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「ルイーザ様が王家へ戻る手配はラウル殿下に任せてありますから」
「…私、どうしても帰らなきゃ駄目かしら?」
ウォルターの言葉に、ルイーザは俯いて言った。
「駄目だ」
返事をしたのはステファンだ。
「そりゃあファンの言う通り、絡んで来る男連中も多いけど、みんな本気でどうこうしようとはしてないと思うわよ?それに私一応体術習ってたし…」
唇を尖らせるルイーザ。
「ルウは油断し過ぎ。体術だって力で押さえ込まれればどうにもできないかも知らないだろ?それに、最近この家へ出入りする人物が一般的な庶民ではない事は周りも勘付いている筈だ。ルウが東国の王女だと知れたら違う意味でも危険だろう。それこそ拉致監禁して王家へ身代金や政治的な要求する輩も出て来る」
ステファンが諭すように言うと、ルイーザはますます唇を尖らせた。
「…私、この家を離れたくない」
ルイーザは壁側に置いてあるチェストの上の小さな姿絵へ視線をやる。そこにはデリスとルイーザの幸せそうな姿がある。
「……」
ステファンはそんなルイーザを憐憫の表情で眺めた。
「だって、私とデリスは駆け落ちで、結婚の届け出なんてもちろんできなくて……私がここから居なくなってしまったら、デリスと夫婦として一緒に暮らした日々が、なかった事になってしまうわ」
ルイーザが俯いて瞳を潤ませて言うと、ステファンは
「それは違う」
と言う。
「なかった事になどならない。何故なら俺が覚えているからだ」
真っ直ぐにルイーザを見ながらステファンが言った。
「…え?」
ルイーザが顔を上げてステファンを見る。
「俺が、ルウとデリスが夫婦として、想い合って、労り合って、何より愛し合ってここで暮らしていたのを覚えている。だからなかった事になど、絶対にならない」
「ファン…」
ルイーザの眼に涙が浮かび、ステファンはニヤリと笑って言った。
「一生忘れるものか」
-----
手配が整い次第、王家に戻る事になったルイーザ。
ステファンとの婚姻については、落ち着いてからまた双方の王家で話し合われる事になるだろう。
「戻ってすぐ婚姻とはならないだろうが、盟約が絡む以上婚姻話が無効や撤回にはならないからな。まあ時期が来るまでは気長に待つさ」
とステファンは言った。
「ヴィクトリアは、どうする?」
ウォルターがそう切り出すと、部屋にいた全員の視線が一斉にヴィクトリアに集まる。
ヴィクトリアの取れる選択肢は大きく分けて二つ。
それは「逃げる」か「戻る」か、だ。
ウォルターとの婚約を解消する事でヴィクトリアを揶揄する声も出るだろう。この誘拐事件で「傷モノにされた」「洗脳された」「婚約者を裏切った」など。
逃げる事を選択すれば、いくらウォルターが否定しようと、それらはまことしやかに事実と認識されるであろう。しかし本人はこの国の社交界に出る事はないので実損はない。
ただ、あと半年強で迎える学園の卒業や、身分、家族、友人など、全てを捨てる事になる。
戻る事を選択すれば、いわれなき汚名に苦しむ事になる。ウォルターたちが悪評を削ごうと努力するだろうが、完全に消し去る事はできない。
しかし友人など、離れていく人はいるかも知れないが、少数でも理解者も得られるだろう。
「あの…ステファン殿下は何故、誘拐までして私に逃げると言う選択肢を与えてくださったのですか?」
ヴィクトリアが言うと、ステファンは肩を竦めた。
「俺は、益体もない賭けをするヴィクトリアを本当に愚かだと思っていた」
「…はい」
俯くヴィクトリアにステファンは続けて言う。
「ヴィクトリアは賭けに勝てばウォルターに婚約解消を申し出るつもりだと言った。俺は、賭けに負ける事がウォルターとの結婚を後押しするならそれはそれで良いし、賭けに勝って婚約解消を申し出るきっかけになるならそれはそれで良いと思い、ヴィクトリアを止めなかった。ヴィクトリアはあくまでもドリアーヌの友人で、ただの付き添い、俺は口を挟む立場ではないとも思っていたしな」
「はい」
「あの事故の後、暗殺者を甘く見ずに、まずは被害を防げと言わなかった事を後悔した。誰も亡くならなかったと聞いて安堵もした。そして、ウォルターの婚約者としてラウル殿下に挨拶をする姿を見て、俺はヴィクトリアが賭けに負けたのだと悟った。諦めてウォルターと結婚する気になったのか…と。しかし晩餐会で『何故、私が賭けに負けたと思ったのか?』と問われた。それで俺はヴィクトリアは賭けに負けたとは思っていないのだと思ったのだ」
そう言うと、ステファンはチラリとアイリスを見た。
「実際そう言ったのはヴィクトリアではなくアイリスだったんだがな。まあとにかく、そこで俺はヴィクトリアがまだ婚約解消したいと思っているんだと思った。俺はヴィクトリアの問題に口を挟む立場ではないが、問題を放置してまた後悔するのも避けたい。それでヴィクトリアが逃げるも戻るも選択できる状況を作った訳だ」
「ルイーザ様が王家へ戻る手配はラウル殿下に任せてありますから」
