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春期の終わりの舞踏会まであと一か月となった頃。
「ユーニス、少し時間をもらえるかな?」
左頬に大きな絆創膏を貼ったザインが週始めの昼休憩の中庭に現れ、ベンチに座ったリンジーとユーニスの前に立って言った。
「どうしたんですか?」
「どうしたの?その頬…」
ユーニスとリンジーは共に自分の左頬を指差しながら言う。
「先ずはユーニスと話して、その辺りの事はその後で」
ザインは苦笑いしながら言った。
昼休憩の中庭には他の生徒たちも居るので、個人的な話しをするには向かない。週末休みまでにはまだ日にちもあるので、その日の放課後の図書室にザインとヒューイ、ユーニスとリンジーが訪れ、リンジーとヒューイから少し離れた場所でユーニスとザインが話しをする事になった。
「ヒューイはザインから何か聞いてるの?」
図書室のテーブルに座り、本を開いて置いてリンジーが聞くと、リンジーの隣に座り本を持ったヒューイは首を横に振る。
「いや。とにかくユーニスに一番に話すと」
「と、言う事はユーニスとの婚約に関係する件なのかしら?」
「そうだろうな」
「あの絆創膏は?」
リンジーとヒューイの座る場所から、声が聞こえない程度に離れたテーブルに向かい合わせで座っているザインとユーニスを見つつ、自分の頬を指差すリンジー。
「それも聞いてはいないが…多分」
ヒューイは右手を頭の横に上げて、そのまま斜め下に振り下ろす。
「平手打ち?」
「おそらく」
ザインが叩かれて、ユーニスとの婚約に関わるって、一体どんな話しなんだろ?
しばらく話した後、ザインが立ち上がり、ユーニスに頭を下げた。座ってザインを身上げるユーニスが両手を横に振っている。
うーん「ごめん」…って軽い感じじゃないわね。「申し訳ない」「いえいえ」かしら。
「あの様子だと、ザインとユーニスの婚約はなくなったようだな」
パタンと本を閉じてヒューイが言う。
「…そうね」
ユーニスも立ち上がり、ザインの後ろに付いて歩き出した。
リンジーとヒューイの傍まで来ると、ヒューイが自分の向かい側の席を指差す。
「ユーニスはこっち」
リンジーがユーニスに手招きをし、自分の隣へと座らせた。
三対一で変な座り方だけど、ユーニスとザインの婚約がなくなったのが本当なら二人が並んで座るのも変だものね。
リンジーは自分の隣へ座るユーニスの顔を横目で見る。ユーニスの表情からは特に悲しい嬉しいなどの感情は読み取れなかった。
「兄上が帰って来たんだ」
ザインがそう言うと、ヒューイは瞠目する。
「メイナード兄さんが?」
「そう。一昨日。恋人とは別れたらしい」
ザインのお兄様…同性愛者なのを隠して結婚したけど、結局露見して、恋人だったハウザント家の使用人と駆け落ちしたんだったわよね?
それで次男のザインが伯爵家を継がなくちゃいけなくなってユーニスとのお見合い話になった筈。
という事はお兄様が帰って来たから、ザインが後を継ぐ必要がなくなってユーニスとの婚約がなくなったと言う事?
「ハウザント家はメイナード兄さんが継ぐのか?それでザインが結婚する必要がなくなったのか?」
ヒューイがそう言うと、ザインは頷く。
「しかし次の代はどうするんだ?メイナード兄さんがまた結婚して子をもうけるのか?前の結婚でそれは無理だとわかった筈だろう?」
「そうなんだけど…父上が……」
言い淀みながら、ザインはリンジーとユーニスを見た。
私たちが居ると言い辛い事?
リンジーは同じように感じたらしいユーニスと顔を見合わせると、席を立とうとする。
「待って。リンジーとユーニスには色々迷惑や心配も掛けたし、特にユーニスは婚約の件で俺の都合で振り回したし、偽りなく全てを説明したいんだ」
だから座って。とザインが言うので、リンジーとユーニスはまた椅子に座り直した。
「父上の言葉は、兄上と俺以外の者に聞かせるつもりはなかった言葉なんだ。言い訳にしかならないが…」
ザインはそう言うと、少し息を吸う。
「父上は『子を成すために少しだけ我慢すれば良い。目を瞑り、愛しい男を思い浮かべて妻を抱け』と言った。そして『私にもできたのだから、お前たちにもできる』と」
俯き、視線を落としてザインは言った。
それは…ザインのお父様も同性しか愛せない人で、我慢して……
それで、お兄様とザインを授かったって…事…よね?
「…それを母上に聞かれた」
苦渋の表情でザインが言う。
「それは…」
ヒューイはそう呟くが、次の言葉が出て来ない。
リンジーとユーニスも言葉もなく息を飲んだ。
春期の終わりの舞踏会まであと一か月となった頃。
「ユーニス、少し時間をもらえるかな?」
左頬に大きな絆創膏を貼ったザインが週始めの昼休憩の中庭に現れ、ベンチに座ったリンジーとユーニスの前に立って言った。
「どうしたんですか?」
「どうしたの?その頬…」
ユーニスとリンジーは共に自分の左頬を指差しながら言う。
「先ずはユーニスと話して、その辺りの事はその後で」
ザインは苦笑いしながら言った。
昼休憩の中庭には他の生徒たちも居るので、個人的な話しをするには向かない。週末休みまでにはまだ日にちもあるので、その日の放課後の図書室にザインとヒューイ、ユーニスとリンジーが訪れ、リンジーとヒューイから少し離れた場所でユーニスとザインが話しをする事になった。
「ヒューイはザインから何か聞いてるの?」
図書室のテーブルに座り、本を開いて置いてリンジーが聞くと、リンジーの隣に座り本を持ったヒューイは首を横に振る。
「いや。とにかくユーニスに一番に話すと」
「と、言う事はユーニスとの婚約に関係する件なのかしら?」
「そうだろうな」
「あの絆創膏は?」
リンジーとヒューイの座る場所から、声が聞こえない程度に離れたテーブルに向かい合わせで座っているザインとユーニスを見つつ、自分の頬を指差すリンジー。
「それも聞いてはいないが…多分」
ヒューイは右手を頭の横に上げて、そのまま斜め下に振り下ろす。
「平手打ち?」
「おそらく」
ザインが叩かれて、ユーニスとの婚約に関わるって、一体どんな話しなんだろ?
しばらく話した後、ザインが立ち上がり、ユーニスに頭を下げた。座ってザインを身上げるユーニスが両手を横に振っている。
うーん「ごめん」…って軽い感じじゃないわね。「申し訳ない」「いえいえ」かしら。
「あの様子だと、ザインとユーニスの婚約はなくなったようだな」
パタンと本を閉じてヒューイが言う。
「…そうね」
ユーニスも立ち上がり、ザインの後ろに付いて歩き出した。
リンジーとヒューイの傍まで来ると、ヒューイが自分の向かい側の席を指差す。
「ユーニスはこっち」
リンジーがユーニスに手招きをし、自分の隣へと座らせた。
三対一で変な座り方だけど、ユーニスとザインの婚約がなくなったのが本当なら二人が並んで座るのも変だものね。
リンジーは自分の隣へ座るユーニスの顔を横目で見る。ユーニスの表情からは特に悲しい嬉しいなどの感情は読み取れなかった。
「兄上が帰って来たんだ」
ザインがそう言うと、ヒューイは瞠目する。
「メイナード兄さんが?」
「そう。一昨日。恋人とは別れたらしい」
ザインのお兄様…同性愛者なのを隠して結婚したけど、結局露見して、恋人だったハウザント家の使用人と駆け落ちしたんだったわよね?
それで次男のザインが伯爵家を継がなくちゃいけなくなってユーニスとのお見合い話になった筈。
という事はお兄様が帰って来たから、ザインが後を継ぐ必要がなくなってユーニスとの婚約がなくなったと言う事?
「ハウザント家はメイナード兄さんが継ぐのか?それでザインが結婚する必要がなくなったのか?」
ヒューイがそう言うと、ザインは頷く。
「しかし次の代はどうするんだ?メイナード兄さんがまた結婚して子をもうけるのか?前の結婚でそれは無理だとわかった筈だろう?」
「そうなんだけど…父上が……」
言い淀みながら、ザインはリンジーとユーニスを見た。
私たちが居ると言い辛い事?
リンジーは同じように感じたらしいユーニスと顔を見合わせると、席を立とうとする。
「待って。リンジーとユーニスには色々迷惑や心配も掛けたし、特にユーニスは婚約の件で俺の都合で振り回したし、偽りなく全てを説明したいんだ」
だから座って。とザインが言うので、リンジーとユーニスはまた椅子に座り直した。
「父上の言葉は、兄上と俺以外の者に聞かせるつもりはなかった言葉なんだ。言い訳にしかならないが…」
ザインはそう言うと、少し息を吸う。
「父上は『子を成すために少しだけ我慢すれば良い。目を瞑り、愛しい男を思い浮かべて妻を抱け』と言った。そして『私にもできたのだから、お前たちにもできる』と」
俯き、視線を落としてザインは言った。
それは…ザインのお父様も同性しか愛せない人で、我慢して……
それで、お兄様とザインを授かったって…事…よね?
「…それを母上に聞かれた」
苦渋の表情でザインが言う。
「それは…」
ヒューイはそう呟くが、次の言葉が出て来ない。
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