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番外編4
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2-1
「ルイス君?」
「…はい?あの…どちら様ですか?」
「リンジー・オルディスの父です」
「!!」
国王陛下の誕生パーティーで、リンジーの父から声を掛けられたルイスは思わず踵を返して逃げようとした。
グラフトン公爵家の嫡男に「リンジーに近付くな」と言われていたのに。
このパーティーにはリンジーもあのグラフトン公爵家の嫡男も出席しない筈で、子爵家の三男の自分が陛下の誕生パーティーに出席する機会など二度とないかも、と思って出席したが、これはやはり取り止めるべきだったのか?
「ああ。君を咎めに来た訳ではないから逃げないでくれ」
リンジーの父はルイスの腕を掴んで言う。
「いえ、しかし…リ…リンジーに近付くなと言われておりまして。あ、いえあのリンジーさんに、です」
「ヒューイ君から?」
「はい」
コクコクと頷くルイスに、リンジーの父は苦笑いを浮かべた。
「そうか。まあでも大丈夫だよ。ヒューイ君もリンジーもまだ学園生だから陛下の誕生パーティーには出ないし、ヒューイ君の父上グラフトン公爵は今陛下と妃殿下にご挨拶中だから」
ルイスは一段高い位置に置かれた王と、王妃、王太子の席へと視線をやる。
王と談笑している黒髪の男性が見えた。
遠目でよく見えないが、確かにヒューイ・グラフトンに似ている気がするな。
「我が家もパーティーに出席するような状況ではないが、君が来るとリンジーから聞いていたから少しだけ会いに来たんだよ」
「俺…いえ、私に会いに、ですか?」
「そう。目立ってはいけないから、バルコニーに出ようか?」
リンジーの父はルイスに笑い掛けた。
まだパーティーは始まったばかりで、陛下への挨拶の列は長く、バルコニーには誰もいなかった。
「リンジーがヒューイ君との婚約を嫌がって君と『浮気』をしたと聞いたのだが」
バルコニーでルイスに向き合ったリンジーの父は眉を顰めて言う。
「…はい」
咎めに来た訳ではないと言っていたが、やはり何らかの制裁を与えるためにわざわざ俺に会いに来たのか?
「娘の身勝手に巻き込んでしまってルイス君には本当に申し訳ない事をした」
リンジーの父が頭を下げた。
「!?」
…は?
伯爵が、子爵家の三男に、頭を下げた…?
ルイスは驚きの余り声も発せずにリンジーの父を見つめる。
「グラフトン公爵は事の仔細も君の事も知らないから安心すると良い。ただリンジーのせいで未来のグラフトン公爵に睨まれる羽目になって…本当に申し訳ない」
頭を下げたまま言う。
確かにグラフトン公爵家の嫡男の婚約者の父が、名もなき子爵家の三男坊に頭を下げる画は、パーティー会場の中で途轍もなく目立つだろう。バルコニーに出ようと言ったリンジーの父は本当にルイスに謝罪するつもりであった事がよくわかった。
それに多分、目立ってしまって「あれは誰だ」と俺に注目が集まらないように配慮してくださったんだ。
「いいえ!私の方こそリンジーさんに酷い事を言って、酷い事をしたんです!申し訳ございません!」
ルイスが頭を下げると、リンジーの父は頭を上げて、ルイスにも頭を上げるように促す。
「ありがとう。ルイス君」
リンジーの父は笑って手を差し出した。
「…礼を言われるのはおかしいかと」
ルイスは困ったように少し首を傾げる。
「そうだな」
おずおずと差し出されたルイスの手を、リンジーの父は力強く握った。
-----
「次にオルディス伯に会ったのはヒューイ殿がオルディス家の領地で製鉄事業を始めた時だな。我が家に急にやって来て『事務方が必要なんだ。ルイス君働かないか?』と」
ルイスがペン尻を顎に当てながら言うと、向かいの机に座っていたアンジーが驚いたように瞬きをした。
「いきなりですか?」
「ああ。何の予告もなかったな」
「それは…父上らしいと言うか…でもそれでルイス様は製鉄所で働いてくださってるんですね」
「そうだな。オルディス家の領地と我が家の領地が近いから俺の事を思い出したと言われていたが、子爵家の三男は実家の手伝いだけでは肩身が狭い。アンジーの父上はそれも慮ってくださったんだと思うぞ」
「父上が?」
「アンジーは父上の事をただのお人好しのように思っているようだが、伯は結構な『人たらし』だぞ」
ルイスがニヤリと笑って言う。
「はあ…」
「今でこそ復興も事業も軌道に乗って来たが、グラフトン家がオルディス家の復興に資金を出す前、領民が窮困していた時でも領主への不満を言う者はほぼいなかったらしいし」
「そうなんですか?」
ルイスが意外そうに言うと、ルイスは頷いた。
「それに、俺が伯爵家の嫡男であり、この製鉄所の次期所長であるアンジーを呼び捨てにして平語で話しても全く咎めないし。つくづく伯は寛大だ」
頷きながら言うルイス。
「次期所長って…僕が学園を卒業するのは来年だし、それから本格的に仕事を学ぶんですから、ルイス様は大先輩ですし、呼び捨て平語も当然ですよ」
「普通の貴族社会はそうじゃないんだよなぁ。現にヒューイ殿は俺より年下だが絶対に平語では話せないぞ」
「それは…ヒューイ兄さんの個人感情のせいかと…」
「ルイス君?」
「…はい?あの…どちら様ですか?」
「リンジー・オルディスの父です」
「!!」
国王陛下の誕生パーティーで、リンジーの父から声を掛けられたルイスは思わず踵を返して逃げようとした。
グラフトン公爵家の嫡男に「リンジーに近付くな」と言われていたのに。
このパーティーにはリンジーもあのグラフトン公爵家の嫡男も出席しない筈で、子爵家の三男の自分が陛下の誕生パーティーに出席する機会など二度とないかも、と思って出席したが、これはやはり取り止めるべきだったのか?
