ある日、私は事故で死んだ───はずなのに、目が覚めたら事故の日の朝なんですけど!?

ねーさん

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「お…」
 アイリスは馬車から降りて来るヴィクトリアを見て「お姉様」と声を上げそうになり、慌てて自分の口を両手で塞いだ。
 東国へ抜ける山道の手前の集落、ルイーザの家の前に停められた馬車から降りて来たヴィクトリアは白金色で真っ直ぐな髪の鬘を被り、前髪を垂らして右目の傷を隠している。つまり今ヴィクトリアは「アイリス」なのだ。
 それに対するアイリスも、暗金色に染めた髪をお団子に纏め、眼帯をして「ヴィクトリア」になっている。
 危ない危ない。お姉様が元気になられてて嬉しくて駆け寄って抱きつく処だったわ。
 お姉様の前に馬車から降りた紳士風の男性は誰かしら?お姉様、つまりはアイリスわたしに手を差し出してエスコートしてる。帽子と髭で顔が見えないけど…
 ………ん?
 あの男性って、もしかしてジェイド!?

 ヴィクトリアの後に続いて降りて来たのはウォルターだ。
 わ。ウォルター殿下、この間告白して以来だわ。
 アイリスの心臓はドキドキと鳴り、ヴィクトリアもジェイドも目に入らないくらいに視線がウォルターに釘付けになる。
 ウォルターがアイリスの方を見て、視線がぶつかると、アイリスの心臓は苦しいくらいにドクドクと鳴った。

「とにかく中に。人払いしてあるとはいえ屋外ですからね」
 ウォルターの後ろに立つデリックが言う。
 聞き覚えのある台詞に、ウォルターとアイリスはほんの少し口角を上げて微笑んだ。

-----

「お姉様!」
「アイリス!」
 玄関を入るとアイリスとヴィクトリアはガッチリと抱き合う。
「お姉様…元気になられて良かった…」
「アイリスありがとう…」
 涙を浮かべて見つめ合う二人。
「この場面でアイリスと抱き合うのは僕だと思っていたのに」
 クスクス笑いながらウォルターが言い、家の中で待っいたルイーザとステファンが笑った。

「ジェイド、もう髭を取ってもいいよ」
 ウォルターが言うと、閉じた扉のを背に直立不動だったジェイドが、膝の力が抜けてガクンと跪く。
「「ジェイド!?」」
 アイリスとヴィクトリアの声が重なる。
「…無理」
 膝と手をついて項垂れたジェイドが呟いた。

「俺はただの伯爵家の執事見習いなんです。王族ばかりの空間…無理無理無理」
 フルフルと首を横に振りながら言う。
 アイリスがジェイドの前にしゃがみ込んだ。
「ジェイド、ウォルター殿下は平気なのに…」
「馬鹿。ウォルター殿下も多少慣れてるだけで平気な訳じゃない。それにここにはステファン殿下やルイーザ殿下もおられるじゃないか」
 顔を上げて言うジェイドは確かに緊張で顔色が悪い。
「ここではファンさんとルウさんってジェイドも呼ぶのよ?」
 手を伸ばしてアイリスはジェイドの鼻の下に貼られていた付け髭を摘んだ。
「いや、無理…っ、痛って!」
 ベリッ。
 勢いよく引っ張り一気に付け髭を剥がすと、ジェイドは自分の手で鼻の下を押さえる。
「すぐ慣れるわ。ジェイド…髭似合わないわね」
「俺はアイリスみたいに神経太くない。顔を隠すためだから似合う似合わないじゃないだろ」
「私のどこが神経太いのよ」
 唇を尖らせて言うアイリスに、ジェイドは鼻の下をさすりながら言った。

「庶民派伯爵令嬢が王子と恋に落ちる時点で充分神経太いと俺は思う」
「こっ、恋…」
 途端に真っ赤に頬を染めたアイリスを見て、ジェイドはふっと微笑む。

「まあ神経太くしないと、今までやってこれなかっただろうしなあ」
「ジェイド…」
 しみじみと言うジェイドを、赤くなった頬を押さえながらアイリスが見つめた。
「こういう雰囲気を出すから…僕がアイリスとジェイドが想い合っていると思っても無理ないよね?」
 アイリスとジェイドを見ながらウォルターが言う。
「そうですね。私もそうだと思ってましたし」
 ウォルターと並んで立っているヴィクトリアも顎に手を当てて頷いた。
「まあそう見えるな」
「そうねぇ」
 ステファンとルイーザも頷く。

「え!?ウォルター殿下、誤解です!」
 アイリスが慌てて立ち上がり、ウォルターの前へ行くと、ウォルターは笑ってアイリスの両手を取った。
「大丈夫。今は本当に『兄妹』のような間柄なのだとわかっているよ」
 そう言うと、ウォルターはアイリスの片手を持ち上げて、指先にキスをする。
「!」
 さっきより頬が真っ赤になるアイリスを見て、ウォルターは嬉しそうに笑った。



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