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喉が、食道が、胃が、燃えるように熱い。
落としたカップが膝から床へと落ちる。
「リンジー!?」
リンジーの身体が前に倒れそうになるのを受け止めたヒューイは、脂汗を流しながら胸元を押さえるリンジーの様子にハッとする。
まさか、毒か!?
「誰か来てくれ!」
苦しそうに呻くリンジーに声を掛けながら部屋の外に控えている従僕を呼ぶ。
部屋の扉が開いて従僕と侍女が入って来た。
「ヒューイ様?どうなさいましたか?」
「きゃあ!リンジー様!?」
「医師を呼べ!それから水を!」
従僕が部屋の外へ駆けて行き、侍女が水差しを持ってヒューイとリンジーの側に来る。
ヒューイは水差しから自分の口に水を含み、毒物が混入していない事を確認すると、リンジーに口移しで水を飲ませた。
「リン、しっかりしろ!」
何度も水を飲ませてから、口に指を入れて吐かせる。
何度も何度も繰り返した頃、ようやく医師が到着した。
-----
「ヒューイ君、もう夜も遅い。部屋を用意するから休むと良い」
リンジーの父親が、ベッドの傍らに膝をついてリンジーの手を握っているヒューイの肩に手を置いて言うと、ヒューイは無言で首を横に振った。
「しかし、医師は命に別状はないと、鎮静剤で眠らせているから明日までは目覚めないと言っていたし…」
リンジーはグラフトン家で医師の診察と処置を受けた後、オルディス家へと移されたのだ。
「ここに居させてください」
眠るリンジーの顔を見つめながらヒューイは言う。
父はふっと息を吐くと、ヒューイの肩をポンポンと叩いて寝室から出て行った。
「リン…」
穏やかな表情で眠るリンジーの頬にそっと触れるヒューイ。
きっと毒物を混入したのはあの女だ。
あの、侍女。
俺から遠ざけていたのに。
やはり辞めさせておくべきだった。
「ヒューイ兄さん」
寝室にリンジーの弟のアンジーが入って来る。
「アンジー」
ヒューイが寝室の扉の方へ振り向くと、扉の前にたったアンジーは俯いて、絞り出すような声で言った。
「…姉上との婚約を取り辞めてください」
「アンジー…」
アンジーは意を決して、顔を上げてヒューイを見据えた。
「僕はヒューイ兄さんが好きだし、我が家が兄さんからの援助で助かっている事も良く知っている。でも…ヒューイ兄さんと婚約してから、姉上は何度も傷付けられているじゃないですか!?」
「……」
ああ、そうだ。その通りだ。
「援助金は、父上も母上も僕も、姉上だって、働いて、何年掛かっても返しますから、姉上を解放してあげてください」
「……」
解放。
リンジーに俺の事を信じてもらうための猶予すら、俺の我儘なのか。
しかし…
「…嫌だ」
ヒューイはアンジーに背中を向けると、リンジーの手を両手で握る。
「兄さん?」
ヒューイはリンジーの手を握る手に力を入れた。
「俺はリンが好きだ。リン本人に拒否されるのなら諦めるつもりはあるが、本人以外からは何を言われようと諦めない」
「…姉上を好き?」
「ああ」
「……」
「リンは俺が守る。もう絶対に傷付けさせたりしない」
「本当ですか?」
アンジーが訝し気に言う。
「ああ。リンは俺が守る」
「それもですけど、ヒューイ兄さんが姉上を好きだと言うのは、本当なんですか?」
「ああ。俺にとってリンは唯一無二の存在だ」
ヒューイがそう言うと、アンジーは肩を竦めた。
「ヒューイ兄さん、こちらへ来てください」
寝室の扉を開けて、アンジーは手招きをする。
「しかし…」
ヒューイがリンジーを見ながら言うと、アンジーは
「隣の部屋です。見せたい物があって」
と言った。
「見せたい物?」
ヒューイは名残惜しそうにリンジーの手を離すと、アンジーを追って寝室から続いている隣のリンジーの部屋へと行く。
「そう。これ見てください」
アンジーはライティングデスクの前に立つと、その引き出しを開けた。
「いいのか?」
鍵は掛かっていないが、勝手に開けたら怒るんじゃないか?
「大丈夫です」
アンジーが自信あり気に言うので、ヒューイはその引き出しを覗く。
そこにはクリーム色の封筒が紐で束ねて入っていた。
「これは俺が…」
俺が、夏季休暇に領地へ行っているリンに送っていた手紙だ。
大した事も書いていない「婚約者から定期的に手紙が届いている」という状況を作るためだけに送った手紙。
当然捨てられていると思っていた。何しろ内容がないんだ。
でも、こうして王都に持って帰って来て、保管してくれていたのか…
「姉上は何も言わなかったけど、手紙が届くのを待っていたように見えました」
「リンが…」
「ここに、領地にいた時に知り合った男性からもらった手紙も保管されていたんですが、それは処分したみたいですね」
その時、俺の手紙も一緒に処分されていてもおかしくないのに。
「兄さんが姉上を好きだと言うなら、僕も姉上が結論を出すまでは見守ります」
「アンジー」
「その代わり、姉上を守ってくださいね」
「ああ。約束する」
引き出しを閉めながらニコリと笑うアンジーに、ヒューイは力強く頷いた。
喉が、食道が、胃が、燃えるように熱い。
落としたカップが膝から床へと落ちる。
「リンジー!?」
リンジーの身体が前に倒れそうになるのを受け止めたヒューイは、脂汗を流しながら胸元を押さえるリンジーの様子にハッとする。
まさか、毒か!?
