上 下
27 / 80

26

しおりを挟む
26

 旦那様からの情報だけではなく、私個人としても王妃派の貴族の家へ使用人として人を送り込み、情報を集めた。
 そして、馬車の事故を装い、馬車を川へ転落させる計画を知る。
「この馬車にアイリスを乗せるには…」
 ヴィクトリアとアイリスが二人で出掛けるとなると、買物、観劇、散策、ピクニック…いえ、旦那様から気をつけさせるよう言われているのだから、そんな理由での外出を許す訳にはいかないわ。
 学園への行き帰りには今まで別の馬車を使わせていたから、急に一緒にと言うのも不自然だし。

 ヴィクトリアが乗っていると見せかけて、アイリスを乗せる?
 そうして首尾良くアイリスを排除できたら、ヴィクトリアが狙われている事を知ったウォルター殿下がヴィクトリアの警備を厳重にしてくださるかしら?
 いいえ、アイリスが死んでしまったら、ウォルター殿下はきっとヴィクトリアを護ってはくださらない。

 そして。
 その頃、ようやく。
 ようやく、私の身体に妊娠の兆候が現れた。

-----

「巻き込まれたのは…私…?」
 アイリスは手を握りしめたままヴィクトリアを見る。

「…そう…王妃…派の……」
 目を閉じて、抗うように目を開けるヴィクトリア。
「……」
 また目を閉じる。
 お姉様、まだ意識が戻ったばかりで、長い時間起きている事ができないんだわ。
「眠られても大丈夫ですよ。お姉様、続きはまた今度で」
 アイリスは握っていた手を開き、ヴィクトリアの手を握った。
「ん…アイ…リス…」
 眠りに逆らい、ヴィクトリアはアイリスの手を握り返した。
「お姉様?」
「……賭けた…の。私…」

 え?賭け?
「……」
 何かを言うように唇が動くが、声は聞こえない。
 ヴィクトリアはそのまま目を閉じた。

 賭けって、ドリアーヌ様やステファン殿下が言ってたのと同じ賭け?
 眠るヴィクトリアを見つめるアイリスの肩にジェイドが手を置く。
「アイリス、そろそろ…」
「うん」
 立ち上がり、寝室の扉に近付くと、アイリスは名残惜しそうに振り返り、ヴィクトリアの穏やかな寝顔に安堵した。

-----

 私の中に芽吹いた命が、学園を卒業して一人前になるまでに十八…十九年。
 ヴィクトリアを産んだ二十歳すぎの頃に比べ、もうすぐ四十歳になるこの身体は確実に体力が衰えている。
 とにかく無事に生まれるように、無事に育つように、細心の注意を払わなくては。
「旦那様には…まだ言えないわね」
 まだ初期も初期。何があるかわからないわ。
 きっと旦那様は喜んでくださる。だからこそぬか喜びにはさせたくない。

「お母様、来週の週末にウォルター殿下から王宮に来ないかとお誘いがあったのですが…」
 身辺に気を付けるよう言ってあったヴィクトリアがそう私にそう言ったのは、アイリスの誕生日の前の週だった。
「アイリスも一緒にと言われていて…セラフィナ殿下も交えてアイリスの誕生日のお祝いを、と」

「誕生祝い…ね」
 ふうん。セラフィナ殿下かウォルター殿下か、どちらが言い出したのかわからないけれど…

 普段ヴィクトリアがアイリスと仲良くする事に良い顔をしない私がここであっさりと許可するのもおかしいかしら?
 でもヴィクトリアとアイリスが一緒の馬車で出掛けるせっかくの機会だわ。

「お二方からの呼び出しなら仕方がないわ。ただし、アイリスには誕生祝いだとは内緒にしておきなさい」
「内緒にですか?」
 不思議そうなヴィクトリア。
「そうよ。『私は王子王女に誕生日を祝われる存在だ』などと自惚れてもらっては困るわ」
「アイリスはそんな子じゃ…」
「ヴィクトリア、貴女も、狙われている事を自覚なさい。いざという時逃げられる確率を上げるため、馬車では扉の近くに乗りなさいな」
「お母様、まさか…」
 ヴィクトリアが目を見開いて私を見る。
「まさか?私たちのこの会話をとでも言いたいのかしら?」

「お母様…」
 青褪めたヴィクトリア。
 思えばこの子もかわいそうな子よね。
「アイリスが居なくなれば貴女にとっても好都合でしょう?ヴィクトリア」
「…何を」
「アイリスが居なければ、この家はヴィクトリアが継ぐしかないもの…ね?」
「!」
 ヴィクトリアは驚愕の表情を浮かべる。

 私は優しい笑顔をヴィクトリアに向けた。
 ヴィクトリアの目に優しい笑顔に映ったかどうかはわからないけれど。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】散らされて

月島れいわ
恋愛
風邪を引いて寝ていた夜。 いきなり黒い袋を頭に被せられ四肢を拘束された。 抵抗する間もなく躰を開かされた鞠花。 絶望の果てに待っていたのは更なる絶望だった……

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

最近様子のおかしい夫と女の密会現場をおさえてやった

家紋武範
恋愛
 最近夫の行動が怪しく見える。ひょっとしたら浮気ではないかと、出掛ける後をつけてみると、そこには女がいた──。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

御機嫌ようそしてさようなら  ~王太子妃の選んだ最悪の結末

Hinaki
恋愛
令嬢の名はエリザベス。 生まれた瞬間より両親達が創る公爵邸と言う名の箱庭の中で生きていた。 全てがその箱庭の中でなされ、そして彼女は箱庭より外へは出される事はなかった。 ただ一つ月に一度彼女を訪ねる5歳年上の少年を除いては……。 時は流れエリザベスが15歳の乙女へと成長し未来の王太子妃として半年後の結婚を控えたある日に彼女を包み込んでいた世界は崩壊していく。 ゆるふわ設定の短編です。 完結済みなので予約投稿しています。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

無価値な私はいらないでしょう?

火野村志紀
恋愛
いっそのこと、手放してくださった方が楽でした。 だから、私から離れようと思うのです。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

処理中です...