5 / 80
4
しおりを挟む
4
アイリスは幼い頃、王都の住宅地にある小さな一軒家で母と二人で暮らしていた。
アイリスの母オリビエは貴族の生まれではないが、父親が羽振りの良い質屋を営んでいたため、オリビエと兄は学園へ入る事ができた。そこで同級生のガードナー伯爵家の嫡男フランクと出会い、二人は恋に落ちる。
しかし伯爵家の嫡男と平民の娘との結婚は許されず、二人は学園を卒業した後、別れる事となる。
数年後、フランクは親の決めた相手と結婚し、ヴィクトリアが生まれる。
その頃、オリビエが経営が傾いた質店を助けるために娼館へ身売りしようとしている事を知ったフランクは、オリビエの家の借金ごとオリビエの身柄を買い取ると、オリビエに家を与え、愛妾として置いた。
その後フランクとオリビエの間に生まれたのがアイリスだ。
フランクはオリビエとアイリスが住む一軒家…別宅に頻繁に通っていたので、アイリスは母が亡くなるまで自分の母親が所謂愛人と呼ばれる立場である事を知らなかったのだ。
フランクがオリビエとアイリスの元を訪れる際にはアイリスの遊び相手としてジェイドを連れて来ていた。
ジェイドはガードナー伯爵家に仕える執事の息子で、ヴィクトリアと同じ歳でアイリスより二歳歳上。
つまり、アイリスにとってのジェイドは幼なじみのお兄さんだ。
アイリスが七歳の頃オリビエが急死し、アイリスはガードナー伯爵家の本宅の父の元へと引き取られる事になった。
「おかあさまと、おねえさま?」
七歳のアイリスが首を傾げると、アイリスの前に跪いたフランクは頷く。
「ああ。アイリスのお義母様とお姉様が待つ家に行くんだよ」
「なんで?アイリスのお家はここよ?」
「オリビエが…アイリスの母さまがいなくなってしまったから、アイリスはもうここには住めないんだ」
「母さま…」
母にもう会えない事を悟るアイリスは小さな瞳に涙を浮かべた。
「大丈夫。これからは父さまがずっと側にいる。それにヴィクトリア…お姉様はアイリスに良く似ていて、優しいし、すぐに仲良くなれるから」
フランクは泣き出しそうなアイリスを抱きしめる。
「それに俺も同じ屋敷に住んでるんだから、いつでも会えるし」
フランクの後ろに控えていた九歳のジェイドが自分を指差しながら言うと、アイリスは目を丸くした。
「ジェイドも同じおうちなの?」
「そうだよ。ずっと一緒だよ」
「ずっと?」
「そう。ずっと」
フランクがアイリスの涙を指で拭う。
「父さまとジェイドがアイリスとずっと一緒にいる。だから父さまとジェイドと一緒に来てくれるかい?」
「うん」
アイリスが安心したように笑うと、フランクとジェイドはホッと胸を撫で下ろした。
-----
ウォルターがアイリスの部屋を出ると、入れ違うようにフランクが入って来た。
「お父様」
「ああ…良かったアイリス」
フランクがベッドに座ったアイリスをギュッと抱きしめる。
「お父様、お姉様は意識不明だとウォルター殿下から聞きましたけど、容態はどうなんですか?それに、ジェイドは?」
そうアイリスが言うと、フランクは眉を顰めた。
「ジェイドは…かなり重篤な状態だ」
「!」
お姉様、ジェイド、早く会いに行かなくちゃ。
アイリスはフランクの腕から抜け、ベッドから降りようとする。
すると、フランクがそれを止めた。
「アイリス、怪我をしているんだ。まだ寝ていなくては」
「大丈夫です」
立ちあがろうとすると、右足のふくらはぎがズキンッと痛む。
「痛っ…」
「ほら。ジェイドが咄嗟に庇ってくれたお陰でアイリスにほぼ怪我はないが、岩で足を切っているんだ。まだ歩かない方が良い」
「ジェイドが…じゃあますます行かなきゃ…」
「どうしてもと言うなら車椅子を持って来させよう」
フランクと一緒に部屋へ入って来て、隅に控えていた侍女長にフランクが車椅子を持って来るよう指示すると、侍女長は部屋を出て行った。
いつもならお父様の側に仕えてるのはニコラスの筈なのに。私の寝室だから男性のニコラスじゃなく侍女長を連れて来たのかも知れないけど…
ニコラスはガードナー伯爵家の執事で、ジェイドの父親だ。
通常、フランクが娘の寝室へ入る事はないので、こういう場合にニコラスが付いて来るのかどうか、アイリスにはわからないが、少なくとも続き部屋か廊下へは控えているのでは、と言う気がアイリスはしていた。
そのニコラスが居ないと言う事は、おそらくジェイドに付き添っているのだろう。ニコラスが仕事より息子を優先するのをアイリスは見た事がない。つまりそうするほど…両親が呼ばれるほどジェイドは重篤な状態だと言う事なのだろう。
「それに…今はヴィクトリアには会いに行かない方が良い。マティルダが付いているからな」
フランクが苦々しい表情で言った。
アイリスは幼い頃、王都の住宅地にある小さな一軒家で母と二人で暮らしていた。
アイリスの母オリビエは貴族の生まれではないが、父親が羽振りの良い質屋を営んでいたため、オリビエと兄は学園へ入る事ができた。そこで同級生のガードナー伯爵家の嫡男フランクと出会い、二人は恋に落ちる。
しかし伯爵家の嫡男と平民の娘との結婚は許されず、二人は学園を卒業した後、別れる事となる。
数年後、フランクは親の決めた相手と結婚し、ヴィクトリアが生まれる。
その頃、オリビエが経営が傾いた質店を助けるために娼館へ身売りしようとしている事を知ったフランクは、オリビエの家の借金ごとオリビエの身柄を買い取ると、オリビエに家を与え、愛妾として置いた。
その後フランクとオリビエの間に生まれたのがアイリスだ。
フランクはオリビエとアイリスが住む一軒家…別宅に頻繁に通っていたので、アイリスは母が亡くなるまで自分の母親が所謂愛人と呼ばれる立場である事を知らなかったのだ。
