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…え?
賭けに、負けた?
アイリスがドリアーヌの方へ振り向こうとした時、アイリスの視界が暗転した。
「!?」
視界の黒が少し薄くなり、灰色の世界に、白黒の画像が見える。
あれは…ウォルター殿下?
ベッドの傍の椅子に座り項垂れているウォルターが見えた。
表情が抜け落ちたように呆然としたウォルターの眼から涙が溢れ、頬を伝った雫がパタパタと腿に落ちている。
ウォルター殿下が…泣いて…?
「……」
ウォルターの唇が微かに「アイリス」と動いたように見えた。
え?私?
パッと視界が明るくなって、緩やかな音楽がアイリスの耳に届く。
アイリスの視界には先ほどまでと同じ、舞踏会会場の講堂が映っていた。
開会式が始まっていて、学園長が壇上で挨拶をしているのを生徒たちが聞いている。
アイリスの隣にはセラフィナ、反対側の隣にはウォルターが立っていた。
今のは…もしかして、あの事故で「私が死んだ後」の様子だったのかも。
でも、だとしたら、ウォルター殿下があんなに泣いてたのは何で?
アイリスはそっとウォルターを見上げる。するとそれに気が付いて、ウォルターはニコッと笑った。
-----
ダンスって、こんなに密着するものだった?
背中に回ったウォルターの手、アイリスの手を握るウォルターの手、すぐ目の前にウォルターの襟元。
こ…こんなに気になってすごくドキドキするのは、きっとガーゼと前髪のせいで視界が狭いからよ。だってジェイドとダンスの練習をした時は平気だったし。
「…アイリス」
「ひゃあ!」
耳元でウォルターの声がして、アイリスは思わず声を上げた。
ウォルターがクスッと笑う。
「どうしたの?」
「いえ、あの…ちょっと緊張してまして…」
「緊張?」
「はい。すごくドキドキして…ジェイドと練習した時は何ともなかったのに、やっぱり本番は違いますね」
アイリスが下を向いて言うと、ウォルターはアイリスの耳が赤くなっているのに気付いた。
「……そう」
思わぬウォルターの低い声に、アイリスは顔を上げる。
「?」
きょとんとして自分を見上げるアイリスに、ウォルターは微笑みかけた。
「ジェイドと練習したんだね」
「え?あ、はい。私、お姉様みたいに優雅に踊れないので…」
「そう?ヴィクトリアと遜色ないよ?ああ、そうか。ジェイドと練習したからなのか…」
微笑みながら言う。
何だろう?「東国へ行きたくなかった」って仰った時と同じような、悲しそうな?淋しそうな表情?
曲が終わって、フロアから捌けると、セラフィナとデリックがアイリスとウォルターに近寄って来た。
そのまま舞踏会の会場を後にすると、四人は王家の馬車に乗り込んでガードナー家へと向かう。
舞踏会を終え、明日から学園は夏期休暇に入るのだ。
「アイリス、今日はありがとう」
ウォルターがそう言うと、向かいに座ったアイリスは「え?」と首を傾げてウォルターを見た。
「僕のためにヴィクトリアの振りをしてくれて」
「いえ。あの…私、大丈夫でしたか?」
「もちろん」
よ、良かったぁ。
ウォルターの笑顔にアイリスは胸を撫で下ろす。
「アイリス様、三日後から王太子殿下が帰国なさる三週間後まで王宮に滞在していただきたいのですが、いかがですか?」
デリックの言葉にアイリスは目を見開いた。
「え?王宮に…ですか?」
王宮とは王族の居室などがある所謂プライベートな空間だ。友人や妃の親族などが訪れる事はあるが、宿泊する場合はよほど近しい者以外は基本的に王城のゲストルームか、来賓棟を使用するのだ。
デリックは、来賓棟には東国の王太子一行が滞在する事、王城のゲストルームも関係者が使用する予定である事を説明し、王宮は王城よりも警備も厳重で部外者が入り込みにくいのだと言う。
「行事の度にガードナー家から王城へ通うと、ヴィクトリア様ではない旨が露見する危険も増しますし、警備の関係でも王宮に滞在していただいた方が…有り体に言えば都合が良いので」
「成程」
そうだわ。またお姉様が狙われるかも知れないんだもん、屋敷への出入りや王城への移動の時間は極力減らした方が良いのよね。
「わかりました」
アイリスが頷くと、デリックも頷き、ウォルターとセラフィナも頷いた。
…え?
