78 / 79
番外編10
しおりを挟む
10
「マールさん、ミッチェル様はお元気ですか?」
デンゼル家の領地屋敷にパトリシアとアレンが到着した夜、仕事を終え、使用人部屋に戻る途中のパトリシアの侍女マールに、領地屋敷の執事であるジョーンズがそう話し掛けた。
「ジョーさん、会う度毎回第一声がそれですね」
「すみません。気になるもので」
ジョーンズは真顔で言う。
「…ミッチェル王太子妃殿下は夏に第三子となる王女がお生まれになられて、三児の母としてとてもお忙しそうですが、とてもお幸せそうです。それではお休みなさいませ」
マールはそうジョーンズに向かって言うと、部屋の扉を開けた。
「お休みなさい。マールさん」
互いに無表情で礼をし合うと、マールは部屋に入って扉を閉めた。
ジョーさんって今でもミッチェル妃の事を好きなのね。
ジョーンズは、元々は王太子妃であるミッチェルの生家カークランド公爵家のフットマンをしていた人物だ。執事見習い中でもあったが、ミッチェルに当時婚約者であった王太子レスターの醜聞を吹き込んだ疑いで、カークランド家から引き離され、レスターの親友、フレデリックの家であるデンゼル家に来て、領地の屋敷で執事をしているのだ。
-----
「マールには良い人はいないの?」
庭のベンチに座って、パトリシアが大きくなったお腹を摩りながら言う。
今回パトリシアとアレンがパトリシアの実家であるデンゼル家の領地屋敷を訪れたのは、パトリシアが一番落ち着く場所であるここで初めての出産を迎えるためだ。
「今のところはいません」
「もしマールが結婚しても私の側に居てくれると嬉しいんだけど…」
「具体的に相手がいない状態でそれを話すのも虚しいですが、私はパトリシア様の側に居られなくなるような相手とは結婚しませんよ。まあ相手がいませんので虚しい決意ですが」
相手がいないので虚しいと何度も言うマールにパトリシアは笑い出す。
「でも例えばマールがここの執事のジョーンズと結婚したとしたら、マールもこっちに住む事になるじゃない?そうしたらわたしがここに来た時にしか会えなくなっちゃうわ」
「…そんなあり得ない事に例えられても」
マールは眉を顰める。
「あり得ないかしら?マールとジョーンズなら年回りも合うし…ああでもマールもジョーンズも基本的にあまり笑わないから、二人が作る家庭は想像し辛いわね」
「どうやっても明るい家庭にはならなそうです」
確かに。私は無表情だし、ジョーさんも無表情。「笑顔の絶えない家庭」なんて言うのは無理な話だわ。
「そんな事もないと思いますが」
「あら、ジョーンズ」
屋敷の方から歩いてきたジョーンズがトレイに乗せた手紙をパトリシアに渡す。
「あ、エリザベス様からだわ」
手紙を読むのは一人の方が良いだろうと、マールとジョーンズはパトリシアの座っているベンチから離れた所へ移動する。
「先程の話しですが」
「?」
「私とマールさんでは『明るい家庭』は築けないと」
「ああ…」
蒸し返す程の話しじゃないと思うんだけど、そういえばジョーさん「そんな事もない」って言ったんだっけ。
「私はマールさんとなら落ち着いた家庭が築けると思います。それに案外明るいんじゃないかと」
「…明るい?」
「わーっと騒がしいような明るさではないでしょうが」
無表情な夫に、無表情な妻。
明るく…なる要素がないと思うけど。
「想像できないわ。それにそんな想像しても意味がないし」
そう言いながらマールはパトリシアの様子を伺う。楽しそうな表情で手紙を読むパトリシアが見える。
「私には意味があります」
「え?」
マールは後ろに立つジョーンズの方へ振り向く。
「結婚するならマールさんが良いなと本気で考えています」
は?
「私が無表情なのは、表情に出したためにレスター殿下に私の気持ちを気付かれたからです」
ミッチェル様にレスター殿下の醜聞を吹き込んだ時の事?
「あれから感情を表情に出さないよう努めていたら、すっかりこんな人間になりました」
そうなんだ。でもそれが私に何の関係があるの?
