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あ、これ、型録でヒューイが選んだドレスに似てるわ。
卒業パーティーの日、グラフトン家の侍女が寮へと持って来たドレスを見て、リンジーはあんぐりと口を開けた。
型録で見たデザインよりシンプルな、スカートに重ねたシフォンレースが美しいドレス。
デザインも好みだし、レースがとっても綺麗だわ。綺麗だけど…
「何でピンク…?」
桃色の生地に薄桃色のレース。
「お色はヒューイ様が指定されていましたよ?」
リンジーにドレスを着せながら侍女が言う。
ヒューイの十二歳の誕生日以来リンジーがピンクを避け始めた事をヒューイが知ったのはついこの間。ドレスを発注した時にはまだ知らなかった筈だ。
それなのにピンクのドレスを作るなんて、ヒューイ何考えてるんだろう?
本当にこういうドレスが私に似合うと思っているのか、それともやっぱりこういうドレスが似合う女性が好みなのか…
ううん。もうそういう事は考えないって決めたじゃない。
リンジーは首を横にぶんぶんと振った。
「リンジー様?」
侍女が不思議そうに鏡越しのリンジーを見る。
「あ、ちょっと頭をスッキリさせようと思って」
グラフトン家のお仕着せを見て、あの侍女の事を思い出した。
あの兄とあの妹の父である子爵は貿易に携わる第二王子派で、ケントの側近に兄を、ケントの第二の家族であるグラフトン公爵家に妹を、それぞれ偵察も兼ねて送り込んでいた。
とは言え、父子爵は穏健派で、第二王子に王位を簒奪させるような謀計をめぐらせる事はなく、兄がケントの側近として勤める内にケントを王位に就かせたいと希うようになったのだ。
第二王子派の家の者がケントの側近となっている以上、通常ならその同じ家の者をグラフトン公爵家が雇う筈がない。第二王子が特定の第二王子派の家と接近しすぎるのは望まれる事ではないからだ。
妹がグラフトン公爵家に雇われたのは、妹が子爵の庶子であり、子爵家の籍に入っていなかったからに他ならない。
妹がグラフトン公爵家に雇われた当時、ヒューイは十歳、妹は十八歳、子供と大人の年齢ではあったが、妹はヒューイに恋をしてしまった。
子爵家の令嬢であっても公爵家に嫁ぐのはほぼ無理だ。それでもヒューイ当人が強く望めば第二夫人にはなれたかも知れない。しかし子爵家の籍に入っていない自分にはそれすらも望めない。
愛人として側に置いてもらうしかない。それでも愛されていれば充分だ。
妹はそう考えたが、邪魔な存在がいた。
リンジーだ。
リンジーの家、オルディス伯爵家もグラフトン公爵家には釣り合わない家格だが、何しろヒューイにとってリンジーは「特別」なのだ。ヒューイ当人が望み、リンジーはいずれ公爵夫人になるだろう。そうなればヒューイは第二夫人も愛人も持たない。何とかしてリンジーをヒューイから引き離さなければ。
ヒューイがリンジーへの想いとは違う気持ちでザインに惹かれているのを察知すると、ザインと、ヒューイを焚き付けた。
ザインなら、結婚する事はできない。ザインと「恋愛」をしている間にヒューイが他の令嬢と偽装結婚する事を決めるか、リンジーが他の令息と婚約してしまえば良い。
そしてヒューイとザインがケントの元を訪れた時にザインを見て気に入っていた兄が、ザインがヒューイを繋ぎ止める助けになる事を期待し、兄にザインを引き合わせる。
ザインには兄は同性愛者なので相談をすれば良いと言い、兄には第二王子派としてケントの友人であるヒューイ、想い人であるリンジーの動向を探るため、とザインと親密になるメリットを説いたのだった。
「出来ましたよ。リンジー様」
侍女に声を掛けられて、リンジーはハッとして鏡を見る。
髪も化粧も整えられて、ピンクの石のネックレスとピアス、同じくピンクのドレスを纏った自分をしげしげと眺めた。
「…悪くは、ない?のかしら?」
小声で呟く。
想像していた程、浮いてはいない…ような気がする。侍女の腕が良かったから?
「とてもお似合いですわ」
侍女がニッコリと微笑んで言った。
「ありがとう」
少し照れながらリンジーがお礼を言った時、部屋のドアがノックされる。
「リン、綺麗だ」
部屋に入って来たヒューイがドレス姿のリンジーを見て笑顔で言った。
「ドレスがね」
恥ずかしくて俯いて言うリンジー。
ああ、また素直じゃない事言っちゃったわ。さっき侍女に言ったみたいに「ありがとう」で良かったのに。
「ドレスも、リンもだ」
笑って言うヒューイを上目遣いで見た。
黒髪を後ろに流し、リンジーのドレスと同じピンクのシフォンレースのクラバット、ピンクのポケットチーフを差し色にした黒の夜会服姿のヒューイ。
悔しいけど、正に「黒の貴公子」だわ。
直視できないくらい格好良い…
「ん?」
ヒューイが俯いたリンジーの顔を覗き込む。
「…ありがと」
頬を赤くして今にも消えそうな声でリンジーが言うと、ヒューイは満足そうに笑って頷いた。
あ、これ、型録でヒューイが選んだドレスに似てるわ。
卒業パーティーの日、グラフトン家の侍女が寮へと持って来たドレスを見て、リンジーはあんぐりと口を開けた。
型録で見たデザインよりシンプルな、スカートに重ねたシフォンレースが美しいドレス。
デザインも好みだし、レースがとっても綺麗だわ。綺麗だけど…
「何でピンク…?」
桃色の生地に薄桃色のレース。
「お色はヒューイ様が指定されていましたよ?」
リンジーにドレスを着せながら侍女が言う。
ヒューイの十二歳の誕生日以来リンジーがピンクを避け始めた事をヒューイが知ったのはついこの間。ドレスを発注した時にはまだ知らなかった筈だ。
それなのにピンクのドレスを作るなんて、ヒューイ何考えてるんだろう?
