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「ヴィクトリア様は『東国の人々が盟約が果たされていない状況についてどう思っているのか知りたい』って、厨房のカウンターの下に座ってみんなの会話を聞いていたん…聞いておられました。そうしたら爆発が起こって、向こうの、鉱夫たちが出入りする扉から『爆発だ』と数人が飛び込んできて、私もそちらを見ていたら、ヴィクトリア様が『ケイシー』と侍女の人を呼ぶ声がして、ヴィクトリア様の方を見ると、侍女の人が倒れていて、ヴィクトリア様の姿が見えなくなっていたんです。視界の端に黒い影が見えて、厨房の勝手口が開いたままになっていて、恐らくヴィクトリア様を勝手口から連れ出したのかと…」
休憩所の厨房に置いた椅子に座るウォルターを前に、緊張しつつもメアリが厨房の勝手口を指差しながら一気に言った。
「『爆発したのは殿下たちが視察している坑道だ』と聞いて、ア…ヴィクトリア様が動揺されておられたようなので私はヴィクトリア様と向き合っていました。そうしたら頭に衝撃を感じて……気を失ってしまうだなんて…申し訳ありません…」
頭に包帯を巻いたケイシーがウォルターに向かって頭を下げる。
「殴られたんだから気を失ったのは仕方ないよ。頭なのだから安静にしていて」
ウォルターがそう言うと、ケイシーは首を左右に振りながらますます頭を下げた。
「ウォルター殿下」
勝手口から厨房に入ってきたデリックが、比較的新しい馬車が出て行った跡があるとウォルターに告げる。
「追えるか?」
「何人かに追わせています」
「そうか…」
ウォルターは自分の腿の上に両肘をつくと、俯いて両手で顔を覆った。
誰がアイリスを?
いやここにいるのは「ヴィクトリア」なのだから、攫われたのは僕の婚約者であるヴィクトリアか。
坑道の爆発に乗じてヴィクトリアを連れ去ったのか、それともヴィクトリアを連れ去るために爆発を起こしたのか。
僕を東国へ行かせたい派閥が?しかしそれならラウル殿下やベンジャミン兄上を爆発に巻き込んだりするだろうか?
王妃派だとしたら王に祭り上げたい僕を爆発に巻き込むのもおかしな話しだし…
ああ…それよりも、アイリス。
僕がヴィクトリアの振りをさせて…危険な目に遭わせてしまった。
僕のせいで、アイリスに何かあったら…
「ウォルター殿下、ラウル殿下がお呼びです」
近寄って来たラウルの従者がウォルターの側に跪きながら言う。
ラウルは休憩所の厨房の外、いつもは鉱夫たちが食事を摂るテーブルなどをどけた場所に置いてある二つの簡易ベッドの厨房側のベッドにうつ伏せで横たわっていた。
跛行しながらウォルターがベッドに近付くと、ラウルが顔をウォルターの方へ向ける。
「ウォルター…大丈夫か?」
「ラウル殿下こそ」
「爆風で壁に背中を強かに打ち付けたからな。肋骨と足首が折れているらしい」
「そうですか」
憮然とした表情のウォルターをラウルは視線だけで見上げた。
「…ヴィクトリアが攫われたと聞いたが、随分落ち着いているんだな」
ラウルがそう言うと、ウォルターはラウルを睨む。
「落ち着いてなど!闇雲にでも探し回りたいに決まっているではないですか!」
強い口調でウォルターが言い、ラウルは小さくため息を吐いた。
「…そうだよな」
「ヴィクトリアが攫われた事と、この爆発には関連があるのですか?」
ウォルターが言うと、ラウルは眉を顰める。
「爆発は俺たちがいた場所よりももっと奥で起きた粉塵爆発のようだ。意図されたものかどうかはまだわからないが…確かに爆発と略取が同時に起こった以上、関連がないとは言い難いな」
ラウルのベッドから少し離れた場所に置いてある簡易ベッドの方から小さな声がした。
「…ウォルター」
そこに横たわっているのはベンジャミンだ。
「兄上?」
ウォルターはラウルに向かって軽く会釈をすると、ベンジャミンのベッドへと近付く。
「兄上、具合は…」
ベンジャミンの足元側で立ち止まるウォルターに、ベンジャミンは手を浮かせると自分の顔の横を指差した。
「ウォルター、こちらへ」
「はい」
歳が離れている側妃の子で第一王子の兄と、第三王子ではあるが正妃の子の自分。
立場や状況もあり、今まで親しく話した事もない兄に枕元に呼ばれ、ウォルターは戸惑いながらもベンジャミンの肩の辺りに立つ。
ベンジャミンは横たわったまま、視線だけをウォルターに向けた。
「…私個人としては、ステファンの婚姻がなくなった時点でウォルターが東国に行ってくれれば丸く収まると考えた事、今でもそう望んでいる事は否定しない」
「何ですか?急に」
そんな事は知っている。今更だ。
「……」
ウォルターから視線を外し、ベッドから真上の天井を見つめるベンジャミン。
「兄上、もしやヴィクトリアの居場所を知っているのですか?」
