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番外編1
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1-1
ちちうえ、ははうえ、どうしてぼくだけいっしよにいられないの?
あにうえにあいたいのに、どうしてあえないの?
ぼく、このままよそのおうちのこになっちゃうの?
「…ト、ケント」
肩を揺らされて見が覚めると、黒い髪で緑の瞳の男の子がケントの顔を覗き込んでいた。
「うなされてた。大丈夫?」
「ヒューイ」
ああ、そうか昨夜眠れなくてヒューイの部屋に来て、そのまま眠ってしまったのか。
ケントがヒューイの家に来て一年が経つ。
その間、王妃であるケントの母が五度、ケントに会いにグラフトン公爵家を訪れたが、父王と兄王子には一度も会えていなかった。
「まだ夜中だよ。寝よう」
ヒューイが眠そうにあくびをしながら言う。
「ヒューイ、起こした?ごめん」
「ううん。うーんって聞こえてたまたま目が覚めただけ」
それを起こしたって言うんだよ。
そういえば、兄上とは一緒のベッドで眠るなんてした事ないな…
ケントは隣で寝息を立て始めたヒューイを見た。
「王家」とか「王子」とかよくわからないし、僕の家族が他と何だか違うのはわかるけど…僕はこういうのがいいな。
お父さんとお母さんと一緒にご飯を食べて、お兄さんと一緒に寝たり、一家でお出掛けしたり。
大きくなったら、僕もこういうおうちが、欲しいな。
-----
「ケント殿下?」
ユーニスがケントの顔を覗き込みながら言う。
今日はリンジーとヒューイと、ユーニスとケントの四人でピクニックに来ていたのだ。
「…俺はもう『殿下』じゃないよ?」
昼食後に芝生の上で寝転がっていたケントは起き上がると、傍に座っているユーニスに微笑みかけた。
春に臣籍降下し王位継承権を返上したケントは、今は殿下と敬称の付く王族ではなく、公爵位を賜った一貴族だ。
「あ、そうですね。じゃあ何てお呼びすれば…公爵になられたんだから『閣下』?」
「そんなに堅苦しい呼び方はいらないな」
本当はリンジーやヒューイのように「ケント」と呼び捨てで呼ばれたい。が、さすがにそれは無理だろうな。
「では『ケント様』ですかね?」
首を傾げながら言うユーニス。
「そうだな」
湖の畔を歩いているリンジーとヒューイがケントの視界に映る。
ケントの視線に気付いたユーニスは心配そうにケントを見た。
「…殿下、あ、じゃなくて、ケント様」
「うん?」
「その…リンジーの事は…」
言い辛そうなユーニスの様子にケントは思わず笑い出す。
「ははは」
「ケント様?」
目を見開いてケントを見るユーニス。
「リンジーの事はもう吹っ切れているよ」
「そうなんですか?」
不思議そうに首を傾げる。
「ああ。今笑ったのは、ユーニスが余りに心配そうだったから、これが嫉妬なら良いのにと思った自分の都合の良さがおかしかったからだ」
「嫉妬?」
ますますユーニスは目を見開いた。
ケントは少し目を閉じると、ふっと息を吐く。
「いや。何でもない。ユーニスと会うのは卒業パーティー以来だな」
「そうですね」
卒業パーティーで、ケントとユーニスはまたダンスを踊り「もう寮に忍び込む事はできないな」と笑い合った。
実際にケントがユーニスを呼ぶ事はなかったし、ユーニスの部屋へケントが忍んで行ったのもザインとの婚約話が流れた時の一度きりだったのだが。
「ケント様のお屋敷ってヒューイ様の家の近くなんですよね?」
「ああ。家の事を取り仕切るのは初めてだから、父君と母君に習っているが、色々と戸惑っているよ」
父君、母君というのはヒューイの両親の事だ。実の両親である王と王妃の事は父上、母上と呼び、区別しているのだ。
苦笑いしながら言うケントに、ユーニスは頷く。
「我が家には女主人がいないから母君と一緒にリンジーが来てくれる事もあるんだ」
「リンジーが?」
「ああ。リンジーも公爵家の女主人になるべく勉強中だからな。新興の我が家が練習台であり実践の場でもある」
「そういえば、ヒューイ様のお母様に付いて習っているって言ってました。それでケント様のお家にも…」
「そう。それで今度、俺の誕生パーティーをリンジーと取り仕切る事になったんだ」
「え?」
ユーニスは驚いてケントを見た。
「今年は俺も王宮を出たばかりだし、パーティーと言っても極々内輪の物なんだ。それでもその『内輪』の面々が…な」
苦笑いを浮かべるケント。
そうね。内輪と言っても、両親と兄夫婦だけでも国王、王妃、王太子、王太子妃だもの。グラフトン公爵家はかなり家格が高いから、いつかヒューイ様が公爵位を継げば、夜会やパーティーにはかなり高貴な方も招待するだろうし、リンジーが女主人として初めて取り仕切るパーティーの規模としては、ケント様の内輪の誕生パーティーは丁度良いのかも。
でも、それって何だかリンジーがケント様の家の女主人みたいで…
「…本当の女主人をお迎えにならないのですか?」
「うん?」
「ケント様とご結婚される方は、自分より前に女主人みたいな役割をしていた幼なじみの令嬢がいたら…少し嫌なんじゃないかな…と思いまして」
ユーニスは、膝の上に置いた手をモゾモゾと動かしながら言う。
「ああ…まあそうかも知れないな。しかし俺は結婚するつもりはないからいいんだ」
ケントは顎に手を当てて、視線を上に上げながら言った。
ちちうえ、ははうえ、どうしてぼくだけいっしよにいられないの?
