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「はっ…あ…ああ…」
「先生、声が大きいですよ」
「…ん…だって」
 鍵の掛かった教員準備室で、椅子に座る男とそれに跨る女の二つの影が重なって上下に揺れている。
「ねぇ…私の事好き?」
「嫌いな人とはこんな事しませんよ」
「好きかどうか聞いたのに…狡い…」
「そうですね。先生が早く俺の希望を叶えてくれれば言いますよ」
「希望…」
「忘れたんですか?」
 男はピタリと動きを止める。
「わ、忘れてないわ。ちゃんと王太子殿下に会わせる機会を作るから」
「本当ですか?」
「本当よ。本当だから、動いてぇ…」
「早目にお願いします」
 男はくっと笑うと、腰を大きく動かした。
「ああ…!」
 女の悲鳴のような声が誰も居ない廊下に小さく響いた。

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「アラン!」
「パティ。久しぶり」
 生徒会室に行く途中の廊下でアランを待ち伏せしていたパトリシア。現れたアランはライネルと一緒だった。
「『久しぶり』じゃないわ。確かに久しぶりだけど、もう三か月よ?もうすぐ舞踏会よ?」
「あ、ドレス気に入ってくれた?」
 唇を尖らせるパトリシアに、アランは悪びれた様子もなく笑顔を向けた。
「……」
「俺、先に行ってます」
 あまりにもあっけらかんとしたアランにパトリシアが閉口していると、ライネルが二人に小さく頭を下げて去って行った。

 舞踏会まであと二週間、ロードを生徒会室に案内した時以来ずっとアランとパトリシアは会っていなかった。
 中庭のベンチに並んで座ると、パトリシアは言う。
「ドレスは確かに気に入ったけど、ドレスも一方的に家へ送るだけで…今まで薬学研究に夢中な時期でも会わないままで一か月も経った事なんてなかったのに、どうしたの?」
「三か月も経ったなんて思ってなかったんだ。今までは程々の処でアレンが『そろそろパトリシアに連絡しろ』って言ってくれてたから…」
「え?アレン殿下が?」
「うん。俺、没頭しちゃうと他の事に頭が回らなくなっちゃうから…でもアレンも今年生徒会長になって忙しいから俺の事まで構ってられなくなったのかな?」
「そう…」
 アランが私の事が頭に失くなる位、薬学研究に没頭するのは想像が付くわ。それをアレン殿下が嗜めてくれていた…でも最近はアレン殿下の頭にも私の事が失くなったと言う事…?
 ううん。そもそもアレン殿下も、私の事じゃなくて、アランの事を思っていただけよ。
「それにロードが良くパティの話をしてくれるから、あんまり会っていない気がしてなかったし」
「…え?」
 フェアリ様が?私の話?
「『今日パトリシアちゃんがこんな事を言った』とか『こんな事してた』とか『誰それと話してた』とか」
「ええ!?そんな事生徒会室で話してるの?」
「あ、いや…生徒会室と言うか…」
 急に俯いて口籠るアラン。
「え?じゃあどこで…」
「…寮の、俺の部屋」
 いつの間に部屋に行き来する程仲良くなったの?フェアリ様もそんな事全然言ってなかったのに。
「な、何してるの?部屋で…」
 パトリシアが窺うように言うと、アランの頬が赤く染まった。
 …何?何で赤くなるの…?
 まさか、本当にヒロインに攻略されてるの?
「いや、まあ、男同士の話と言うか…」
 男同士の話って何?
「ふっ二人きりで!?」
「え!?あ、まあ、二人の事が多いか!?」
 アランの視線がウロウロと動く。
「男同士の話って、何を話すの?私、フェアリ様と席が隣りで話もするけど、フェアリ様からはアランと親しくなったなんて聞いてないけど?」
「それは男同士の話だから言えない…けど、ロードは別に俺と親しくなったとかパティにわざわざ言わないだけじゃないのか?」
 わざわざそれを言わない方が不自然だと思うけど。
「じゃあライネルさんは?良く一緒に居るみたいだけど、部屋には来ないの?」
「ライネル?ライネルは部屋には来ないかな」
 何となくなんだけど、フェアリ様からライネルさんに話が逸れたからホッとしてるように見える…穿った見方し過ぎなのかしら、私。
「そうなの?じゃあ良く一緒にいるのは何故なの?」
「ライネルの家が貿易商だから、外国の珍しい薬草の種とかを融通してもらってて。で、学園の花壇に植えて、それの世話を良く一緒にしてるんだ」
 これだけスラスラ言葉が出て来るって事はライネルさんに関しては本当の事を言ってるのかも。
 でもフェアリ様については目が泳いでて明らかに挙動不審だわ。
「学園の花壇に薬草を植えて大丈夫なの?」
「触るとかぶれるとか、口にすると毒になるような危ない物はないよ。ハーブの延長みたいな物だよ」
「そう…」
「もう、行かなくちゃ。舞踏会近いし忙しいんだ」
 ベンチから立ち上がりながらアランが言う。
「舞踏会の日は開会式に役員として出席しなきゃいけないから早目に迎えに行くよ」
「…うん。わかったわ」
 小さく手を振って去って行くアランを、パトリシアはベンチに座ったまま見送った。


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