結婚相手に東国の貴族、というのはどうだろう?」
「セラの?」
ステファンの言葉は意外だったが、ウォルターはバランス的に「それも有りかも」と思う。
「ただ、高位貴族は早くに婚約が決まってしまうのはこの国も東国も同じだろうから、良い相手が残っているかどうかがなあ。まして、セラフィナの夫としてこの国へ来られる相手となると、なかなか難しいな」
「そうですね。それに周囲からの評判や家の歴史などは国を隔てれば余計にわかりませんし」
「ああ、そうか」
何かを思い付いたステファンがポンッと手を打った。
「兄上?」
「アイリスにセラフィナの婿候補を選ばせれば良い」
「アイリスに?」
ウォルターは首を傾げる。
「ラウル殿下に上位貴族の嫡男以外の子息で婚約者のいない者を抽出してもらい、どんな人物か、セラフィナに相応しいか、アイリスに確認してもらうのだ。アイリスならセラフィナと仲が良いのだから適任だろう」
ステファンが言うと、ウォルターは眉を顰めた。
「…兄上、それはアイリスに僕以外の男性と接触しろという事ですか?」
不満気な表情のウォルターを見て、ステファンは「ふっ」と笑う。
「意外と嫉妬深いのだな」
「笑い事ではありませんよ。僕とアイリスにはまだ恋人同士としての実績がないのに、いきなり離れ離れになるのですよ。そりゃあセラの相手をアイリスが見極めてくれれば僕も安心ですけど、だからといって…」
「まあまあ、接触せずとも同年代なら学園での様子を見れば良いし、学園生ではなくとも周囲からの評判などは聞けるだろう。それにこれはウォルターのためでもある」
ステファンは言い募るウォルターに笑い掛けた。
「僕のため?」
ウォルターは訝し気に眉を寄せる。
「そういう役割があれば、アイリスとウォルターが連絡を取り合ったとしても不思議はないだろう?」
アイリスが留学してしまえば、アイリスとウォルターがわざわざ連絡し合う理由はない。連絡手段は手紙くらいだが、幼なじみとはいえ、頻繁に遣り取りをするのは不自然だ。取れる術は友人であるセラフィナへの手紙にウォルター宛ての手紙を同封するくらいのものだ。
だが、表向きその役割があれば、アイリスから令息たちの情報を報告したり、ウォルターから調査内容を指示したりの遣り取りができる、とステファンは言うのだ。
「ああ…なるほど」
納得してウォルターは頷いた。
「一石二鳥の良い考えだろう?」
「はい。ありがとうございます」
少し頭を下げるウォルター。
「なるべくアイリスが令息たちに接触せず、かつ情報を仕入れられる方法を考えます」
拳を握って言うウォルターの至極真面目な表情に、ステファンは思わず吹き出した。
「ウォルターはまだ騎士の行軍に参加した事はないからこんな寝方をした事はないだろう?」
居間兼食堂で、テーブルと椅子を端に寄せ、壁にもたれて並んで座っているステファンとウォルター。
少し離れたその距離がこの兄弟の今までの距離を示しているようだ。
「そうですね」
まだ学園生のウォルターは騎士としての鍛錬もしているが、騎士隊の行軍訓練には参加した事はない。
行軍訓練とは装備をした騎士隊が隊列を整え徒歩で他地に移動する訓練だ。その道中にはテントでの野営などもあり、ステファンやベンジャミンのような成人した王族はこれに何度か参加しているのだ。
「東国に行くまでに一度は参加するといい。騎士たちとの距離も縮まるし、国民や国を守ろうという気運も高まる。東国に住まおうが俺たちがこの国の王子である事は変わらないからな」
「はい」
眼を閉じてそう言うステファンをウォルターはじっと見つめる。
「…兄上たちがいて、僕は本当に幸運です」
「うん?」
ステファンは眼を開いてウォルターの方へ向いた。
「僕は自分が東国へ行きたくないと、自分の気持ちだけを優先してヴィクトリアと婚約しました。そして今度はその婚約を解消して自分のために東国へ行こうとしている。随分と自分勝手だなあ…と自分でも思います。そうやってぼくが自分勝手できるのも、ベンジャミン兄上が王位を継いで、ステファン兄上が東国との盟約を果たしてくださるからですから」
苦く笑ってウォルターは言う。
「俺だって、ルウがいない東国へは行く気がないのだから、ウォルターとそう違わないと思うが?」
ステファンはニヤリと笑った。
「しかし、俺もウォルターも東国へ住むとなると、盟約のバランスが、今度は東国側へ多く傾く事になってしまうな」
「そこは僕も気になっていました」
盟約にはウォルターたちの次の世代に関する方針までは言及はされていない。なので尚更この代でバランスを取っておきたい処なのだ。
「セラフィナの結婚相手に東国の貴族、というのはどうだろう?」
「セラの?」
ステファンの言葉は意外だったが、ウォルターはバランス的に「それも有りかも」と思う。
「ただ、高位貴族は早くに婚約が決まってしまうのはこの国も東国も同じだろうから、良い相手が残っているかどうかがなあ。まして、セラフィナの夫としてこの国へ来られる相手となると、なかなか難しいな」
「そうですね。それに周囲からの評判や家の歴史などは国を隔てれば余計にわかりませんし」
「ああ、そうか」
何かを思い付いたステファンがポンッと手を打った。
「兄上?」
「アイリスにセラフィナの婿候補を選ばせれば良い」
「アイリスに?」
ウォルターは首を傾げる。
「ラウル殿下に上位貴族の嫡男以外の子息で婚約者のいない者を抽出してもらい、どんな人物か、セラフィナに相応しいか、アイリスに確認してもらうのだ。アイリスならセラフィナと仲が良いのだから適任だろう」
ステファンが言うと、ウォルターは眉を顰めた。
「…兄上、それはアイリスに僕以外の男性と接触しろという事ですか?」
不満気な表情のウォルターを見て、ステファンは「ふっ」と笑う。
「意外と嫉妬深いのだな」
「笑い事ではありませんよ。僕とアイリスにはまだ恋人同士としての実績がないのに、いきなり離れ離れになるのですよ。そりゃあセラの相手をアイリスが見極めてくれれば僕も安心ですけど、だからといって…」
「まあまあ、接触せずとも同年代なら学園での様子を見れば良いし、学園生ではなくとも周囲からの評判などは聞けるだろう。それにこれはウォルターのためでもある」
ステファンは言い募るウォルターに笑い掛けた。
「僕のため?」
ウォルターは訝し気に眉を寄せる。
「そういう役割があれば、アイリスとウォルターが連絡を取り合ったとしても不思議はないだろう?」
アイリスが留学してしまえば、アイリスとウォルターがわざわざ連絡し合う理由はない。連絡手段は手紙くらいだが、幼なじみとはいえ、頻繁に遣り取りをするのは不自然だ。取れる術は友人であるセラフィナへの手紙にウォルター宛ての手紙を同封するくらいのものだ。
だが、表向きその役割があれば、アイリスから令息たちの情報を報告したり、ウォルターから調査内容を指示したりの遣り取りができる、とステファンは言うのだ。
「ああ…なるほど」
納得してウォルターは頷いた。
「一石二鳥の良い考えだろう?」
「はい。ありがとうございます」
少し頭を下げるウォルター。
「なるべくアイリスが令息たちに接触せず、かつ情報を仕入れられる方法を考えます」
拳を握って言うウォルターの至極真面目な表情に、ステファンは思わず吹き出した。
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