「しかしそれで同じ様に表情に出さない人の気持ちがわかるようになりました。マールさんはパトリシア様が大好きで、今はお子様が無事に生まれる様、毎日祈っておられる」
それは、その通り、だけど。
「…そんなの、ジョーさんじゃなくてもわかるんじゃない?」
「使用人の中にはマールさんの事を感情がない機械の様に思っている人もいます」
ああ、それは良くある事だわ。今も王宮の侍女たちの中でそう思っている人もいるし、パトリシア様が王宮へ上がってからデンゼル家に雇われた使用人ならそう感じる人もいるかも。
「ちなみにですが」
「?」
「ここに来てからの私の渾名は『鉄面皮』です」
「ぶふっ」
至極真顔でジョーンズが言うので、思わずマールは吹き出した。
「笑った…」
そんなマールを見て目を瞬かせるジョーンズ。
マールはコホンと咳払いをすると
「私は昔『仮面』と呼ばれていました」
と言った。
「マールさん、ミッチェル様はお元気ですか?」
デンゼル家の領地屋敷にパトリシアとアレンが到着した夜、仕事を終え、使用人部屋に戻る途中のパトリシアの侍女マールに、領地屋敷の執事であるジョーンズがそう話し掛けた。
「ジョーさん、会う度毎回第一声がそれですね」
「すみません。気になるもので」
ジョーンズは真顔で言う。
「…ミッチェル王太子妃殿下は夏に第三子となる王女がお生まれになられて、三児の母としてとてもお忙しそうですが、とてもお幸せそうです。それではお休みなさいませ」
マールはそうジョーンズに向かって言うと、部屋の扉を開けた。
「お休みなさい。マールさん」
互いに無表情で礼をし合うと、マールは部屋に入って扉を閉めた。
ジョーさんって今でもミッチェル妃の事を好きなのね。
ジョーンズは、元々は王太子妃であるミッチェルの生家カークランド公爵家のフットマンをしていた人物だ。執事見習い中でもあったが、ミッチェルに当時婚約者であった王太子レスターの醜聞を吹き込んだ疑いで、カークランド家から引き離され、レスターの親友、フレデリックの家であるデンゼル家に来て、領地の屋敷で執事をしているのだ。
-----
「マールには良い人はいないの?」
庭のベンチに座って、パトリシアが大きくなったお腹を摩りながら言う。
今回パトリシアとアレンがパトリシアの実家であるデンゼル家の領地屋敷を訪れたのは、パトリシアが一番落ち着く場所であるここで初めての出産を迎えるためだ。
「今のところはいません」
「もしマールが結婚しても私の側に居てくれると嬉しいんだけど…」
「具体的に相手がいない状態でそれを話すのも虚しいですが、私はパトリシア様の側に居られなくなるような相手とは結婚しませんよ。まあ相手がいませんので虚しい決意ですが」
相手がいないので虚しいと何度も言うマールにパトリシアは笑い出す。
「でも例えばマールがここの執事のジョーンズと結婚したとしたら、マールもこっちに住む事になるじゃない?そうしたらわたしがここに来た時にしか会えなくなっちゃうわ」
「…そんなあり得ない事に例えられても」
マールは眉を顰める。
「あり得ないかしら?マールとジョーンズなら年回りも合うし…ああでもマールもジョーンズも基本的にあまり笑わないから、二人が作る家庭は想像し辛いわね」
「どうやっても明るい家庭にはならなそうです」
確かに。私は無表情だし、ジョーさんも無表情。「笑顔の絶えない家庭」なんて言うのは無理な話だわ。
「そんな事もないと思いますが」
「あら、ジョーンズ」
屋敷の方から歩いてきたジョーンズがトレイに乗せた手紙をパトリシアに渡す。
「あ、エリザベス様からだわ」
手紙を読むのは一人の方が良いだろうと、マールとジョーンズはパトリシアの座っているベンチから離れた所へ移動する。
「先程の話しですが」
「?」
「私とマールさんでは『明るい家庭』は築けないと」
「ああ…」
蒸し返す程の話しじゃないと思うんだけど、そういえばジョーさん「そんな事もない」って言ったんだっけ。
「私はマールさんとなら落ち着いた家庭が築けると思います。それに案外明るいんじゃないかと」
「…明るい?」
「わーっと騒がしいような明るさではないでしょうが」
無表情な夫に、無表情な妻。
明るく…なる要素がないと思うけど。
「想像できないわ。それにそんな想像しても意味がないし」
そう言いながらマールはパトリシアの様子を伺う。楽しそうな表情で手紙を読むパトリシアが見える。
「私には意味があります」
「え?」
マールは後ろに立つジョーンズの方へ振り向く。
「結婚するならマールさんが良いなと本気で考えています」
は?
「私が無表情なのは、表情に出したためにレスター殿下に私の気持ちを気付かれたからです」
ミッチェル様にレスター殿下の醜聞を吹き込んだ時の事?