本当にこういうドレスが私に似合うと思っているのか、それともやっぱりこういうドレスが似合う女性が好みなのか…
ううん。もうそういう事は考えないって決めたじゃない。
リンジーは首を横にぶんぶんと振った。
「リンジー様?」
侍女が不思議そうに鏡越しのリンジーを見る。
「あ、ちょっと頭をスッキリさせようと思って」
グラフトン家のお仕着せを見て、あの侍女の事を思い出した。
あの兄とあの妹の父である子爵は貿易に携わる第二王子派で、ケントの側近に兄を、ケントの第二の家族であるグラフトン公爵家に妹を、それぞれ偵察も兼ねて送り込んでいた。
とは言え、父子爵は穏健派で、第二王子に王位を簒奪させるような謀計をめぐらせる事はなく、兄がケントの側近として勤める内にケントを王位に就かせたいと希うようになったのだ。
第二王子派の家の者がケントの側近となっている以上、通常ならその同じ家の者をグラフトン公爵家が雇う筈がない。第二王子が特定の第二王子派の家と接近しすぎるのは望まれる事ではないからだ。
妹がグラフトン公爵家に雇われたのは、妹が子爵の庶子であり、子爵家の籍に入っていなかったからに他ならない。
妹がグラフトン公爵家に雇われた当時、ヒューイは十歳、妹は十八歳、子供と大人の年齢ではあったが、妹はヒューイに恋をしてしまった。
子爵家の令嬢であっても公爵家に嫁ぐのはほぼ無理だ。それでもヒューイ当人が強く望めば第二夫人にはなれたかも知れない。しかし子爵家の籍に入っていない自分にはそれすらも望めない。
愛人として側に置いてもらうしかない。それでも愛されていれば充分だ。
妹はそう考えたが、邪魔な存在がいた。
リンジーだ。
リンジーの家、オルディス伯爵家もグラフトン公爵家には釣り合わない家格だが、何しろヒューイにとってリンジーは「特別」なのだ。ヒューイ当人が望み、リンジーはいずれ公爵夫人になるだろう。そうなればヒューイは第二夫人も愛人も持たない。何とかしてリンジーをヒューイから引き離さなければ。
ヒューイがリンジーへの想いとは違う気持ちでザインに惹かれているのを察知すると、ザインと、ヒューイを焚き付けた。
ザインなら、結婚する事はできない。ザインと「恋愛」をしている間にヒューイが他の令嬢と偽装結婚する事を決めるか、リンジーが他の令息と婚約してしまえば良い。
そしてヒューイとザインがケントの元を訪れた時にザインを見て気に入っていた兄が、ザインがヒューイを繋ぎ止める助けになる事を期待し、兄にザインを引き合わせる。
ザインには兄は同性愛者なので相談をすれば良いと言い、兄には第二王子派としてケントの友人であるヒューイ、想い人であるリンジーの動向を探るため、とザインと親密になるメリットを説いたのだった。
「出来ましたよ。リンジー様」
侍女に声を掛けられて、リンジーはハッとして鏡を見る。
髪も化粧も整えられて、ピンクの石のネックレスとピアス、同じくピンクのドレスを纏った自分をしげしげと眺めた。
「…悪くは、ない?のかしら?」
小声で呟く。
想像していた程、浮いてはいない…ような気がする。侍女の腕が良かったから?
「とてもお似合いですわ」
侍女がニッコリと微笑んで言った。
「ありがとう」
少し照れながらリンジーがお礼を言った時、部屋のドアがノックされる。
「リン、綺麗だ」
部屋に入って来たヒューイがドレス姿のリンジーを見て笑顔で言った。
「ドレスがね」
恥ずかしくて俯いて言うリンジー。
ああ、また素直じゃない事言っちゃったわ。さっき侍女に言ったみたいに「ありがとう」で良かったのに。
「ドレスも、リンもだ」
笑って言うヒューイを上目遣いで見た。
黒髪を後ろに流し、リンジーのドレスと同じピンクのシフォンレースのクラバット、ピンクのポケットチーフを差し色にした黒の夜会服姿のヒューイ。
悔しいけど、正に「黒の貴公子」だわ。
直視できないくらい格好良い…
「ん?」
ヒューイが俯いたリンジーの顔を覗き込む。
「…ありがと」
頬を赤くして今にも消えそうな声でリンジーが言うと、ヒューイは満足そうに笑って頷いた。
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