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「こことここに水路を、こちらへ通してここへ流して行きます」
ヒューイが机に広げられた大きな地図を指差し、右から左、上から下へと指を走らせた。
「結構大掛かりな工事になるな…」
地図を覗き込みヒューイの指差す先を目で追うリンジーの父親は顎に手を当てて低い声で言う。
「更に川との合流部分は掘下げて、大雨での氾濫を防ぎましょう」
「ヒューイ君、いい案だとは思うが…莫大な予算が必要だぞ?」
「グラフトン家…いえ、俺の私財から出します。但し、これは投資です。もちろん後々還元していただく策は考えてあります」
台風や豪雨での自然災害の多いオルディス家の領地。
これは、逆を言えば水と風の量が多いと言う事だ。
ヒューイは水路や河川を整備し、水車や風車を利用した製鉄所を作ると言う。
「グラフトン家の領地では砂鉄が採れる。これをオルディス家の領地で鉄に加工する。上質な鉄は国内外へ高く売れます。鉄製品を作成するのも良いでしょう。な、アンジー」
ヒューイの隣に立って地図を見ていたリンジーの弟、アンジーが名前を呼ばれて顔を上げた。
「僕?」
「アンジーはどんな鉄製品を作れば良いか、売れるか、儲かるか、考えろ。いずれはアンジーが治める土地になるんだからな」
ヒューイは笑いながらアンジーの頭をわしゃわしゃと撫でる。
「はい」
アンジーはヒューイを見上げて頷いた。
「学園へ行ったら工業と経営と統治を学ぶんだ。そして早く俺に利益を還元できるように頑張れよ」
ニヤリと笑うヒューイに、アンジーも父も笑う。
「災害が起きなくなれば一次産業も二次産業も栄えて来るでしょう」
ヒューイがそう言うと、リンジーの父はわずかに涙ぐんだ。
「おじ上?」
「今まで領民には苦労ばかり掛けていたからな…リンジーが婚約解消を選んでいたらますます…そう思えば、私は領主として不甲斐ないばかりだ」
「子に政略結婚を強いる親も多い中、娘の幸せを優先したおじ上を俺は尊敬しています。それに、例えリンとの婚約がなくなったとしても、俺はオルディス家の領地に投資していましたよ。事業として」
ヒューイがそう言うと父は意外そうな表情を浮かべる。
「砂鉄を鉄にするには熱が必要ですが、うちの領地では水力も風力も圧倒的に足りない。だから本当に熱源を作る方法を模索していたんです」
「…ヒューイ君は良い男だな」
父が言うと、ヒューイは眉を寄せて首を傾げた。
「何ですか。急に」
「いやあ…オルディス家の領地への出資がグラフトン家の事業の一環ならば、ヒューイ君は無理にリンジーを娶らなくても良いのではないのか、と思ってな。ヒューイ君くらいの良い男ならリンジーより家柄も人柄も器量も良い相手が他にいくらでも居るだろう?」
「やめてください、おじ上。俺はリンが良いんです」
父は自分より背の高いヒューイを上目遣いで見る。
「そうか?リンジーは見目は地味だし」
「俺は派手な女性は好きではありません」
「気は強いし」
「公爵家の女主人は気弱では勤まりません」
「頭は悪くはないが、だからと言ってさほど良い訳でもない」
「リンは地頭が良いですよ。学問より実践が向いているだけでしょう」
「父上、あまりヒューイ兄さんを試すような事を言わないでください」
アンジーが苦笑いしながら言うと、ヒューイは「試す?」と首を傾げながら顎に手を当てた。
「いや、すまん。どうもヒューイ君が『リンジーが良い』と言っているのが今一つしっくり来なくてな…リンジーの方がヒューイ君に入れ上げているならわかるんだが」
頭を掻きながら言う。
「しっくり来ませんかね?」
顎に手を当てて苦笑いを浮かべるヒューイ。
執務室の扉がノックされ、扉を開けてリンジーが中を覗き込んだ。
「リン」
リンジーの姿を見たヒューイの顔がパッと明るくなる。
「まだお話中ですか?お母様が、今日はどうしてもヒューイと一緒にお茶を飲みたいから様子を見て来いって…」
リンジーがそう言うと、父は笑顔で頭を振った。
「いや、ちょうどきりがいい。休憩にしようか」
執務室を出て、廊下を並んで歩くリンジーとヒューイ。
顔を見合わせて笑いながら話している様子を、後ろを歩く父とアンジーが見ている。
「父上、ヒューイ兄さんにとって姉上は唯一無二の存在らしいんです」
アンジーがそう言うと、父は驚いた表情でアンジーを見た。
「リンジーが?」
「紅茶に薬物が混入されて、姉上がまだ目覚めていない時、ヒューイ兄さんと話したんです。その時そう言ってました」
「そうなのか」
アンジーが頷くと、父は安心したように小さく息を吐く。
廊下の先にはリンジーの頭をポンポンと叩きながら微笑むヒューイと、少し照れた表情のリンジーが見えた。
