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 あの時紅茶を淹れた侍女は、ヒューイとリンジーにお茶を出すために厨房に行くと既にあの侍女が先回りしてお茶の準備を整えていたと言った。
 その侍女はそれきりグラフトン家から姿を消し、捕縛されている兄とその侍女の実家である子爵家にも戻っていない。

「あれから二か月経つんだから、もう良くない?」
 リンジーの部屋のソファに座ってリンジーがそう言うと、隣りに座って本を読んでいたヒューイは憮然として首を横に振った。
「あの女の行方がわかるまでは駄目だ」
「でもヒューイだって、毎週毎週は大変でしょう?」
 ヒューイは学園が休みになる週末、リンジーと一緒にリンジーの家に帰り、またリンジーと一緒に学園に戻っているのだ。
「俺は別に。リンと一緒に居られて嬉しいくらいだ」
「もう」
 唇を尖らせるリンジーは少し照れているようにも見える。

「でもヒューイ、この二か月ほとんど家に帰ってないけど…いいの?」
「かまわん。父上も母上もリンをしっかり守れと言っているし」
「本当?」
「ああ」
「なら良いけど…」
 ヒューイはまた本に視線を落とす。
 リンジーは本を読むヒューイをぼんやりと眺めた。
 何をする訳でもなく、お互い好きに過ごして、たまにアンジーが来て話したり、お父様やお母様を交えてお茶を飲んだり…子供の頃だって毎週遊びに行ったり来たりしてた訳じゃないし、こんなにヒューイと一緒にいるのは初めて。
 なのにちっとも違和感がないのは何故だろう。
 これであの侍女が見つかってヒューイが来なくなったら…もしかして私、ものすごく淋しくなるんじゃないかしら?
 だったら、あんまりヒューイが傍にいる状況に慣れたくはないんだけど…

「そういえば、卒業パーティーまであと二週間しかないのに、ドレスの試着しなくて良いの?」
「大丈夫だ」
「でも…舞踏会の時より、少し痩せてるわよ?私」
 舞踏会の後、ヒューイとザインの事を知って熱で寝込んだり、ケントに告白されたり、ルイス様の件とか、側近兼司書に攫われたり、紅茶に薬物を盛られたり…とにかく色々あった…あり過ぎたから。
 もちろん採寸は改めてしてるんだけど、薬物盛られたのその後だし、試着は必要なんじゃないのかな?
「知っている」
 ヒューイが手を伸ばし、リンジーの頬に触れた。
「リンの心労は俺のせいだ」
 親指で頬を撫でるヒューイは優しいでリンジーを見つめる。
「本当に済まない」
「…ううん」
 小さく首を横に振ると、ヒューイの親指がリンジーの唇の端に当たった。

「傷…少し残ったか?」
 リンジーの下唇にはあの男に噛まれた傷の痕がまだ薄っすらと残っている。
 ヒューイったら、あまり顔を近付けて見るのはやめてよ。ドキドキするじゃない。
「少しね。でも口紅を塗ればほとんどわからないわ」
「そう…だな」
 拳一つ分まで顔を近付けて、唇をまじまじと見るヒューイ。
「…ちか」
 リンジーが呟くと、ヒューイは唇から視線を上げて、リンジーと視線がぶつかった。
 ドキンッと更に心臓が鳴る。
「ヒューイ、近いわ…」
 い…息が掛かりそう。ドキドキして心臓が痛い。
「リン…」
 真剣なヒューイの緑の瞳。
 もしかして、キスされる?
 
 ぎゅうっと目を閉じるリンジー。
「…………」
 …な、な、何もない、わ、ね。
 そろりと目を開けると、ヒューイがニヤニヤしながら至近距離でリンジーを見ていた。
「!」
 何見てるの!?
 人の事観察してるの!?はっ…恥ずかしいじゃないの!
「~~~!!!」
 真っ赤になったリンジーは、心の中で叫ぶが声にはならない。

「済まん。やっぱりリンが俺の事を好きだと言ってくれるまでは止めようと思ったんだが、力いっぱい目を瞑って受け入れようとしているリンがかわいくて」
 ヒューイはそう言いながら口元を押さえて笑みを隠した。
「…かっ」
 かわいくて?いやいやいや。ないでしょ。

「キスを受け入れようとしてくれるのは嬉しいけど、嫌々なら無理する事はないんだぞ?」
 リンジーの頭をポンポンと叩くヒューイ。
「……」
 嫌々?
「リン?」
 頭に手を乗せてリンジーの顔を覗き込む。

 嫌々、受け入れようとしたのかしら?私。
「…だからってその顔を眺めてるのは悪趣味だわ」
 プイッと顔を背けると「ごめん」と言いながらヒューイは笑う。

 でも…私…嫌々、じゃなかったと思う。

 ヒューイから視線を逸らしたままで、リンジーはそう思った。



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