「あれから感情を表情に出さないよう努めていたら、すっかりこんな人間になりました」
そうなんだ。でもそれが私に何の関係があるの?
「しかしそれで同じ様に表情に出さない人の気持ちがわかるようになりました。マールさんはパトリシア様が大好きで、今はお子様が無事に生まれる様、毎日祈っておられる」
それは、その通り、だけど。
「…そんなの、ジョーさんじゃなくてもわかるんじゃない?」
「使用人の中にはマールさんの事を感情がない機械の様に思っている人もいます」
ああ、それは良くある事だわ。今も王宮の侍女たちの中でそう思っている人もいるし、パトリシア様が王宮へ上がってからデンゼル家に雇われた使用人ならそう感じる人もいるかも。
「ちなみにですが」
「?」
「ここに来てからの私の渾名は『鉄面皮』です」
「ぶふっ」
至極真顔でジョーンズが言うので、思わずマールは吹き出した。
「笑った…」
そんなマールを見て目を瞬かせるジョーンズ。
マールはコホンと咳払いをすると
「私は昔『仮面』と呼ばれていました」
と言った。
0
お気に入りに追加
35
あなたにおすすめの小説
伯爵令嬢のユリアは時間停止の魔法で凌辱される。【完結】
ちゃむにい
恋愛
その時ユリアは、ただ教室で座っていただけのはずだった。
「……っ!!?」
気がついた時には制服の着衣は乱れ、股から白い粘液がこぼれ落ち、体の奥に鈍く感じる違和感があった。
※ムーンライトノベルズにも投稿しています。
妻のち愛人。
ひろか
恋愛
五つ下のエンリは、幼馴染から夫になった。
「ねーねー、ロナぁー」
甘えん坊なエンリは子供の頃から私の後をついてまわり、結婚してからも後をついてまわり、無いはずの尻尾をブンブン振るワンコのような夫。
そんな結婚生活が四ヶ月たった私の誕生日、目の前に突きつけられたのは離縁書だった。
【短編】悪役令嬢と蔑まれた私は史上最高の遺書を書く
とによ
恋愛
婚約破棄され、悪役令嬢と呼ばれ、いじめを受け。
まさに不幸の役満を食らった私――ハンナ・オスカリウスは、自殺することを決意する。
しかし、このままただで死ぬのは嫌だ。なにか私が生きていたという爪痕を残したい。
なら、史上最高に素晴らしい出来の遺書を書いて、自殺してやろう!
そう思った私は全身全霊で遺書を書いて、私の通っている魔法学園へと自殺しに向かった。
しかし、そこで謎の美男子に見つかってしまい、しまいには遺書すら読まれてしまう。
すると彼に
「こんな遺書じゃダメだね」
「こんなものじゃ、誰の記憶にも残らないよ」
と思いっきりダメ出しをされてしまった。
それにショックを受けていると、彼はこう提案してくる。
「君の遺書を最高のものにしてみせる。その代わり、僕の研究を手伝ってほしいんだ」
これは頭のネジが飛んでいる彼について行った結果、彼と共に歴史に名を残してしまう。
そんなお話。
王太子の子を孕まされてました
杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。
※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。
【R18】殿下!そこは舐めてイイところじゃありません! 〜悪役令嬢に転生したけど元潔癖症の王子に溺愛されてます〜
茅野ガク
恋愛
予想外に起きたイベントでなんとか王太子を救おうとしたら、彼に執着されることになった悪役令嬢の話。
☆他サイトにも投稿しています
私のお腹の子は~兄の子を身籠りました~
妄想いちこ
恋愛
本編は完結済み。
番外編で兄視点をアップします。
数話で終わる予定です。
不定期投稿。
私は香川由紀。私は昔からお兄ちゃん大好きっ子だった。年を重ねるごとに兄は格好良くなり、いつも優しい兄。いつも私達を誰よりも優先してくれる。ある日学校から帰ると、兄の靴と見知らぬ靴があった。
自分の部屋に行く途中に兄部屋から声が...イケないと思いつつ覗いてしまった。部屋の中では知らない女の子とセックスをしていた。
私はそれを見てショックを受ける。
...そろそろお兄ちゃん離れをしてお兄ちゃんを自由にしてあげないと...
私の態度に疑問を持つ兄に...
※近親相姦のお話です。苦手な方はご注意下さい。
少し強姦シーンも出ます。
誤字脱字が多いです。有りましたらご指摘をお願いいたします。
シリアス系よりラブコメの方が好きですが挑戦してみました。
こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる