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 連山の視察のために滞在している宿の一室で、ウォルターは憮然として腕を組んで立っている。
 ウォルターの前にはベッドと、一人掛けの肘付きの椅子。どちらも城のように豪奢な物ではない、庶民的でシンプルな物があり、ベッドにはラウル、椅子にはベンジャミンがそれぞれ座っていた。

「ステファンとルイーザ様は東国派と結託していたのだな」
 ベンジャミンは椅子に座り、膝を腿の上に置き、ウォルターを見上げる。
「ええ。正確には東国の盟約尊重派で、我が国の東国派とも通じているようです。そして、ベンジャミン兄上の仰った通り、山道の入口の集落にルイーザ様の住まいがあり、そこにステファン兄上もおられ、ヴィクトリアが捕らわれていました。ルイーザ様は己の素性は隠し、いち庶民として生活しているようで、ステファン兄上も素性は隠してルイーザ様の元を訪れているそうです」
 ウォルターは集落に行き、ステファンとルイーザに会ったと話す。
 坑道での爆発は東国の盟約尊重派の工作員が起こした事、その騒ぎに紛れてヴィクトリアを攫ったのはステファンの単独行動だとステファンは語った。
「何故ステファン殿下がヴィクトリアを攫うんだ?」
 ベッドの横に座り、足を組んでラウルが言う。
「逃がすつもりだったと」
「逃がす?」

 ウォルターは俯いて、言い辛そうに言った。
「…僕から、逃がすつもりだったと」
「ウォルターから?」
「ええ。僕もステファン兄上とヴィクトリアが私的な情報をやりとりするような知り合いだとの認識はなかったのですが、実はステファン兄上とヴィクトリアは、兄上の婚約者候補の令嬢とヴィクトリアが友人であり、ステファン兄上もその令嬢も互いに婚約を望んでいないため、義務付けられた二人の交流の際、よくヴィクトリアがそこへ同席していたのだそうです」
「ステファン殿下には婚約者候補がいたのか?」
 ラウルが言うと、ベンジャミンが頷く。
「ステファンもいい歳の王子なので、東国の王女に逃げられたからといつまでも独身でいる訳にはいきませんから」
「逃げ…いやまあ、そうだな」
 逃げた東国の王女の弟王子であるラウルはバツが悪そうに顎を掻いた。
「なるほど。まだ候補で正式に婚約していなかったからその令嬢に会うのも非公式、そこに同席する者がいたとしても周りは知らなかったと言う事か」
 ベンジャミンが言うと、ウォルターが頷く。
「そうです。それで、ステファン兄上は、ヴィクトリアが僕と結婚したくないと思っているのを知っていた」
「ウォルターが熱望して婚約したと認識していたが、ヴィクトリアの方は違ったと言う事か?」
 ベンジャミンの言葉に、ウォルターは軽く唇を噛んだ。

「いや、しかし、ヴィクトリアが直接ステファン殿下に婚約解消したいから何とかしてくれと頼んだりしたのではないのだろう?」
 そう言うラウルをウォルターは一瞥すると、視線を床へと落とす。
「ええ。ただ、僕は、自分が東国へ行くのを拒むためにヴィクトリアと婚約したのですが、どうも周囲ではヴィクトリアと結婚したいがために東国へ行くのを拒んだ、と話がすり替わって広まっているようで、そこに焦りが生まれたのだと」
「焦り?」
 ラウルが眉を寄せる。
「今も兄上が『僕が熱望して婚約した』と言われましたし、ラウル殿下もヴィクトリアと会った時仰ったでしょう?『国と国との友好よりも優先した女がどんな絶世の美女かと想像していた』と。その直前にはヴィクトリアは王妃派に暗殺されかけていた。僕の婚約者であったばかりに殺される処だったのです。更に自分の事を『傾国の美女』のように言われて…僕の婚約者でいるのは辛いと、追い詰められているように感じると、晩餐会で隣の席になった時、ステファン兄上へそう溢したそうです」
 床へ視線を向けて、ウォルターは感情を押し殺すように淡々と話した。
「……」
「……」
 ベンジャミンとラウルは黙ってウォルターを見つめる。
「それでもヴィクトリアは僕の婚約者として連山ここにも来てくれて、婚約者らしく振る舞ってくれていました。だから僕はヴィクトリアの心がそんな風に追い詰められている事に気付けなかった」



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