あにうえにあいたいのに、どうしてあえないの?
ぼく、このままよそのおうちのこになっちゃうの?
「…ト、ケント」
肩を揺らされて見が覚めると、黒い髪で緑の瞳の男の子がケントの顔を覗き込んでいた。
「うなされてた。大丈夫?」
「ヒューイ」
ああ、そうか昨夜眠れなくてヒューイの部屋に来て、そのまま眠ってしまったのか。
ケントがヒューイの家に来て一年が経つ。
その間、王妃であるケントの母が五度、ケントに会いにグラフトン公爵家を訪れたが、父王と兄王子には一度も会えていなかった。
「まだ夜中だよ。寝よう」
ヒューイが眠そうにあくびをしながら言う。
「ヒューイ、起こした?ごめん」
「ううん。うーんって聞こえてたまたま目が覚めただけ」
それを起こしたって言うんだよ。
そういえば、兄上とは一緒のベッドで眠るなんてした事ないな…
ケントは隣で寝息を立て始めたヒューイを見た。
「王家」とか「王子」とかよくわからないし、僕の家族が他と何だか違うのはわかるけど…僕はこういうのがいいな。
お父さんとお母さんと一緒にご飯を食べて、お兄さんと一緒に寝たり、一家でお出掛けしたり。
大きくなったら、僕もこういうおうちが、欲しいな。
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「ケント殿下?」
ユーニスがケントの顔を覗き込みながら言う。
今日はリンジーとヒューイと、ユーニスとケントの四人でピクニックに来ていたのだ。
「…俺はもう『殿下』じゃないよ?」
昼食後に芝生の上で寝転がっていたケントは起き上がると、傍に座っているユーニスに微笑みかけた。
春に臣籍降下し王位継承権を返上したケントは、今は殿下と敬称の付く王族ではなく、公爵位を賜った一貴族だ。
「あ、そうですね。じゃあ何てお呼びすれば…公爵になられたんだから『閣下』?」
「そんなに堅苦しい呼び方はいらないな」
本当はリンジーやヒューイのように「ケント」と呼び捨てで呼ばれたい。が、さすがにそれは無理だろうな。
「では『ケント様』ですかね?」
首を傾げながら言うユーニス。
「そうだな」
湖の畔を歩いているリンジーとヒューイがケントの視界に映る。
ケントの視線に気付いたユーニスは心配そうにケントを見た。
「…殿下、あ、じゃなくて、ケント様」
「うん?」
「その…リンジーの事は…」
言い辛そうなユーニスの様子にケントは思わず笑い出す。
「ははは」
「ケント様?」
目を見開いてケントを見るユーニス。
「リンジーの事はもう吹っ切れているよ」
「そうなんですか?」
不思議そうに首を傾げる。
「ああ。今笑ったのは、ユーニスが余りに心配そうだったから、これが嫉妬なら良いのにと思った自分の都合の良さがおかしかったからだ」
「嫉妬?」
ますますユーニスは目を見開いた。
ケントは少し目を閉じると、ふっと息を吐く。
「いや。何でもない。ユーニスと会うのは卒業パーティー以来だな」
「そうですね」
卒業パーティーで、ケントとユーニスはまたダンスを踊り「もう寮に忍び込む事はできないな」と笑い合った。
実際にケントがユーニスを呼ぶ事はなかったし、ユーニスの部屋へケントが忍んで行ったのもザインとの婚約話が流れた時の一度きりだったのだが。
「ケント様のお屋敷ってヒューイ様の家の近くなんですよね?」
「ああ。家の事を取り仕切るのは初めてだから、父君と母君に習っているが、色々と戸惑っているよ」
父君、母君というのはヒューイの両親の事だ。実の両親である王と王妃の事は父上、母上と呼び、区別しているのだ。
苦笑いしながら言うケントに、ユーニスは頷く。
「我が家には女主人がいないから母君と一緒にリンジーが来てくれる事もあるんだ」
「リンジーが?」
「ああ。リンジーも公爵家の女主人になるべく勉強中だからな。新興の我が家が練習台であり実践の場でもある」
「そういえば、ヒューイ様のお母様に付いて習っているって言ってました。それでケント様のお家にも…」
「そう。それで今度、俺の誕生パーティーをリンジーと取り仕切る事になったんだ」
「え?」
ユーニスは驚いてケントを見た。
「今年は俺も王宮を出たばかりだし、パーティーと言っても極々内輪の物なんだ。それでもその『内輪』の面々が…な」
苦笑いを浮かべるケント。
そうね。内輪と言っても、両親と兄夫婦だけでも国王、王妃、王太子、王太子妃だもの。グラフトン公爵家はかなり家格が高いから、いつかヒューイ様が公爵位を継げば、夜会やパーティーにはかなり高貴な方も招待するだろうし、リンジーが女主人として初めて取り仕切るパーティーの規模としては、ケント様の内輪の誕生パーティーは丁度良いのかも。
でも、それって何だかリンジーがケント様の家の女主人みたいで…
「…本当の女主人をお迎えにならないのですか?」
「うん?」
「ケント様とご結婚される方は、自分より前に女主人みたいな役割をしていた幼なじみの令嬢がいたら…少し嫌なんじゃないかな…と思いまして」
ユーニスは、膝の上に置いた手をモゾモゾと動かしながら言う。
「ああ…まあそうかも知れないな。しかし俺は結婚するつもりはないからいいんだ」
ケントは顎に手を当てて、視線を上に上げながら言った。
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