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 ステファンの話を聞いたヴィクトリアは、自分の膝の上に置いた両手をぎゅっと握り合わせた。

「私、戻ります」
 決意を込めて言うヴィクトリア。
「お姉様」
 アイリスは心配そうにヴィクトリアを見る。ジェイドは黙って眼を閉じた。
「いいのか?」
 ステファンが言う。ルイーザとウォルターも心配そうにヴィクトリアを見つめる中、ヴィクトリアは微笑んだ。
「はい。学園もちゃんと卒業したいですし。もちろん世間に口さがない噂をされるのも覚悟しています。そんな悪い噂がある王子の元婚約者に、次の縁談も来ないでしょうから、むしろ好都合です」
 ヴィクトリアは後ろに立つジェイドの方へ振り向く。
「ヴィクトリア様?」
「ごめんなさいジェイド。私…駆け落ちはできないわ」
 苦く笑うヴィクトリア。ジェイドは一瞬眼を閉じて、開くとヴィクトリアを真っ直ぐに見た。

「駆け落ち!?」
 驚いて声を上げたアイリスは慌てて自分の口を押さえる。
 ヴィクトリアはジェイドを見たまま、ニコリと笑った。
「学園を卒業したら、私、家を出るわ」
「え?まさか修道院へ…?」
「ううん。仕事をして、自分たちの力で暮らしたいの。私に何ができるのかまだわからないけれど…」
「自分?」
 ジェイドが首を傾げると、ヴィクトリアははにかむように少し頬を赤くしてジェイドを上目遣いで見た。

「弟か妹が生まれたら、ガードナー家はその子が継ぐわ。私には継ぐ家も領地も財産もないけれど、ジェイドに、傍にいて欲しいの」
「……!」
 ジェイドは驚きで息を詰まらせる。

「ジェイド…?」
 返事のないジェイドに、ヴィクトリアが不安気な表情を浮かべる。と、ジェイドはハッとして言った。
「もちろん!もちろん、ずっと側にいます!」

-----

 夜半のルイーザの寝室で、ベッドに横になったルイーザと、カーペットの上に毛布を掛けて横たわるアイリスとヴィクトリア。
 カーペットは貴族の邸宅に敷かれているようなフカフカした物ではないが、身体が痛くなる程薄くはない。
「お客様を床に寝かせるだなんて」
 とルイーザは二人にベッドを譲ろうとしたが
「王女を床に寝かせる訳にはいきません!」
 とアイリスとヴィクトリアがそれを固辞したためこの形になったのだ。

「それじゃあ、アイリスもあの夢を見ていたのね」
 仰向けに横になっているヴィクトリアは、横にこやるアイリスの方へ顔を向ける。
 ヴィクトリアの方へ向いて横向きで寝ていたアイリスは驚いた表情で頷いた。
「やっぱり私が見たのは、お姉様が意識が戻るまで見ていた夢と同じものなんですね」
 私とジェイドが死んだ後の世界。ウォルター殿下が冷淡でお姉様が泣いて…

「私、あの事故の日を何度も何度も繰り返したんです。何度も何度も何も変わらずに事故は起こってしまって、私とジェイドは死んでしまう…いっそもう繰り返さずにこのまま死なせて欲しいとも思ったんですけど、その後があんなに悲しい世界なら、運命を変えるまで諦めなかったジェイドに感謝します」
「そうね」
 アイリスとヴィクトリアは見つめ合って微笑む。
「不思議な事もあるものね…」
 それまで二人の会話を聞いていたルイーザがしみじみと言った。

 私にもそんな不思議な事が起これば、デリスが死なない未来に辿り着けたのかしら?
 でも何度繰り返しても病気は治らないものね。アイリスたちは事故だからそんな奇跡も起きたんだわ。
 自分に言い聞かせ、祈るようにルイーザは胸の上で手を組み合わせる。
「奇跡に感謝して、幸せにならなきゃいけないわ。アイリスちゃんも、ヴィクトリアちゃんも」

「ルイーザ様もです」
 アイリスが身体を起こしながら言った。
「アイリスちゃん?」
「ルウさんはここで幸せに暮らしました。その日々はステファン殿下の仰る通り、消えてなくなったりしません。だから今度はルイーザ様として幸せになってください」
 カーペットに正座して、アイリスはルイーザを見つめる。
「ルイーザ様、ステファン殿下をお好きですよね?」
 こてんと首を傾げて、笑顔で言うアイリス。
「……うん」
 ルイーザは毛布を引っ張り上げて顔を隠しながら頷いた。

「ルウ」
 デリスの声が聞こえた気がして、ルイーザは毛布の中で眼を開く。
 暗いばかりで何も見えなかったが、すぐそこにデリスがいるような感覚があった。
「ルウ」
 今度はステファンの声。
「幸せになって」
「幸せにする」
 デリスの声とステファンの声。
 二人に抱きしめられているような気持ちになって、ルイーザは涙を溢した。



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