フランクがオリビエとアイリスの元を訪れる際にはアイリスの遊び相手としてジェイドを連れて来ていた。
ジェイドはガードナー伯爵家に仕える執事の息子で、ヴィクトリアと同じ歳でアイリスより二歳歳上。
つまり、アイリスにとってのジェイドは幼なじみのお兄さんだ。
アイリスが七歳の頃オリビエが急死し、アイリスはガードナー伯爵家の本宅の父の元へと引き取られる事になった。
「おかあさまと、おねえさま?」
七歳のアイリスが首を傾げると、アイリスの前に跪いたフランクは頷く。
「ああ。アイリスのお義母様とお姉様が待つ家に行くんだよ」
「なんで?アイリスのお家はここよ?」
「オリビエが…アイリスの母さまがいなくなってしまったから、アイリスはもうここには住めないんだ」
「母さま…」
母にもう会えない事を悟るアイリスは小さな瞳に涙を浮かべた。
「大丈夫。これからは父さまがずっと側にいる。それにヴィクトリア…お姉様はアイリスに良く似ていて、優しいし、すぐに仲良くなれるから」
フランクは泣き出しそうなアイリスを抱きしめる。
「それに俺も同じ屋敷に住んでるんだから、いつでも会えるし」
フランクの後ろに控えていた九歳のジェイドが自分を指差しながら言うと、アイリスは目を丸くした。
「ジェイドも同じおうちなの?」
「そうだよ。ずっと一緒だよ」
「ずっと?」
「そう。ずっと」
フランクがアイリスの涙を指で拭う。
「父さまとジェイドがアイリスとずっと一緒にいる。だから父さまとジェイドと一緒に来てくれるかい?」
「うん」
アイリスが安心したように笑うと、フランクとジェイドはホッと胸を撫で下ろした。
-----
ウォルターがアイリスの部屋を出ると、入れ違うようにフランクが入って来た。
「お父様」
「ああ…良かったアイリス」
フランクがベッドに座ったアイリスをギュッと抱きしめる。
「お父様、お姉様は意識不明だとウォルター殿下から聞きましたけど、容態はどうなんですか?それに、ジェイドは?」
そうアイリスが言うと、フランクは眉を顰めた。
「ジェイドは…かなり重篤な状態だ」
「!」
お姉様、ジェイド、早く会いに行かなくちゃ。
アイリスはフランクの腕から抜け、ベッドから降りようとする。
すると、フランクがそれを止めた。
「アイリス、怪我をしているんだ。まだ寝ていなくては」
「大丈夫です」
立ちあがろうとすると、右足のふくらはぎがズキンッと痛む。
「痛っ…」
「ほら。ジェイドが咄嗟に庇ってくれたお陰でアイリスにほぼ怪我はないが、岩で足を切っているんだ。まだ歩かない方が良い」
「ジェイドが…じゃあますます行かなきゃ…」
「どうしてもと言うなら車椅子を持って来させよう」
フランクと一緒に部屋へ入って来て、隅に控えていた侍女長にフランクが車椅子を持って来るよう指示すると、侍女長は部屋を出て行った。
いつもならお父様の側に仕えてるのはニコラスの筈なのに。私の寝室だから男性のニコラスじゃなく侍女長を連れて来たのかも知れないけど…
ニコラスはガードナー伯爵家の執事で、ジェイドの父親だ。
通常、フランクが娘の寝室へ入る事はないので、こういう場合にニコラスが付いて来るのかどうか、アイリスにはわからないが、少なくとも続き部屋か廊下へは控えているのでは、と言う気がアイリスはしていた。
そのニコラスが居ないと言う事は、おそらくジェイドに付き添っているのだろう。ニコラスが仕事より息子を優先するのをアイリスは見た事がない。つまりそうするほど…両親が呼ばれるほどジェイドは重篤な状態だと言う事なのだろう。
「それに…今はヴィクトリアには会いに行かない方が良い。マティルダが付いているからな」
フランクが苦々しい表情で言った。
0
お気に入りに追加
23
あなたにおすすめの小説

【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

【完結】あなたのいない世界、うふふ。
やまぐちこはる
恋愛
17歳のヨヌク子爵家令嬢アニエラは栗毛に栗色の瞳の穏やかな令嬢だった。近衛騎士で伯爵家三男、かつ騎士爵を賜るトーソルド・ロイリーと幼少から婚約しており、成人とともに政略的な結婚をした。
しかしトーソルドには恋人がおり、結婚式のあと、初夜を迎える前に出たまま戻ることもなく、一人ロイリー騎士爵家を切り盛りするはめになる。
とはいえ、アニエラにはさほどの不満はない。結婚前だって殆ど会うこともなかったのだから。
===========
感想は一件づつ個別のお返事ができなくなっておりますが、有り難く拝読しております。
4万文字ほどの作品で、最終話まで予約投稿済です。お楽しみいただけましたら幸いでございます。

【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない
ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。
既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。
未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。
後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。
欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。
* 作り話です
* そんなに長くしない予定です
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる