ある日、私は事故で死んだ───はずなのに、目が覚めたら事故の日の朝なんですけど!?

ねーさん

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「ウォルター殿下と婚約ですか?」
 父フランクの執務室に呼ばれて、第三王子ウォルターからガードナー伯爵家の令嬢へ婚約の申し入れがあったと聞いたヴィクトリアは、その相手が自分だとは全く思っていなかった。
 それはヴィクトリアが、ウォルターと仲が良いのはアイリスだと感じていたからだ。
 アイリスとヴィクトリアがセラフィナの所へ遊びに呼ばれると、よくウォルターがそこに顔を出すのだが、ウォルターはアイリスとばかり話していて、ヴィクトリアが積極的に話し掛けられた事はあまりない。
 恋愛なのかどうかはわからないがウォルターはアイリスを好きなんだろうとヴィクトリアは思っていた。
「…私と、ですか?」
 訝し気に聞くヴィクトリアに、フランクは苦笑いを浮かべる。
「まあ正確には『ガードナー家の令嬢』への申し入れだ」
「それでは、アイリスの方が…」

「やめてちょうだい!」
 執務室に入って来た母マティルダが声を上げた。
「お母様…」
「ウォルター殿下は第三王子とは言え正妃様の御子、正統な血筋の王子は正当な令嬢を娶るものです。それを…」
 刺々しい口調に「あんな泥棒猫の半庶民の子」とアイリスを罵る心の声が聞こえるようだ。
 しかしマティルダはフランクの前では決してアイリスを口汚く罵ったりはしないのだが。

「まあ…私としてはヴィクトリアとアイリス、どちらもどこへ出しても恥ずかしくない立派な淑女だと思っているが、しかしそうは言えど王家となると、出自で肩身の狭い思いをさせるやも知れんしな。だから、アイリスには婿を取ってこの家を継がせようと考えている」
 フランクがそう言うと、マティルダは眉を顰めながらも頷いた。
 私とアイリスは男の兄弟がいない二人姉妹だから、どちらかがお婿さんを迎えてこの家を継ぐのは既定路線よね。
 でもそれは私の方で、アイリスはどこかに嫁ぐのだと思っていたけど…お母様はアイリスがこの家を継ぐ、つまりずっと一緒に暮らすのは許せるのかしら?

「旦那様はアイリスをジェイドと結婚させて、ジェイドを我が家の養子になさるおつもりなのよ」
 マティルダが納得していないようにほんの少し顔を歪ませて言う。
「え…?」
 ヴィクトリアの頭にガンッと殴られたような衝撃が走った。
 アイリスと、ジェイドが、結婚?

 そのヴィクトリアの表情を見て、マティルダはほんの少し口角を上げる。
「ふぅん…なの…」
 誰にも聞こえないような小声で呟いた。

-----

 その後、フランクが「ウォルターとの婚約話を進める」と言った言葉もまともに耳に入らないまま、ヴィクトリアは頷く。
 どうせ王家から来た話をこちらから断る事などできないとの諦めにも似た気持ちと、同時に納得できない思い、理不尽な怒りが胸に渦巻いていた。
 アイリスとジェイドが結婚?
 ジェイドはアイリスにとって特別な幼なじみかも知れないけど、私にとっても幼なじみだわ。
 それに使用人の子だから親しくし過ぎるなと私はお母様に散々言われて…だからもし、もしも、アイリスがウォルター殿下と結婚して、私の方がガードナー家を継ぐ事になったとしても、きっと私の結婚相手はジェイドではないのよ。
 お母様も、ジェイドのお母様、ローレンの事は侍女として信頼しているようだけど、お父様のニコラスやジェイドの事は「裏切り者」と嫌っているじゃない。
 そのジェイドとアイリスが結婚してガードナー家を継ぐのを本当に許せるの?

「ヴィクトリア、貴女、ジェイドに好意を持っているのね」
 ヴィクトリアとマティルダが執務室から出て、並んで廊下を歩いているとマティルダがそう言う。
「…え?」
 目を瞬かせてヴィクトリアがマティルダの方を見ると、マティルダは薄笑いを浮かべた。
「自分でも気付いていなかったの?」
「私が…ジェイドに…」
 ジェイドに好意を持っている。
 その言葉がストンとヴィクトリアの胸に落ちる。
 ああ、そうなんだわ。私…

「婚約しようという時にそれに気が付くなんて…かわいそうに」
 マティルダは大仰に眉を寄せた。



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