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「パティ、俺がアレンだとわかるのか?」
 アレンがパトリシアの顔を覗き込む。パトリシアはこくんと頷いた。
「もしかして…舞踏会の時にも俺だとわかっていたのか?」
 もう一度こくんと頷く。
 じゃあパティがあの時「好き」と呟いたのは…

「うぅ…ごめ……」
「パティ?」
 パトリシアの顔を見ると、涙がボロボロと溢れている。
「アレンが…好きで…ごめんな…い」
 震える唇で言う。
「…!」
 アレンはパトリシアの両腕を掴んで引き剥がす。
 はだけたブラウスと胸元が目に入り、アレンは「チッ」と舌打ちをすると自分の上着を脱いでパトリシアの肩に掛けた。
 パトリシアは掛けられた上着の前を合わせて俯く。
「…ごめ…なさい」
 俯くパトリシア。腿に涙がパタパタと落ちる。
 泣かないでくれ。パティ。
 パティが俺の事を好きだとわかって、物凄く嬉しいのに、物凄く苦しい。

「誰か女性に来てもらうから待っていろ」
 アレンが立ち上がってパトリシアに背を向けると、パトリシアは手を伸ばしてアレンが床に刺した剣を引き抜いた。
「パトリシア!?」
 震える両手で剣を立てて持つ。
「……アレン」
「危ないから、離せ。パトリシア」
 アレンが剣へ手を伸ばすと、パトリシアはその手を避けるように剣を引いて自分の身体に近付ける。
 重い剣だ。少しぐらつくだけでパトリシアに傷を付けるかも…
「…薬のせいでも…脅されたからでも…良いから」
「パトリシア?」
「行かないで…アレン…」
 涙で濡れた顔でアレンを見るパトリシア。
「……」
「…アレンが好きなの。だから…」
「駄目だ」
 パトリシアの言いたい事を理解したアレンはパトリシアの目を見ながら言う。
 パトリシアは首を横に振った。
「私…婚約を解消されたら…ううん、されなくても…修道院へ行く」
「パトリシア!」
 駄々をこねる子供を嗜めるように言うアレン。
「…だって…」
 くしゃりと顔を歪ませてパトリシアは言った。
「アレンじゃなきゃ…嫌なんだもん」

「……はあ」
 アレンが息を吐くと、パトリシアの肩がピクンと揺れた。
 アレンは嫌よね…わかってる。でも…
「パティ。手を離せ」
 パトリシアの前にしゃがみ込むと、アレンは剣を握ったパトリシアの両手を自分の両手でそっと包む様に握った。
 ふるふると首を横に振るパトリシアに微笑み掛ける。
「…アレン?」
 少し力の抜けたパトリシアの手から剣を取ると、床に置く。
 そのまま、パトリシアの手を取りチュッと口付けた。
「鍵を掛けて来る」

 開け放たれていた扉を閉めると、鍵を掛け、ネクタイを緩めながらパトリシアの側に戻って来る。
「パティ」
 ソファに膝をついてパトリシアを抱きしめた。
「アレン…ごめんなさい…」
 パトリシアもアレンの背中へ手を回す。
「謝る事はないんだ。俺だってパティが好きなんだから」
「…え?」
「俺も、昔からずっとパティが好きだった」
「…嘘…ん」
 パトリシアの唇を塞ぐようにキスをする。
 ああそうか。私のために「そう言う事」にしてくれるのね。それでも良いの。嘘でも好きって言ってもらえて嬉しいから。
「パティ…」
 唇を合わせたままで甘く名を呼ばれて脳が痺れる様な感覚を覚える。ぬるりと舌が入って来て背筋をゾクゾクと快感が登った。
「ん…」
「ああ…パティ…好きだ…」
 ロードにされた時とは全然違う。幸せで、蕩けそう。

 キスが首筋から降りて行って、胸元で止まる。
 鎖骨の下にロードがつけたキスマークがアレンの目に入った。
 他の男につけられた標。悔しさと嫉妬がアレンを襲う。
「パティ…この痕、何個つけられた?」
 赤い痕を指でなぞる。
「…え」
 パトリシアはウロウロと視線を彷徨わせた。
「あ…あの…」
「パティに怒ってるんじゃないんだ。こんな事されないように護ってやりたかったのに…」
 赤い痕の上に口付けると、同じ所を強く吸った。
「んっ」
「あとは、どこ?」
「…もう少し下へ…」
 唇を下へと這わせる。膨らみの上側にも赤い痕。
 パティの胸に口付けたのか。
 ここへ入った時、スカートも捲り上げられていたな。
 クソ…あの男…殺してやりたい。
 同じ所を吸って痕を濃くした。
 パトリシアの身体がピクンと小さく跳ねる。
「他には?」
 頬を赤く染めたパトリシアが首を横に振る。
 パティ。俺のパティ。他の男の痕跡など跡形もなく消し去ってしまいたい…
「どれがあの男がつけた痕か、わからなくしてやる」
 
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