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 講堂と校舎との間の庭にあるベンチに並んで座ったリンジーとヒューイ。
 ヒューイはリンジーを抱き寄せると、自分の胸にリンジーの頭を押し付けるようにして抱きしめた。
「こうすれば、顔が見えないから話しやすいか?」
 し…心臓が痛いくらいに脈打って、息も苦しいし、これ、余計に話し辛いんだけど…
 まあ顔を見られながらよりは多少いいかも知れないけど。

「最近ずっと『リン』って呼ぶのね」
 いきなり核心に触れる勇気がなくて、関係ない事言っちゃったわ。
 でもこれも気になってたと言えば気になってた事だけど。
 かなり小さい頃には「リン」と呼ばれてたけど、いつからか「リンジー」になってて、婚約してから時々そう呼ばれる事があって、薬物を盛られた時からはずっと「リン」って呼ばれてる気がする。
 呼ばれ方なんて気にならないけど、ヒューイの方は何か意味があってそう呼ぶのかは気になるわ。
「そうだな」
「何か意味があるの?」
 ヒューイの胸に頬を着けて言う。
 ヒューイの心臓の鼓動が伝わって来て…暖かくて、すごくドキドキするのに、何だか安心する。
「上手く言えないんだが『リンジー』は『皆んなの』だが『リン』は『俺の』だと言う感覚がある」
「え?」

「そもそも、リンジーと呼び始めたのはケントと初めて会った日だ。リンは覚えていないか?」
「そうだった?」
「ケントはよその家に預けられた初日で緊張もしていたんだろうが、そこが逆に王子然として落ち着いているように見えた。それに、端正な顔立ちだろう?俺と同じように『リン』と呼ばれたら、リンがケントを好きになる気がして…取られてしまうと思った。だからケントにはリンジーと呼ぶように言い、それからは俺もずっとリンジーと呼んでいたんだ」
「……」
 取られるって…
 そういえば、ケントもそんなような事言ってたわ。
「ケントもザインもユーニスも、リンの両親も、俺の父母も皆んなリンジーと呼ぶ。リンと呼べるのは俺だけだ」
「……」
 ぎゅうっと抱きしめられる。

「…好き」
 その言葉がするりと口から出た。
「リン?」
 ヒューイが抱きしめた腕を緩めようとするので、リンジーは今まで脇腹に添えていた手を慌てて背中へ回す。
 顔を見られるのは恥ずかしい!
 背中に回した手に力を入れて、ヒューイの胸に額を強く押し付けた。
「そ…そのまま、聞いて」
「わかった」
 改めて、リンジーをぎゅうっと抱きしめる。

「あのね…この間、あの侍女に首を絞められたじゃない?」
「ああ」
「息ができなくて、声も出なくて、苦しくて…心の中で『助けて』って叫んでた」
「ああ」
 ヒューイの手が優しくリンジーの背中を撫でた。
「『助けて、ヒューイ』って…私ヒューイを呼んだの。心の中で」
「…リン」
「死ぬかもと思ったら…私、ヒューイに傍にいて欲しいって…」

 ヒューイはそっとリンジーを抱きしめた腕を緩めると、リンジーの頬に両手を添えて上を向かせる。
 頬を赤くして、少し潤んだ瞳でリンジーはヒューイを見た。
「好き…」
 少し震える声でリンジーが言う。

「ヒューイが好き…ずっと、ずっと好きだった」

 ゆっくりと顔が近付き、唇が重なった。

 数秒で唇を離すと、ヒューイはまたリンジーを抱きしめる。
 ヒューイの肩に顎を乗せたリンジーの頬を涙が伝った。
 ちゃんと、言えた。
 明日の日に、私が、ヒューイが、元気で生きてる確証なんてないんだから、ちゃんと言わなきゃ。来年の卒業パーティーまでなんて待ってられないわ。
 でもやっぱりきっかけは欲しくて…卒業パーティーにエスコートしてもらう今日は、絶対にヒューイに私の気持ちを伝えるんだって、素直に言うんだって、そう決めてたから、ちゃんと言えて良かった…
「リン…好きだ。遠回りしてすまなかった」
 抱きしめられる力の強さでヒューイの気持ちを感じられて、リンジーは首を小さく横に振る。
「ううん…」
 きっと私が素直になるには必要な行程だったんだわ。全部。
「リン、俺と結婚してくれ」
「…うん」
 リンジーが頷くと、ヒューイはリンジーにもう一度キスをした。
 今度は少し長くて…

「ちょっ!ここ、外よ!」
 リンジーは真っ赤になってヒューイの顎を押して顔を離す。
 学園の講堂と校舎の間の庭。人影はないとは言え、講堂では卒業パーティーの真っ最中。
 さすがに、し…した!入れるのはやり過ぎでしょ!?
「誰も見ていない。いや見られてもかまわん」
 至極真面目にヒューイは言う。
「かまう!私はかまうから!」
 首まで真っ赤になってヒューイから身体を離そうとするリンジーを、ヒューイは笑ってまた抱きしめた。



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