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 どうしてこんなにパトリシア様に対して憎しみが湧いて来るのだろう?
 アレン殿下がパトリシア様をずっと想っていらしたのは知っていたわ。
 もしもその想いが通じたら、私との婚約は解消されるのかしら?もしそうなったら私の婚約者はアラン殿下になったり?それとも他国の王子とか?
 私が婚約解消は嫌と言えばアレン殿下とパトリシア様は駆け落ちをされたりして?愛し合う二人が手に手を取って…物語みたいで素敵ね。
 …でも、それだと私が捨てられたのが周りにありありとわかってしまうから、それは嫌だわ。

 そんな、想像をしていた。この間まで。
 同時に、パトリシア様が妬ましかった。
 あんな風に男の方から想われるって、どんな感じだろう。
 私には縁のない世界。私が本や舞台でしか知らない「恋」を目の前でしているのは私の婚約者。実る訳がない想いでも、そんな気持ちを私も誰かに向けられてみたかった。…向けてみたかったな。

「ベスちゃんって呼んで良い?」
 ニコニコとして近付いて来たのは女の子みたいにかわいい男子。
「ベスちゃん気が強そうでかわいいよね。ああ、俺ベスちゃんに殴られてみたいなあ」
 …変態だわ。でも王子の婚約者である私に声を掛けてくる男性は初めて。

 でも、ロード様が好きなのも、パトリシア様。
 アラン殿下も婚約者に裏切られたのに、パトリシア様を「大切な女の子」だって言うのね…

 どうして?
 どうして皆パトリシア様が好きなの?

-----

「ベスちゃん」
 ロードの声でエリザベスは我に返る。
 のろのろと顔を上げるとロードが微笑んでエリザベスを見ていた。
「?」
「ベスちゃん、俺、伯爵家を出ようと思うんだ」
「急に…何ですの?」
「もう俺は伯爵位は継げないし、この家に居ない方が良いと思うんだよね」
 義父上と義母上に子供が生まれたら、男の子なら跡取りだし、女の子なら婿を取るだろうし、もし子供が生まれなくても、また養子を迎えるだろうし、俺みたいな前科者は邪魔なだけだよな。
 ロードは自分の言葉にうんうんと頷きながら言う。
「それでね、俺、医者になろうと思うんだよ」
「…はい?」
「図らずも薬草の知識は増えたし、禁錮の間も勉強すれば学園の卒業資格はもらえるし、まずは薬剤師の資格を取って、それから医師の資格を取って、最終的には王城の医療棟で働きたい」
「…はあ」
 何を唐突に言い出したんだろう?と言う表情でエリザベスはロードを見ている。
「王城の医療棟で?」
 アランが言うと、ロードはにんまりと笑う。
「王城の医療棟の医師や看護師はいわば国家公務員じゃん」
「国家公務員?」
 アランが不思議そうに言う。
 ああ、ここには公務員って言葉はないんだっけ。
「いや、気にしないで。とにかく医療棟の医師ってお給料良いんだろ?」
「まあ、それなりに」
 アランが言うと、ロードは満足気に頷く。
「だから。でね、ベスちゃん」
 ロードはエリザベスを見るとにっこりと笑った。
「はい?」
「ダメ元で言うけど、そうなったら、俺と結婚しない?」
「………は?」
「なっ!ロード、何を言って…」
 アランが驚いて言う。エリザベスはぽかんと口を開いてロードを見ていた。

「だから駄目で元々だってば。公爵令嬢であるベスちゃんが、爵位を継げなくなった伯爵家の厄介息子、しかも養子。いくらお給料が良くて使用人くらい余裕で雇えるって言っても、一介の医者の所へお嫁に行くなんてあり得ないのはわかってるって。でも一応言っておきたかったんだよ」
「…何故?」
 エリザベスは呆然としながら問う。
 ロードはにっこりと笑う。
「ベスちゃんがかわいくて、好きだなあと思ったんだ」
「え?」
 かわいい?私が?
 好き?え?好きなの?ロード様が私を?
 目をパチクリさせるエリザベス。アランはロードとエリザベスを交互に見ている。
「ロード様はパトリシア様をお好きなのではないのですか?」
「俺はパティが幸せになる処を見たいんだ。俺が幸せにするつもりだったけど、それはアレン殿下に任せる事にしたから…うーん、要するにパティに対しては『好き』とかそういうのじゃないんだよね」
 よくわからないけれど、ロード様はパトリシア様に「恋」をしている訳ではない、という事なのかしら?
「では、参考までにひとつお窺いしたいのですが」
 エリザベスは人差し指を口元に当てて小首を傾げて言う。
「うん?」
「その、薬剤師と医師の資格を取って王城の医療棟で働けるまでには何年かかるんでしょう?」
「そうだねぇ。学園卒業の年から早くて五年って処かな?」
「五年…二十三歳くらい…?」
 エリザベスが視線を上に向けて呟くと、ロードはテーブルに手をついてエリザベスの方へ身を乗り出した。
「待っててくれる?」
 そんなロードの様子を見て、アランは慌てて言った。
「待っ!だっ、駄目で元々なら、俺だって!」


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