賭けに、負けた?
アイリスがドリアーヌの方へ振り向こうとした時、アイリスの視界が暗転した。
「!?」
視界の黒が少し薄くなり、灰色の世界に、白黒の画像が見える。
あれは…ウォルター殿下?
ベッドの傍の椅子に座り項垂れているウォルターが見えた。
表情が抜け落ちたように呆然としたウォルターの眼から涙が溢れ、頬を伝った雫がパタパタと腿に落ちている。
ウォルター殿下が…泣いて…?
「……」
ウォルターの唇が微かに「アイリス」と動いたように見えた。
え?私?
パッと視界が明るくなって、緩やかな音楽がアイリスの耳に届く。
アイリスの視界には先ほどまでと同じ、舞踏会会場の講堂が映っていた。
開会式が始まっていて、学園長が壇上で挨拶をしているのを生徒たちが聞いている。
アイリスの隣にはセラフィナ、反対側の隣にはウォルターが立っていた。
今のは…もしかして、あの事故で「私が死んだ後」の様子だったのかも。
でも、だとしたら、ウォルター殿下があんなに泣いてたのは何で?
アイリスはそっとウォルターを見上げる。するとそれに気が付いて、ウォルターはニコッと笑った。
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ダンスって、こんなに密着するものだった?
背中に回ったウォルターの手、アイリスの手を握るウォルターの手、すぐ目の前にウォルターの襟元。
こ…こんなに気になってすごくドキドキするのは、きっとガーゼと前髪のせいで視界が狭いからよ。だってジェイドとダンスの練習をした時は平気だったし。
「…アイリス」
「ひゃあ!」
耳元でウォルターの声がして、アイリスは思わず声を上げた。
ウォルターがクスッと笑う。
「どうしたの?」
「いえ、あの…ちょっと緊張してまして…」
「緊張?」
「はい。すごくドキドキして…ジェイドと練習した時は何ともなかったのに、やっぱり本番は違いますね」
アイリスが下を向いて言うと、ウォルターはアイリスの耳が赤くなっているのに気付いた。
「……そう」
思わぬウォルターの低い声に、アイリスは顔を上げる。
「?」
きょとんとして自分を見上げるアイリスに、ウォルターは微笑みかけた。
「ジェイドと練習したんだね」
「え?あ、はい。私、お姉様みたいに優雅に踊れないので…」
「そう?ヴィクトリアと遜色ないよ?ああ、そうか。ジェイドと練習したからなのか…」
微笑みながら言う。
何だろう?「東国へ行きたくなかった」って仰った時と同じような、悲しそうな?淋しそうな表情?
曲が終わって、フロアから捌けると、セラフィナとデリックがアイリスとウォルターに近寄って来た。
そのまま舞踏会の会場を後にすると、四人は王家の馬車に乗り込んでガードナー家へと向かう。
舞踏会を終え、明日から学園は夏期休暇に入るのだ。
「アイリス、今日はありがとう」
ウォルターがそう言うと、向かいに座ったアイリスは「え?」と首を傾げてウォルターを見た。
「僕のためにヴィクトリアの振りをしてくれて」
「いえ。あの…私、大丈夫でしたか?」
「もちろん」
よ、良かったぁ。
ウォルターの笑顔にアイリスは胸を撫で下ろす。
「アイリス様、三日後から王太子殿下が帰国なさる三週間後まで王宮に滞在していただきたいのですが、いかがですか?」
デリックの言葉にアイリスは目を見開いた。
「え?王宮に…ですか?」
王宮とは王族の居室などがある所謂プライベートな空間だ。友人や妃の親族などが訪れる事はあるが、宿泊する場合はよほど近しい者以外は基本的に王城のゲストルームか、来賓棟を使用するのだ。
デリックは、来賓棟には東国の王太子一行が滞在する事、王城のゲストルームも関係者が使用する予定である事を説明し、王宮は王城よりも警備も厳重で部外者が入り込みにくいのだと言う。
「行事の度にガードナー家から王城へ通うと、ヴィクトリア様ではない旨が露見する危険も増しますし、警備の関係でも王宮に滞在していただいた方が…有り体に言えば都合が良いので」
「成程」
そうだわ。またお姉様が狙われるかも知れないんだもん、屋敷への出入りや王城への移動の時間は極力減らした方が良いのよね。
「わかりました」
アイリスが頷くと、デリックも頷き、ウォルターとセラフィナも頷いた。
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