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「ノックス先生とデリンジャー先生、退職されたんですって」
 パトリシアの兄フレデリックの婚約者ジュリアナが放課後の図書館で本を読んでいたパトリシアに近付いて来て言った。
「そうなの?」
 パトリシアがジュリアナに視線を向けると、ジュリアナはパトリシアの隣の椅子に座る。
「ノックス先生が…生徒と関係を持ったのが学園に知られて、表沙汰にはなっていないから解雇ではないけれど、自主退職されたらしいわ」
 ジュリアナは言い辛そうに言う。
 フェアリ様の名前を口にしたくないのかな?
 パトリシアはそう思い、敢えてそこには触れない事にした。
「デリンジャー先生は?」
 マリアン・ノックスとダニエル・デリンジャーはロードが編入して来るまでは恋人同士だったのだ。
「ノックス先生は伯爵家の領地へ戻られて、デリンジャー先生が追いかけて行かれた…らしいわ。噂だけれど」
「そうなんだ…」
 裏切られても、追いかけて行く程好きだと言う事なのかしら?

「…パトリシア様」
 ジュリアナが俯いて言う。
「ジュリアナ様?」
「あの…フレデリック様は…最近どうされてるの…?」
「え?お兄様?」
「…アラン殿下の付き添いをされていた時に病室をお訪ねしてから…お会いしていないの」
「え!?」
 あれは去年の秋期の始業式より前で、まだ夏季休暇だったんだから…もう半年はゆうに過ぎてるわ。八か月は経つかも。
 ジュリアナ様と最近どう?とか私から聞いてはいないけど、家でのお兄様は変わった様子はない…と思う。
「私が他の男の方に心を寄せたから……だからもう嫌われてしまったのかしら…?」
 瞳を潤ませるジュリアナ。
 お兄様はジュリアナ様がゲームのせいでフェアリ様を好きになったのを知っているから、そんな事はないとは思うけど。
 でも人の気持ちって理屈通りには動かないから、お兄様がどう思っているか、私がここで無責任に代弁する訳にはいかないわ。
「ジュリアナ様、私、週末に家に戻ったらお兄様と話してみるわ。その前にジュリアナ様の今のお気持ちを聞いても良いかしら?」
「…ええ」
 ジュリアナはこくりと頷いた。

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「私が知らないと思ったら大間違いですわよ。殿下」
 今秋に予定されている婚儀のドレスの調整のため王城を訪れていたミッチェルは、帰宅する前に挨拶に訪れたレスターの執務室で二人きりになった時に扇で口元を隠してそう言った。
「何の事だ?」
 レスターは執務机から立ち上がって机の向こうに立つミッチェルに近付きながら首を傾げた。
「…殿下は本当は男色家なんですよね?」
 手を伸ばせば触れられる位置までレスターがミッチェルに近付くと、ミッチェルは一歩後退さがる。
 そして扇で口元を隠したまま、レスターを上目遣いで睨んだ。
「は?」
「とぼけないで。昨年の夏、保養地へロード・フェアリを呼び寄せて…随分お楽しみだったそうですね」
「……え」
 レスターは虚をつかれた様に言葉を詰まらせた。
「お心当たりがおありのようで」
「いや!違う。いや、違わないが、違う!」
「……」
 ミッチェルは慌てるレスターをじっと見ている。
「…一体誰がそんな事をミッチェルの耳に入れた?」
 レスターはため息混じりに言うと、ミッチェルの方へ手を伸ばす。
 ミッチェルはまた一歩退いた。
「つまり事実と認めると?」
「いや。確かにロードを呼び寄せたが、何もしていない」
?」
 また一歩レスターがミッチェルに近付くと、ミッチェルは一歩退く。
「……キスしかしていない」
「キス
 一歩近付くと、一歩退く。
「ああ。それ以上は誓って何も」
「…それは殿下のお心をロード・フェアリが捕えたと言う事でしょう?」
 一歩近付き、一歩退く。
「いや、そうなんだが、違う」
「仰っている意味がわかりません」
 一歩近付き、一歩退く。
「あれはゲームの…」
「ゲーム?」
 一歩近付き、一歩退く。
「…いや。とにかく、今はそんな気持ちは全くない」
「その時にはあった、と」
 一歩近付き、一歩退く。

 何度も一歩近付くと、一歩退くのを繰り返す内、ミッチェルの背中が壁にトンと当たった。
「…!」
 ミッチェルが慌てて横に移動しようとしたとき、レスターはミッチェルを閉じ込める様に、壁に両手をついた。
「……」
 横向きで顔の前と頭の後ろをレスターの手で阻まれたミッチェルは、扇をぎゅっと握りながらレスターを横目で見上げた。

「ミッチェル。一体誰がこの話を君の耳に入れた?」
 レスターはミッチェルの顔に自分の顔を近付けながら言う。
「……」
 ミッチェルはレスターから目を逸らし、俯く。
「…誰が、という事が、私に対して弁明をされたり誤解を解こうとされるより大切な事なのですか?」
 小さな声で呟く。その言葉は、扇で口元が見えないのでレスターにはよく聞こえなかった。
「何?」
 ミッチェルは顔を上げると、横目でレスターを睨む。
「…殿下なんか、大嫌いですわ!」
 ミッチェルはそう言うと、レスターの腕の下をり潜り向け、ドレスの裾を摘んで執務室の扉に向かって駆け出した。


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