「こことここに水路を、こちらへ通してここへ流して行きます」
ヒューイが机に広げられた大きな地図を指差し、右から左、上から下へと指を走らせた。
「結構大掛かりな工事になるな…」
地図を覗き込みヒューイの指差す先を目で追うリンジーの父親は顎に手を当てて低い声で言う。
「更に川との合流部分は掘下げて、大雨での氾濫を防ぎましょう」
「ヒューイ君、いい案だとは思うが…莫大な予算が必要だぞ?」
「グラフトン家…いえ、俺の私財から出します。但し、これは投資です。もちろん後々還元していただく策は考えてあります」
台風や豪雨での自然災害の多いオルディス家の領地。
これは、逆を言えば水と風の量が多いと言う事だ。
ヒューイは水路や河川を整備し、水車や風車を利用した製鉄所を作ると言う。
「グラフトン家の領地では砂鉄が採れる。これをオルディス家の領地で鉄に加工する。上質な鉄は国内外へ高く売れます。鉄製品を作成するのも良いでしょう。な、アンジー」
ヒューイの隣に立って地図を見ていたリンジーの弟、アンジーが名前を呼ばれて顔を上げた。
「僕?」
「アンジーはどんな鉄製品を作れば良いか、売れるか、儲かるか、考えろ。いずれはアンジーが治める土地になるんだからな」
ヒューイは笑いながらアンジーの頭をわしゃわしゃと撫でる。
「はい」
アンジーはヒューイを見上げて頷いた。
「学園へ行ったら工業と経営と統治を学ぶんだ。そして早く俺に利益を還元できるように頑張れよ」
ニヤリと笑うヒューイに、アンジーも父も笑う。
「災害が起きなくなれば一次産業も二次産業も栄えて来るでしょう」
ヒューイがそう言うと、リンジーの父はわずかに涙ぐんだ。
「おじ上?」
「今まで領民には苦労ばかり掛けていたからな…リンジーが婚約解消を選んでいたらますます…そう思えば、私は領主として不甲斐ないばかりだ」
「子に政略結婚を強いる親も多い中、娘の幸せを優先したおじ上を俺は尊敬しています。それに、例えリンとの婚約がなくなったとしても、俺はオルディス家の領地に投資していましたよ。事業として」
ヒューイがそう言うと父は意外そうな表情を浮かべる。
「砂鉄を鉄にするには熱が必要ですが、うちの領地では水力も風力も圧倒的に足りない。だから本当に熱源を作る方法を模索していたんです」
「…ヒューイ君は良い男だな」
父が言うと、ヒューイは眉を寄せて首を傾げた。
「何ですか。急に」
「いやあ…オルディス家の領地への出資がグラフトン家の事業の一環ならば、ヒューイ君は無理にリンジーを娶らなくても良いのではないのか、と思ってな。ヒューイ君くらいの良い男ならリンジーより家柄も人柄も器量も良い相手が他にいくらでも居るだろう?」
「やめてください、おじ上。俺はリンが良いんです」
父は自分より背の高いヒューイを上目遣いで見る。
「そうか?リンジーは見目は地味だし」
「俺は派手な女性は好きではありません」
「気は強いし」
「公爵家の女主人は気弱では勤まりません」
「頭は悪くはないが、だからと言ってさほど良い訳でもない」
「リンは地頭が良いですよ。学問より実践が向いているだけでしょう」
「父上、あまりヒューイ兄さんを試すような事を言わないでください」
アンジーが苦笑いしながら言うと、ヒューイは「試す?」と首を傾げながら顎に手を当てた。
「いや、すまん。どうもヒューイ君が『リンジーが良い』と言っているのが今一つしっくり来なくてな…リンジーの方がヒューイ君に入れ上げているならわかるんだが」
頭を掻きながら言う。
「しっくり来ませんかね?」
顎に手を当てて苦笑いを浮かべるヒューイ。
執務室の扉がノックされ、扉を開けてリンジーが中を覗き込んだ。
「リン」
リンジーの姿を見たヒューイの顔がパッと明るくなる。
「まだお話中ですか?お母様が、今日はどうしてもヒューイと一緒にお茶を飲みたいから様子を見て来いって…」
リンジーがそう言うと、父は笑顔で頭を振った。
「いや、ちょうどきりがいい。休憩にしようか」
執務室を出て、廊下を並んで歩くリンジーとヒューイ。
顔を見合わせて笑いながら話している様子を、後ろを歩く父とアンジーが見ている。
「父上、ヒューイ兄さんにとって姉上は唯一無二の存在らしいんです」
アンジーがそう言うと、父は驚いた表情でアンジーを見た。
「リンジーが?」
「紅茶に薬物が混入されて、姉上がまだ目覚めていない時、ヒューイ兄さんと話したんです。その時そう言ってました」
「そうなのか」
アンジーが頷くと、父は安心したように小さく息を吐く。
廊下の先にはリンジーの頭をポンポンと叩きながら微笑むヒューイと、少し照れた表情のリンジーが見えた。
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