「…私、どうしても帰らなきゃ駄目かしら?」
ウォルターの言葉に、ルイーザは俯いて言った。
「駄目だ」
返事をしたのはステファンだ。
「そりゃあファンの言う通り、絡んで来る男連中も多いけど、みんな本気でどうこうしようとはしてないと思うわよ?それに私一応体術習ってたし…」
唇を尖らせるルイーザ。
「ルウは油断し過ぎ。体術だって力で押さえ込まれればどうにもできないかも知らないだろ?それに、最近この家へ出入りする人物が一般的な庶民ではない事は周りも勘付いている筈だ。ルウが東国の王女だと知れたら違う意味でも危険だろう。それこそ拉致監禁して王家へ身代金や政治的な要求する輩も出て来る」
ステファンが諭すように言うと、ルイーザはますます唇を尖らせた。
「…私、この家を離れたくない」
ルイーザは壁側に置いてあるチェストの上の小さな姿絵へ視線をやる。そこにはデリスとルイーザの幸せそうな姿がある。
「……」
ステファンはそんなルイーザを憐憫の表情で眺めた。
「だって、私とデリスは駆け落ちで、結婚の届け出なんてもちろんできなくて……私がここから居なくなってしまったら、デリスと夫婦として一緒に暮らした日々が、なかった事になってしまうわ」
ルイーザが俯いて瞳を潤ませて言うと、ステファンは
「それは違う」
と言う。
「なかった事になどならない。何故なら俺が覚えているからだ」
真っ直ぐにルイーザを見ながらステファンが言った。
「…え?」
ルイーザが顔を上げてステファンを見る。
「俺が、ルウとデリスが夫婦として、想い合って、労り合って、何より愛し合ってここで暮らしていたのを覚えている。だからなかった事になど、絶対にならない」
「ファン…」
ルイーザの眼に涙が浮かび、ステファンはニヤリと笑って言った。
「一生忘れるものか」
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手配が整い次第、王家に戻る事になったルイーザ。
ステファンとの婚姻については、落ち着いてからまた双方の王家で話し合われる事になるだろう。
「戻ってすぐ婚姻とはならないだろうが、盟約が絡む以上婚姻話が無効や撤回にはならないからな。まあ時期が来るまでは気長に待つさ」
とステファンは言った。
「ヴィクトリアは、どうする?」
ウォルターがそう切り出すと、部屋にいた全員の視線が一斉にヴィクトリアに集まる。
ヴィクトリアの取れる選択肢は大きく分けて二つ。
それは「逃げる」か「戻る」か、だ。
ウォルターとの婚約を解消する事でヴィクトリアを揶揄する声も出るだろう。この誘拐事件で「傷モノにされた」「洗脳された」「婚約者を裏切った」など。
逃げる事を選択すれば、いくらウォルターが否定しようと、それらはまことしやかに事実と認識されるであろう。しかし本人はこの国の社交界に出る事はないので実損はない。
ただ、あと半年強で迎える学園の卒業や、身分、家族、友人など、全てを捨てる事になる。
戻る事を選択すれば、いわれなき汚名に苦しむ事になる。ウォルターたちが悪評を削ごうと努力するだろうが、完全に消し去る事はできない。
しかし友人など、離れていく人はいるかも知れないが、少数でも理解者も得られるだろう。
「あの…ステファン殿下は何故、誘拐までして私に逃げると言う選択肢を与えてくださったのですか?」
ヴィクトリアが言うと、ステファンは肩を竦めた。
「俺は、益体もない賭けをするヴィクトリアを本当に愚かだと思っていた」
「…はい」
俯くヴィクトリアにステファンは続けて言う。
「ヴィクトリアは賭けに勝てばウォルターに婚約解消を申し出るつもりだと言った。俺は、賭けに負ける事がウォルターとの結婚を後押しするならそれはそれで良いし、賭けに勝って婚約解消を申し出るきっかけになるならそれはそれで良いと思い、ヴィクトリアを止めなかった。ヴィクトリアはあくまでもドリアーヌの友人で、ただの付き添い、俺は口を挟む立場ではないとも思っていたしな」
「はい」
「あの事故の後、暗殺者を甘く見ずに、まずは被害を防げと言わなかった事を後悔した。誰も亡くならなかったと聞いて安堵もした。そして、ウォルターの婚約者としてラウル殿下に挨拶をする姿を見て、俺はヴィクトリアが賭けに負けたのだと悟った。諦めてウォルターと結婚する気になったのか…と。しかし晩餐会で『何故、私が賭けに負けたと思ったのか?』と問われた。それで俺はヴィクトリアは賭けに負けたとは思っていないのだと思ったのだ」
そう言うと、ステファンはチラリとアイリスを見た。
「実際そう言ったのはヴィクトリアではなくアイリスだったんだがな。まあとにかく、そこで俺はヴィクトリアがまだ婚約解消したいと思っているんだと思った。俺はヴィクトリアの問題に口を挟む立場ではないが、問題を放置してまた後悔するのも避けたい。それでヴィクトリアが逃げるも戻るも選択できる状況を作った訳だ」
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