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「当然だが、母上は激怒した」
ザインが言うと、リンジーは無言で頷く。
「それはそうよ」
ユーニスが怒りの感情を滲ませながら言った。
「その通りだ。母上は先ず俺と兄上の頬を打ち、渾身の力を込めた拳で父上を殴った」
ザインは自分の左頬を絆創膏の上から撫でる。
「メイナードもザインも結婚なんてしなくて良いわ。いいえ、結婚なんてさせないわ。結婚相手にこんな思いをさせるなんて…絶対に許さない。こんな家、断絶してしまえば良いのよ!」
涙をボロボロと流しながらザインの母は言ったそうだ。
「それから母上は部屋に篭ってしまって…食事も摂らず、呼び掛けても反応がないんだ。心配だが、父上と兄上が学園へ行けと言うから…」
テーブルに両肘をついて、組んだ手に顔を埋め、ため息まじりにザインは言う。
「…泣いて怒鳴っていた母上の表情と、部屋に篭ってしまう前の憔悴し切った、喪心した表情を見て…俺が…俺たちが、リンジーとユーニスにどれだけ残酷な事をしようとしていたのかを思い知ったんだ…リンジー、ユーニス、本当にごめん…」
「ザイン…」
テーブルに額をつけるように頭を下げるザイン。リンジーとユーニスは顔を見合わせてから俯いた。
ヒューイは腕を組んで眉を顰めて目を閉じている。
「俺は『好きになれそう』などと中途半端な気持ちで結婚などしてはいけないと思った。相手の女性を傷付けるだけだから。だからユーニスとの婚約話は白紙に戻す。母上の言葉がなくてもそうすると決めたんだ」
-----
寮の部屋に戻ったユーニスは、鞄をテーブルの上に置くとソファに倒れ込んだ。
「疲れた…」
思わず呟く。
ザインの話を聞いて、精神的な疲労感を覚えていた。
ザイン様のお母様、大丈夫かしら。
尊厳を傷付けられて…今までの生活とか、幸せな気持ちとか、愛情とか、全部崩れるくらいの衝撃だっただろうし。
ある意味リンジーや私は、最初から「契約結婚」だと知っていたから、もしも結婚したとしてもザインのお母様程には傷付かなかったかも知れない。でも傷付くのはやっぱり傷付くだろうから、ザイン様やヒューイ様の謝罪は受け止められる。
でもザイン様のお母様は…謝罪されたとしても受け止める事すらできないかも知れないわ。
コンコン。
ユーニスの部屋の扉がノックされた。
「はい」
リンジーかしら?
ザイン様との話が終わった後、リンジーとヒューイ様は図書室に残っていたけど…
ユーニスはソファから起き上がると、扉の方へと歩いて行く。
「リンジー?」
扉を開けると、そこにマントを掛けてフードを被ったケントが立っていた。
「!?」
「すまん。ユーニス、中に入れてくれるか?」
ケントは小声で言う。
マントとフードで身体と髪を隠しているが、背の高さやシルエットで男性である事はすぐにわかる。ここは女子寮で、男性の存在はご法度なのだ。
「は、はい」
ユーニスが扉の前から身体をずらすと、ケントが部屋の中へ入って来た。
ユーニスは扉を閉めると自分の部屋の中でフードを外すケントを呆然と眺める。
「座ってください。今、鍵を…」
「ああ、いや鍵は掛けなくて良い」
「でも…」
ケント殿下が女子寮に居るなんて、もしも見つかったら殿下の立場的に大問題になるわ。そしてそれが私の部屋なら、殿下と私は「恋人同士」だと思われて、一気に結婚、婚約なんて話になっちゃうかも。
好きでもない私とそんな事になってしまったら、申し訳ないなんてものじゃないわ。
「未婚の令嬢に不名誉な噂が立たないよう、すぐ戻るから」
ケントはソファに座り、扉の近くに立つユーニスを見る。
「リンジーなら、まだ図書室だと思いますが…」
ゆっくりとソファに近付きながらユーニスが言うと、ケントは苦笑いを浮かべた。
「リンジーに会うために寮に忍び込んだのではない」
「え?じゃあ何で…」
「ユーニスに会いに来たんだ」
「私!?…ですか?」
驚くユーニス。
「先程、寮に戻ってきたザインから、少し話を聞いた」
「はい」
ユーニスはケントの正面に座る。
「ザインとの婚約はなくなったと」
ケントは膝の上で手を組んでユーニスを見た。
「あ、はい」
「ユーニスがザインと婚約するのを望んでいたのかどうかはわからないが…もしもユーニスが泣きたくて、誰かに傍にいて欲しいならば、俺を呼んでくれ」
真っ直ぐにユーニスを見ながら言う。
「……え。それ…」
卒業パーティーで私が言った…
「俺はユーニスがそう言ってくれて嬉しかった。だから同じ言葉を贈る」
少し微笑んで言うと、ケントはソファから立ち上がった。
「…それを伝えに来てくださったんですか?」
見つかれば大変な醜聞になるのに…
「ああ。ユーニスの自宅は無理だが、寮なら忍び込めるのは実証済みだ」
ケントは扉の手前で振り向いてニヤリと笑う。
王宮は無理だが、寮なら忍び込むと言ったのもユーニスだ。
「ふふ。ありがとうございます」
ユーニスが笑顔で言うと、ケントは頷いてフードを被り、扉を開けて出て行った。
「当然だが、母上は激怒した」