「ヴィクトリア様は『東国の人々が盟約が果たされていない状況についてどう思っているのか知りたい』って、厨房のカウンターの下に座ってみんなの会話を聞いていたん…聞いておられました。そうしたら爆発が起こって、向こうの、鉱夫たちが出入りする扉から『爆発だ』と数人が飛び込んできて、私もそちらを見ていたら、ヴィクトリア様が『ケイシー』と侍女の人を呼ぶ声がして、ヴィクトリア様の方を見ると、侍女の人が倒れていて、ヴィクトリア様の姿が見えなくなっていたんです。視界の端に黒い影が見えて、厨房の勝手口が開いたままになっていて、恐らくヴィクトリア様を勝手口から連れ出したのかと…」
休憩所の厨房に置いた椅子に座るウォルターを前に、緊張しつつもメアリが厨房の勝手口を指差しながら一気に言った。
「『爆発したのは殿下たちが視察している坑道だ』と聞いて、ア…ヴィクトリア様が動揺されておられたようなので私はヴィクトリア様と向き合っていました。そうしたら頭に衝撃を感じて……気を失ってしまうだなんて…申し訳ありません…」
頭に包帯を巻いたケイシーがウォルターに向かって頭を下げる。
「殴られたんだから気を失ったのは仕方ないよ。頭なのだから安静にしていて」
ウォルターがそう言うと、ケイシーは首を左右に振りながらますます頭を下げた。
「ウォルター殿下」
勝手口から厨房に入ってきたデリックが、比較的新しい馬車が出て行った跡があるとウォルターに告げる。
「追えるか?」
「何人かに追わせています」
「そうか…」
ウォルターは自分の腿の上に両肘をつくと、俯いて両手で顔を覆った。
誰がアイリスを?
いやここにいるのは「ヴィクトリア」なのだから、攫われたのは僕の婚約者であるヴィクトリアか。
坑道の爆発に乗じてヴィクトリアを連れ去ったのか、それともヴィクトリアを連れ去るために爆発を起こしたのか。
僕を東国へ行かせたい派閥が?しかしそれならラウル殿下やベンジャミン兄上を爆発に巻き込んだりするだろうか?
王妃派だとしたら王に祭り上げたい僕を爆発に巻き込むのもおかしな話しだし…
ああ…それよりも、アイリス。
僕がヴィクトリアの振りをさせて…危険な目に遭わせてしまった。
僕のせいで、アイリスに何かあったら…
「ウォルター殿下、ラウル殿下がお呼びです」
近寄って来たラウルの従者がウォルターの側に跪きながら言う。
ラウルは休憩所の厨房の外、いつもは鉱夫たちが食事を摂るテーブルなどをどけた場所に置いてある二つの簡易ベッドの厨房側のベッドにうつ伏せで横たわっていた。
跛行しながらウォルターがベッドに近付くと、ラウルが顔をウォルターの方へ向ける。
「ウォルター…大丈夫か?」
「ラウル殿下こそ」
「爆風で壁に背中を強かに打ち付けたからな。肋骨と足首が折れているらしい」
「そうですか」
憮然とした表情のウォルターをラウルは視線だけで見上げた。
「…ヴィクトリアが攫われたと聞いたが、随分落ち着いているんだな」
ラウルがそう言うと、ウォルターはラウルを睨む。
「落ち着いてなど!闇雲にでも探し回りたいに決まっているではないですか!」
強い口調でウォルターが言い、ラウルは小さくため息を吐いた。
「…そうだよな」
「ヴィクトリアが攫われた事と、この爆発には関連があるのですか?」
ウォルターが言うと、ラウルは眉を顰める。
「爆発は俺たちがいた場所よりももっと奥で起きた粉塵爆発のようだ。意図されたものかどうかはまだわからないが…確かに爆発と略取が同時に起こった以上、関連がないとは言い難いな」
ラウルのベッドから少し離れた場所に置いてある簡易ベッドの方から小さな声がした。
「…ウォルター」
そこに横たわっているのはベンジャミンだ。
「兄上?」
ウォルターはラウルに向かって軽く会釈をすると、ベンジャミンのベッドへと近付く。
「兄上、具合は…」
ベンジャミンの足元側で立ち止まるウォルターに、ベンジャミンは手を浮かせると自分の顔の横を指差した。
「ウォルター、こちらへ」
「はい」
歳が離れている側妃の子で第一王子の兄と、第三王子ではあるが正妃の子の自分。
立場や状況もあり、今まで親しく話した事もない兄に枕元に呼ばれ、ウォルターは戸惑いながらもベンジャミンの肩の辺りに立つ。
ベンジャミンは横たわったまま、視線だけをウォルターに向けた。
「…私個人としては、ステファンの婚姻がなくなった時点でウォルターが東国に行ってくれれば丸く収まると考えた事、今でもそう望んでいる事は否定しない」
「何ですか?急に」
そんな事は知っている。今更だ。
「……」
ウォルターから視線を外し、ベッドから真上の天井を見つめるベンジャミン。
「兄上、もしやヴィクトリアの居場所を知っているのですか?」
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