「誰か来てくれ!」
苦しそうに呻くリンジーに声を掛けながら部屋の外に控えている従僕を呼ぶ。
部屋の扉が開いて従僕と侍女が入って来た。
「ヒューイ様?どうなさいましたか?」
「きゃあ!リンジー様!?」
「医師を呼べ!それから水を!」
従僕が部屋の外へ駆けて行き、侍女が水差しを持ってヒューイとリンジーの側に来る。
ヒューイは水差しから自分の口に水を含み、毒物が混入していない事を確認すると、リンジーに口移しで水を飲ませた。
「リン、しっかりしろ!」
何度も水を飲ませてから、口に指を入れて吐かせる。
何度も何度も繰り返した頃、ようやく医師が到着した。
-----
「ヒューイ君、もう夜も遅い。部屋を用意するから休むと良い」
リンジーの父親が、ベッドの傍らに膝をついてリンジーの手を握っているヒューイの肩に手を置いて言うと、ヒューイは無言で首を横に振った。
「しかし、医師は命に別状はないと、鎮静剤で眠らせているから明日までは目覚めないと言っていたし…」
リンジーはグラフトン家で医師の診察と処置を受けた後、オルディス家へと移されたのだ。
「ここに居させてください」
眠るリンジーの顔を見つめながらヒューイは言う。
父はふっと息を吐くと、ヒューイの肩をポンポンと叩いて寝室から出て行った。
「リン…」
穏やかな表情で眠るリンジーの頬にそっと触れるヒューイ。
きっと毒物を混入したのはあの女だ。
あの、侍女。
俺から遠ざけていたのに。
やはり辞めさせておくべきだった。
「ヒューイ兄さん」
寝室にリンジーの弟のアンジーが入って来る。
「アンジー」
ヒューイが寝室の扉の方へ振り向くと、扉の前にたったアンジーは俯いて、絞り出すような声で言った。
「…姉上との婚約を取り辞めてください」
「アンジー…」
アンジーは意を決して、顔を上げてヒューイを見据えた。
「僕はヒューイ兄さんが好きだし、我が家が兄さんからの援助で助かっている事も良く知っている。でも…ヒューイ兄さんと婚約してから、姉上は何度も傷付けられているじゃないですか!?」
「……」
ああ、そうだ。その通りだ。
「援助金は、父上も母上も僕も、姉上だって、働いて、何年掛かっても返しますから、姉上を解放してあげてください」
「……」
解放。
リンジーに俺の事を信じてもらうための猶予すら、俺の我儘なのか。
しかし…
「…嫌だ」
ヒューイはアンジーに背中を向けると、リンジーの手を両手で握る。
「兄さん?」
ヒューイはリンジーの手を握る手に力を入れた。
「俺はリンが好きだ。リン本人に拒否されるのなら諦めるつもりはあるが、本人以外からは何を言われようと諦めない」
「…姉上を好き?」
「ああ」
「……」
「リンは俺が守る。もう絶対に傷付けさせたりしない」
「本当ですか?」
アンジーが訝し気に言う。
「ああ。リンは俺が守る」
「それもですけど、ヒューイ兄さんが姉上を好きだと言うのは、本当なんですか?」
「ああ。俺にとってリンは唯一無二の存在だ」
ヒューイがそう言うと、アンジーは肩を竦めた。
「ヒューイ兄さん、こちらへ来てください」
寝室の扉を開けて、アンジーは手招きをする。
「しかし…」
ヒューイがリンジーを見ながら言うと、アンジーは
「隣の部屋です。見せたい物があって」
と言った。
「見せたい物?」
ヒューイは名残惜しそうにリンジーの手を離すと、アンジーを追って寝室から続いている隣のリンジーの部屋へと行く。
「そう。これ見てください」
アンジーはライティングデスクの前に立つと、その引き出しを開けた。
「いいのか?」
鍵は掛かっていないが、勝手に開けたら怒るんじゃないか?
「大丈夫です」
アンジーが自信あり気に言うので、ヒューイはその引き出しを覗く。
そこにはクリーム色の封筒が紐で束ねて入っていた。
「これは俺が…」
俺が、夏季休暇に領地へ行っているリンに送っていた手紙だ。
大した事も書いていない「婚約者から定期的に手紙が届いている」という状況を作るためだけに送った手紙。
当然捨てられていると思っていた。何しろ内容がないんだ。
でも、こうして王都に持って帰って来て、保管してくれていたのか…
「姉上は何も言わなかったけど、手紙が届くのを待っていたように見えました」
「リンが…」
「ここに、領地にいた時に知り合った男性からもらった手紙も保管されていたんですが、それは処分したみたいですね」
その時、俺の手紙も一緒に処分されていてもおかしくないのに。
「兄さんが姉上を好きだと言うなら、僕も姉上が結論を出すまでは見守ります」
「アンジー」
「その代わり、姉上を守ってくださいね」
「ああ。約束する」
引き出しを閉めながらニコリと笑うアンジーに、ヒューイは力強く頷いた。
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