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ドンドンドン!
と荒々しいノックの音を聞いてリリアは立ち上がる。
「意外と遅かったわね。兄様」
鍵の掛かったドアの前まで行って、開けずに外へ声を掛けた。
「…リリア。出て来い」
「セドリック!?」
ドア越しに聞こえる低い声にリネットは弾かれたように立ち上がった。
「いーやーでーすー」
「とりあえず開けろ」
ガチャガチャとノブを回す音がする。
「嫌よ。部屋を戻してくれるまでここに居座るわ」
「…開けないとドアを壊すぞ」
「やめてよ!人の部屋なのよ!」
言い争うリリアとセドリックの様子を見て、リネットは息が苦しくなって来る。
「だったら大人しく部屋へ戻れ、リリア」
「嫌だったら。私はリネットの隣が良いの!」
バアンッと大きな音が響く。セドリックがドアを蹴ったらしい。
「ちょっと兄様、本当にドアを壊す気!?」
「嫌なら大人しくドアを開けろ」
「もう!」
リリアが仕方なくドアの鍵に指をかける。カチリと鍵を開ける音がするとすぐに勢いよくドアが開いた。

部屋に入って来たセドリックは一瞬リネットを見て、すぐ目を逸らす。
リネットから逸らした目にオレンジの薔薇とそれを生けた一輪挿しに結ばれた紫のリボンが写り、チッと舌打ちをする。
「やっぱりあの時殺しておけば良かった…」
セドリックの小さな呟きはリネットにもリリアにも聞こえなかった。
リネットはセドリックに目を逸らされ、立ち尽くしたまま動けないでいる。
「リリア、部屋に戻るぞ」
「兄様待って」
セドリックはリリアの手を引いて部屋を出て行ってしまう。
ドアが閉じられて、二人の声が遠くなって、やがて聞こえなくなると、ようやくリネットはソファに倒れ込むように座った。

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リリアはリネットの部屋から遠くの部屋になったままだったが、同じ寮の中なのでセドリックが来ない時には相変わらずリネットの部屋に入り浸って、セルダの事は気にしていないように明るく振る舞っている。
たまに急に訪れたセドリックに強引に連れ戻されているが、セドリックはリネットの部屋に入ることはなく、廊下からリリアを脅したり宥めたりしてしているので、リネットはセドリックの声は聞いても姿はしばらく見ていない。

セルダの意中の令嬢は公にされていないので、リネットとセルダは同じクラスではあるが、学園で話す事はほとんどない。
リリアとセルダの婚約解消は発表されているので、リリアが生徒会のサポートメンバーから外れたのは当然で、リネットも一緒に外れたのは、リリアとリネットが幼なじみで仲が良い事から不自然には捉えられなかった。

セルダはリネットの家へ手紙や花や菓子などを贈ってくれ、家からそれが寮へ届けられていた。
今日もリネットは寮母から渡された、家経由のセルダからの手紙を持って部屋へ戻る。セルダからの手紙を封筒ごとまた封筒に入れ、バーストン伯爵家の蝋封をした物だ。
「街歩き…え、これってデート…よね?」
セルダからの手紙には学園の休みの日に変装して街歩きをしないか、と書かれていた。

そういえば、デートって…生まれて初めてだわ。

セドリックとは別荘で一緒に過ごしたり馬で遠乗りしたりピクニックに行ったりした事はあるけれど、それはいつもリリアが一緒だったのだ。
もちろんリリアは婚約者同士に気遣い遠慮しようとしていたが、セドリックがそれを許さなかったのだった。

よく考えたら、セドリックと二人きりになった事もあまりないわね。リリアと三人でいる時、たまたまリリアが少し席を外した時だけだわ。

セルダからは立太子式までの期限ギリギリである冬期の終わりまでは努力させて欲しいと言われていた。
そしてセルダの求婚を受ける気になれば、冬期の最後にある卒業パーティーにパートナーとして出席して欲しいと。

夏季休暇が終わって約1ヵ月、冬期の終わりまであと5ヵ月弱になっている。
「やっぱりデートもしてみた方が良いのよね…?」
リネットは一人呟く。
まだセルダと二人で直接話したのは数回で、好きとも嫌いとも気持ちは動いていない。それならば話す機会を作った方が良いのだ。
リネットは小さく息を吐き出し、返事を書くべく机に向かった。
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