ザインが言うと、リンジーは無言で頷く。
「それはそうよ」
ユーニスが怒りの感情を滲ませながら言った。
「その通りだ。母上は先ず俺と兄上の頬を打ち、渾身の力を込めた拳で父上を殴った」
ザインは自分の左頬を絆創膏の上から撫でる。
「メイナードもザインも結婚なんてしなくて良いわ。いいえ、結婚なんてさせないわ。結婚相手にこんな思いをさせるなんて…絶対に許さない。こんな家、断絶してしまえば良いのよ!」
涙をボロボロと流しながらザインの母は言ったそうだ。
「それから母上は部屋に篭ってしまって…食事も摂らず、呼び掛けても反応がないんだ。心配だが、父上と兄上が学園へ行けと言うから…」
テーブルに両肘をついて、組んだ手に顔を埋め、ため息まじりにザインは言う。
「…泣いて怒鳴っていた母上の表情と、部屋に篭ってしまう前の憔悴し切った、喪心した表情を見て…俺が…俺たちが、リンジーとユーニスにどれだけ残酷な事をしようとしていたのかを思い知ったんだ…リンジー、ユーニス、本当にごめん…」
「ザイン…」
テーブルに額をつけるように頭を下げるザイン。リンジーとユーニスは顔を見合わせてから俯いた。
ヒューイは腕を組んで眉を顰めて目を閉じている。
「俺は『好きになれそう』などと中途半端な気持ちで結婚などしてはいけないと思った。相手の女性を傷付けるだけだから。だからユーニスとの婚約話は白紙に戻す。母上の言葉がなくてもそうすると決めたんだ」
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寮の部屋に戻ったユーニスは、鞄をテーブルの上に置くとソファに倒れ込んだ。
「疲れた…」
思わず呟く。
ザインの話を聞いて、精神的な疲労感を覚えていた。
ザイン様のお母様、大丈夫かしら。
尊厳を傷付けられて…今までの生活とか、幸せな気持ちとか、愛情とか、全部崩れるくらいの衝撃だっただろうし。
ある意味リンジーや私は、最初から「契約結婚」だと知っていたから、もしも結婚したとしてもザインのお母様程には傷付かなかったかも知れない。でも傷付くのはやっぱり傷付くだろうから、ザイン様やヒューイ様の謝罪は受け止められる。
でもザイン様のお母様は…謝罪されたとしても受け止める事すらできないかも知れないわ。
コンコン。
ユーニスの部屋の扉がノックされた。
「はい」
リンジーかしら?
ザイン様との話が終わった後、リンジーとヒューイ様は図書室に残っていたけど…
ユーニスはソファから起き上がると、扉の方へと歩いて行く。
「リンジー?」
扉を開けると、そこにマントを掛けてフードを被ったケントが立っていた。
「!?」
「すまん。ユーニス、中に入れてくれるか?」
ケントは小声で言う。
マントとフードで身体と髪を隠しているが、背の高さやシルエットで男性である事はすぐにわかる。ここは女子寮で、男性の存在はご法度なのだ。
「は、はい」
ユーニスが扉の前から身体をずらすと、ケントが部屋の中へ入って来た。
ユーニスは扉を閉めると自分の部屋の中でフードを外すケントを呆然と眺める。
「座ってください。今、鍵を…」
「ああ、いや鍵は掛けなくて良い」
「でも…」
ケント殿下が女子寮に居るなんて、もしも見つかったら殿下の立場的に大問題になるわ。そしてそれが私の部屋なら、殿下と私は「恋人同士」だと思われて、一気に結婚、婚約なんて話になっちゃうかも。
好きでもない私とそんな事になってしまったら、申し訳ないなんてものじゃないわ。
「未婚の令嬢に不名誉な噂が立たないよう、すぐ戻るから」
ケントはソファに座り、扉の近くに立つユーニスを見る。
「リンジーなら、まだ図書室だと思いますが…」
ゆっくりとソファに近付きながらユーニスが言うと、ケントは苦笑いを浮かべた。
「リンジーに会うために寮に忍び込んだのではない」
「え?じゃあ何で…」
「ユーニスに会いに来たんだ」
「私!?…ですか?」
驚くユーニス。
「先程、寮に戻ってきたザインから、少し話を聞いた」
「はい」
ユーニスはケントの正面に座る。
「ザインとの婚約はなくなったと」
ケントは膝の上で手を組んでユーニスを見た。
「あ、はい」
「ユーニスがザインと婚約するのを望んでいたのかどうかはわからないが…もしもユーニスが泣きたくて、誰かに傍にいて欲しいならば、俺を呼んでくれ」
真っ直ぐにユーニスを見ながら言う。
「……え。それ…」
卒業パーティーで私が言った…
「俺はユーニスがそう言ってくれて嬉しかった。だから同じ言葉を贈る」
少し微笑んで言うと、ケントはソファから立ち上がった。
「…それを伝えに来てくださったんですか?」
見つかれば大変な醜聞になるのに…
「ああ。ユーニスの自宅は無理だが、寮なら忍び込めるのは実証済みだ」
ケントは扉の手前で振り向いてニヤリと笑う。
王宮は無理だが、寮なら忍び込むと言ったのもユーニスだ。
「ふふ。ありがとうございます」
ユーニスが笑顔で言うと、ケントは頷いてフードを被り、扉を開けて出て行った。
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