ある日、私は事故で死んだ───はずなのに、目が覚めたら事故の日の朝なんですけど!?

ねーさん

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 あの日。

「アイリス、おはよう」
 俺は屋敷の玄関から出て来たアイリスに声を掛けた。
「ちょっとジェイド『様』はどこに行ったのよ?」
 執事見習いの俺が伯爵家のお嬢様であるアイリスにするには気安い挨拶。
 それにアイリスも気安く返す。
 アイリスは俺にとっては「お嬢様」ではなく、かわいい妹分だ。

「おっと。アイリス様、おはようございます。…どうもアイリスが『お嬢様』だと言う事に慣れなくて。顔はヴィクトリア様にそっくりなのに、違うモンだよなぁ」
 わざと恭しく頭を下げてから、揶揄うように笑ってアイリスを見る。
「そりゃ私はお姉様みたいな生粋のお嬢様じゃないもの。でも私が母さ……市井に住まっていたの、七歳の時までよ?明日には十六歳になるんだから、もうこのガードナー伯爵家に来てからの方が長いわ」
 アイリスとヴィクトリア様は初見では見間違うくらいよく似ている。
 まあでも俺にとっては二人はそれぞれ全然違う存在なのだが。
「もうそんなに経つのか…」
 明日にはアイリスも十六歳か。
 アイリスがガードナー伯爵家に来てもうすぐ九年経つんだな。
 義理の母に冷遇されて辛い九年間だったろうに、よくこんなに明るくて強い良いに育ったもんだ。

 …何だか父親みたいな目線だな。

「誕生日、何が欲しい?」
 俺がそう言うとアイリスは口元に手を当てて
「そうね…」
 と考えている。
 そこへ、ヴィクトリア様が出て来られた。
「アイリス、ジェイド」
 笑顔で俺とアイリスに近付いて来られるヴィクトリア様は、今日も俺にとってはとても眩しい存在だ。
「ヴィクトリア様、おはようございます」
 恭しく頭を下げる。アイリスもスカートを摘んで礼をした。
「お姉様におかれましてはご機嫌麗しい事と存じます」
「アイリスったら、姉妹なのだから堅苦しい挨拶はやめてといつも言ってるのに…」
 ヴィクトリア様が本気でアイリスにそう言ってくださっているのはわかっている。
 しかしアイリスが雑な挨拶をしたと、奥様に気付かれると、呼出、叱咤、教育、のフルコースだからなあ。
 
「で、誕生日何が欲しいんだ?」
 走り出した馬車の中で俺がアイリスに聞くと、
「そうね…じゃあ王都で流行ってるチョコケーキ!ホールで!」
 アイリスが勢い良く言う。
「ケーキって、十六になっても色気より食い気か?しかもホールって、どれだけ食う気なんだ?」
「違うわよ!もちろんお姉様と一緒に食べるのよ。って言うか、いくらお姉様が幼なじみでもある私とジェイドに理解があると言っても、いくら何でも砕けすぎでしょ!?」
 アイリスの言葉にヴィクトリア様ははにっこりと笑う。
「あら。砕けたアイリスも、砕けたジェイドも、私は好きだわ。相変わらず二人は仲が良いわね」
 そう言うヴィクトリア様の笑顔。
 きっと他の人にはわからない、俺にだけわかる違和感。
 俺の思い込みの部分もあるのかも知れないが、この表情が見たくて俺はヴィクトリア様の前で敢えてアイリスに砕けた話し方をしてしまうんだよな。
「ジェイドは兄のようなモノです」
「俺にはこんな食い意地の張った妹はいないぞ」
 アイリスが言うと、すぐに俺が切り返す。
 そんな俺たちをヴィクトリア様は微笑んで見ていた。

 そこへ。

 ドゥンッ!
 と馬車に衝撃が走る。

「!?」

 何が起きたのかはわからないが、咄嗟に、身体が動いた。

「ヴィクトリア様!!」
 ヴィクトリア様に覆い被さる。

 ……そして、闇。

 ………

 ……………


 ……長い、長い暗闇から目を覚ます。

 いや「目を覚ます」と言う表現は違うかも知れない。
 何故なら、俺はヴィクトリア様を庇って死んでしまったのだから。

 身体はないのに意識だけがある。そうとしか説明できない状態で、俺は走馬灯のようにヴィクトリア様のの人生を見た。



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