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番外編10

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「マールさん、ミッチェル様はお元気ですか?」
 デンゼル家の領地屋敷にパトリシアとアレンが到着した夜、仕事を終え、使用人部屋に戻る途中のパトリシアの侍女マールに、領地屋敷の執事であるジョーンズがそう話し掛けた。
「ジョーさん、会う度毎回第一声がそれですね」
「すみません。気になるもので」
 ジョーンズは真顔で言う。
「…ミッチェル王太子妃殿下は夏に第三子となる王女がお生まれになられて、三児の母としてとてもお忙しそうですが、とてもお幸せそうです。それではお休みなさいませ」
 マールはそうジョーンズに向かって言うと、部屋の扉を開けた。
「お休みなさい。マールさん」
 互いに無表情で礼をし合うと、マールは部屋に入って扉を閉めた。
 ジョーさんって今でもミッチェル妃の事を好きなのね。
 ジョーンズは、元々は王太子妃であるミッチェルの生家カークランド公爵家のフットマンをしていた人物だ。執事見習い中でもあったが、ミッチェルに当時婚約者であった王太子レスターの醜聞を吹き込んだ疑いで、カークランド家から引き離され、レスターの親友、フレデリックの家であるデンゼル家に来て、領地の屋敷で執事をしているのだ。

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「マールには良い人はいないの?」
 庭のベンチに座って、パトリシアが大きくなったお腹を摩りながら言う。
 今回パトリシアとアレンがパトリシアの実家であるデンゼル家の領地屋敷を訪れたのは、パトリシアが一番落ち着く場所であるここで初めての出産を迎えるためだ。
「今のところはいません」
「もしマールが結婚しても私の側に居てくれると嬉しいんだけど…」
「具体的に相手がいない状態でそれを話すのも虚しいですが、私はパトリシア様の側に居られなくなるような相手とは結婚しませんよ。まあ相手がいませんので虚しい決意ですが」
 相手がいないので虚しいと何度も言うマールにパトリシアは笑い出す。
「でも例えばマールがここの執事のジョーンズと結婚したとしたら、マールもこっちに住む事になるじゃない?そうしたらわたしがここに来た時にしか会えなくなっちゃうわ」
「…そんなあり得ない事に例えられても」
 マールは眉を顰める。
「あり得ないかしら?マールとジョーンズなら年回りも合うし…ああでもマールもジョーンズも基本的にあまり笑わないから、二人が作る家庭は想像し辛いわね」
「どうやっても明るい家庭にはならなそうです」
 確かに。私は無表情だし、ジョーさんも無表情。「笑顔の絶えない家庭」なんて言うのは無理な話だわ。

「そんな事もないと思いますが」
「あら、ジョーンズ」
 屋敷の方から歩いてきたジョーンズがトレイに乗せた手紙をパトリシアに渡す。
「あ、エリザベス様からだわ」

 手紙を読むのは一人の方が良いだろうと、マールとジョーンズはパトリシアの座っているベンチから離れた所へ移動する。
「先程の話しですが」
「?」
「私とマールさんでは『明るい家庭』は築けないと」
「ああ…」
 蒸し返す程の話しじゃないと思うんだけど、そういえばジョーさん「そんな事もない」って言ったんだっけ。
「私はマールさんとなら落ち着いた家庭が築けると思います。それに案外明るいんじゃないかと」
「…明るい?」
「わーっと騒がしいような明るさではないでしょうが」
 無表情な夫に、無表情な妻。
 明るく…なる要素がないと思うけど。
「想像できないわ。それにそんな想像しても意味がないし」
 そう言いながらマールはパトリシアの様子を伺う。楽しそうな表情で手紙を読むパトリシアが見える。
「私には意味があります」
「え?」
 マールは後ろに立つジョーンズの方へ振り向く。
「結婚するならマールさんが良いなと本気で考えています」
 は?
「私が無表情なのは、表情に出したためにレスター殿下に私の気持ちを気付かれたからです」
 ミッチェル様にレスター殿下の醜聞を吹き込んだ時の事?
「あれから感情を表情に出さないよう努めていたら、すっかりこんな人間になりました」
 そうなんだ。でもそれが私に何の関係があるの?
「しかしそれで同じ様に表情に出さない人の気持ちがわかるようになりました。マールさんはパトリシア様が大好きで、今はお子様が無事に生まれる様、毎日祈っておられる」
 それは、その通り、だけど。
「…そんなの、ジョーさんじゃなくてもわかるんじゃない?」
「使用人の中にはマールさんの事を感情がない機械の様に思っている人もいます」
 ああ、それは良くある事だわ。今も王宮の侍女たちの中でそう思っている人もいるし、パトリシア様が王宮へ上がってからデンゼル家に雇われた使用人ならそう感じる人もいるかも。
「ちなみにですが」
「?」
「ここに来てからの私の渾名は『鉄面皮』です」
「ぶふっ」
 至極真顔でジョーンズが言うので、思わずマールは吹き出した。
「笑った…」
 そんなマールを見て目を瞬かせるジョーンズ。
 マールはコホンと咳払いをすると
「私は昔『仮面』と呼ばれていました」
 と言った。


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