「ああ。君を咎めに来た訳ではないから逃げないでくれ」
リンジーの父はルイスの腕を掴んで言う。
「いえ、しかし…リ…リンジーに近付くなと言われておりまして。あ、いえあのリンジーさんに、です」
「ヒューイ君から?」
「はい」
コクコクと頷くルイスに、リンジーの父は苦笑いを浮かべた。
「そうか。まあでも大丈夫だよ。ヒューイ君もリンジーもまだ学園生だから陛下の誕生パーティーには出ないし、ヒューイ君の父上グラフトン公爵は今陛下と妃殿下にご挨拶中だから」
ルイスは一段高い位置に置かれた王と、王妃、王太子の席へと視線をやる。
王と談笑している黒髪の男性が見えた。
遠目でよく見えないが、確かにヒューイ・グラフトンに似ている気がするな。
「我が家もパーティーに出席するような状況ではないが、君が来るとリンジーから聞いていたから少しだけ会いに来たんだよ」
「俺…いえ、私に会いに、ですか?」
「そう。目立ってはいけないから、バルコニーに出ようか?」
リンジーの父はルイスに笑い掛けた。
まだパーティーは始まったばかりで、陛下への挨拶の列は長く、バルコニーには誰もいなかった。
「リンジーがヒューイ君との婚約を嫌がって君と『浮気』をしたと聞いたのだが」
バルコニーでルイスに向き合ったリンジーの父は眉を顰めて言う。
「…はい」
咎めに来た訳ではないと言っていたが、やはり何らかの制裁を与えるためにわざわざ俺に会いに来たのか?
「娘の身勝手に巻き込んでしまってルイス君には本当に申し訳ない事をした」
リンジーの父が頭を下げた。
「!?」
…は?
伯爵が、子爵家の三男に、頭を下げた…?
ルイスは驚きの余り声も発せずにリンジーの父を見つめる。
「グラフトン公爵は事の仔細も君の事も知らないから安心すると良い。ただリンジーのせいで未来のグラフトン公爵に睨まれる羽目になって…本当に申し訳ない」
頭を下げたまま言う。
確かにグラフトン公爵家の嫡男の婚約者の父が、名もなき子爵家の三男坊に頭を下げる画は、パーティー会場の中で途轍もなく目立つだろう。バルコニーに出ようと言ったリンジーの父は本当にルイスに謝罪するつもりであった事がよくわかった。
それに多分、目立ってしまって「あれは誰だ」と俺に注目が集まらないように配慮してくださったんだ。
「いいえ!私の方こそリンジーさんに酷い事を言って、酷い事をしたんです!申し訳ございません!」
ルイスが頭を下げると、リンジーの父は頭を上げて、ルイスにも頭を上げるように促す。
「ありがとう。ルイス君」
リンジーの父は笑って手を差し出した。
「…礼を言われるのはおかしいかと」
ルイスは困ったように少し首を傾げる。
「そうだな」
おずおずと差し出されたルイスの手を、リンジーの父は力強く握った。
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「次にオルディス伯に会ったのはヒューイ殿がオルディス家の領地で製鉄事業を始めた時だな。我が家に急にやって来て『事務方が必要なんだ。ルイス君働かないか?』と」
ルイスがペン尻を顎に当てながら言うと、向かいの机に座っていたアンジーが驚いたように瞬きをした。
「いきなりですか?」
「ああ。何の予告もなかったな」
「それは…父上らしいと言うか…でもそれでルイス様は製鉄所で働いてくださってるんですね」
「そうだな。オルディス家の領地と我が家の領地が近いから俺の事を思い出したと言われていたが、子爵家の三男は実家の手伝いだけでは肩身が狭い。アンジーの父上はそれも慮ってくださったんだと思うぞ」
「父上が?」
「アンジーは父上の事をただのお人好しのように思っているようだが、伯は結構な『人たらし』だぞ」
ルイスがニヤリと笑って言う。
「はあ…」
「今でこそ復興も事業も軌道に乗って来たが、グラフトン家がオルディス家の復興に資金を出す前、領民が窮困していた時でも領主への不満を言う者はほぼいなかったらしいし」
「そうなんですか?」
ルイスが意外そうに言うと、ルイスは頷いた。
「それに、俺が伯爵家の嫡男であり、この製鉄所の次期所長であるアンジーを呼び捨てにして平語で話しても全く咎めないし。つくづく伯は寛大だ」
頷きながら言うルイス。
「次期所長って…僕が学園を卒業するのは来年だし、それから本格的に仕事を学ぶんですから、ルイス様は大先輩ですし、呼び捨て平語も当然ですよ」
「普通の貴族社会はそうじゃないんだよなぁ。現にヒューイ殿は俺より年下だが絶対に平語では話せないぞ」
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