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 学園の休日にガードナー伯爵邸へ帰って来たアイリスはジェイドの部屋を訪ねるが、そこにジェイドは居なかった。
 まだ安静にしてなきゃいけない筈だけど、何処へ?
「あ、アイリス。来てたのか」
 ジェイドの声がして、振り向くと、両手にバラの花を抱えたジェイドが部屋の入口に立っている。
「バラ?」
「散歩がてら庭へ行ったら咲き終わりの花を剪定してて、まだ綺麗なのをもらって来たんだ。アイリスにも、ほら」
 バラをテーブルの上に置くと、ジェイドはその内半分くらいを手に取り、アイリスの前に差し出した。
「棘はざっと取ったけど気を付けて」
「ありがとう。でもジェイド、まだ安静にしてないといけないんじゃないの?」
 バラを腕に抱くと、ジェイドに促されてソファに座る。
「もう一か月経つんだから、少しずつ動かないと鈍ってしまう」
「お医者様は肝臓損傷は三か月くらいは安静にって言われてたわよ」
「大丈夫だよ。無理はしてない」
「…ならいいけど」
 ジェイドは笑いながら別室に行くと、花瓶を持って来てテーブルに置いた。

「ヴィクトリア様にも届けたいけど、お会いできないだろうなあ」
 アイリスの向かい側に座ると、花瓶にバラを生けながら言う。
「まだ会わせてもらえてないの?」
「奥様がそう簡単に俺を許す訳ないだろ?」
「…そうね」
 ヴィクトリアを庇わずアイリスを庇ったジェイドは、マティルダの怒りを買い、ヴィクトリアの見舞いをする事も許されていないのだ。
「それに咲き終わりのバラなんか持って行ったらますます奥様の顰蹙を買うか」
 クスッと笑いながらジェイドが言うと、アイリスも笑った。
「そうかも。お姉様は喜んでくださるでしょうけど」

「アイリスは、足はどうなんだ?」
「ちょっと引き攣れるような痛みはあるけど、もう大丈夫よ。何なら走れるわ」
「伯爵令嬢が走る場面なんてないだろ?」
「まあね」
 アイリスが肩を竦めると、ジェイドは真剣な表情で膝の上で手を組み合わせる。
「アイリス」
「…な、何?」
「ヴィクトリア様の振りをして今度の舞踏会へ出るんだって?」
「うん」

 学園では、春期の終わり、夏季休暇に入る前に舞踏会があり、冬期の終わりには卒業パーティーがあるので、貴族の令息令嬢は社交を学び、貴族でない者も貴族社会との繋がりを作ろうと励む場となるのだ。
 アイリスは、東国の王太子の歓迎行事の前にその舞踏会へヴィクトリアの振りをしてウォルターと出席する事になった。いわば予行練習だ。
「…大丈夫なのか?」
 真面目な表情のジェイド。
「髪は染めて纏めるし、顔にこう…大きなガーゼを貼って怪我をした目は隠れるし、前髪も下ろして反対の目も隠すし」
 アイリスが自分の片目を手で覆うと、ジェイドは眉を顰めた。
「そうか…顔に傷が…」
「あ、でも、本当のお姉様の傷はもう随分小さなガーゼになってるの。私の目を隠すために態と大きなガーゼを貼るだけだから」
 アイリスが慌てて言うと、ジェイドは小さく息を吐く。

「…そうか。それよりアイリス、舞踏会とかにエスコートされるの初めてだろう?」
「そうなの。それは不安…」
「だから去年の舞踏会と卒業パーティーに俺がエスコートするって言ったのに」
「そうね。今思えばジェイドで練習しておくべきだったわ」
 アイリスがそう言うと、ジェイドはふっと吹き出した。
「練習台かよ」

 でも去年お姉様に相談したら「パーティーにパートナーとして出席したら、普段の仲の良さからもジェイドと恋人同士だと思われるわ。伯爵家の令嬢としてはやめておいた方が良いんじゃない?」って言われたんだもん。
 令嬢らしからぬ事をして、私だけじゃなくジェイドまでお義母様に何か言われても嫌だから、素直にやめておいたんだけど…
 でも、生まれて初めてのエスコートがウォルター殿下だなんて!ドレスの裾踏んで転けたりしたらどうしよう!?
「まあ、ウォルター殿下ならアイリスが何かしでかしても上手く助けてくださるんじゃないか?」
「そうかな!?」
「それより俺はアイリスが『ヴィクトリア様の振り』のを超えないかが心配だ」
「分?」
「婚約者の振りなんだから、当然周りに仲良く見せないといけないし、接触だって増える。だから…好きになってしまったりするかも知れないだろ?」
 何となく言い辛そうにジェイドが言うと、アイリスはキョトンとしてジェイドを見る。
「?」
「……」
 アイリスの表情に、ジェイドは額に手を当てて「はぁ」と大きなため息を吐いた。

「ジェイド?」
 額に当てた手の、指の間からジェイドはアイリスを見る。
「アイリスが、ウォルター殿下を、好きになってしまったりするかも知れないって言ったんだ」

「………え?」
「はあ~」
 固まるアイリスを見て、ジェイドはまた大きなため息を吐いた。



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