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「リンジーの家の執事の言う通り、あの男は花屋の従業員に間違いはなかったんですが、三日前に田舎に帰るからと花屋を辞めていたんだそうです」
 馬車の中でユーニスが言うと、向かい側に座ったヒューイは頷いた。
「田舎にいる恋人に求婚するため、と言って花束を注文していたと。田舎は馬車で半日の場所なので、アンジー君が向かっています」
「そうか」
「それで、この馬車はどこに向かっているの?」
 ユーニスの隣に座っているザインが言うと、ユーニスは
「王宮です。ヒューイ様がケント殿下の協力を仰ぐと…」
 と言いながら、ザインを見る。
「ユーニス?」
「…あの」
 ユーニスはザインとヒューイを交互に見ている。
「ああ、いいんだ」
 ユーニスは、俺がヒューイの隣でなくユーニスの隣に座ったのが不思議なのだろう。
 でも、もう、俺はヒューイの隣には行けないんだ。

 王宮に着くと、ヒューイは慣れた様子で取り継ぎを頼むと、返事を待たずにケントの私室へと歩いて行く。
「ヒューイ様、お身体はもう大丈夫なんですか?」
 早足のヒューイの後ろをほぼ小走りで付いて行きながらユーニスが言うと、ヒューイは歩きながら首を横に振った。
「まだ少し視界に霧が掛かっているし、身体も重い。だが、そうは言っていられない」
 ユーニスの後ろを歩くザインは、そう言うヒューイの後ろ姿を黙って見つめている。
 ヒューイの事だから、その身体の重さも俺がをしたせいだともうわかっているだろうな。

「ヒューイ、どうしたんだ?」
 ケントが驚きながらヒューイたちを部屋へと迎え入れる。
 ヒューイが人払いを頼むと、ケントは何も聞かずに控えていた侍従に合図を送った。

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 ヒューイとユーニスの話しを聞き、真剣な表情で頷くケント。
「わかった。俺の護衛騎士を貸そう。諜報専門の班がある。そちらも使ってくれ」
 ケントは立ち上がり、机の上にあるベルを鳴らす。すると侍従が部屋に入って来た。
「ケント、良いのか?」
「良いんだ」
 ケントは騎士団長とその諜報専門班の班長と思われる人物の名を侍従に告げ「すぐにここへ来させろ」と指示を出す。

 程なく騎士服に帯剣の男性と王宮の文官の制服を着た男性が部屋へとやって来た。
 騎士服の男性が騎士団長、文官の制服の男性が諜報班の班長らしい。
「ケント殿下、宜しいのですか?」
 跪いた諜報班の班長がヒューイと、ザイン、ユーニスを見ながら言う。諜報班のメンバーの顔をケント以外の者に知られても良いのか、と言う意味だ。
「かまわん。今は時間が惜しい。それにお前ならまただろう?」
 ケントが眉を上げて言うと、班長はニヤリと笑った。

 リンジーが攫われた時の状況を説明すると、班長と騎士団長は頷いた。
「それでは、私の部隊で花屋の男、及び被害者が拘禁されている場所を特定すべく捜索を行います」
「頼む」
 騎士団長はそう言うと騎士の礼をして部屋を出て行く。班長はケントに頭を下げると
「恐れながら申し上げます」
 と言った。
「何だ?」
「一名、不穏分子として動向を注視している男が居るのですが、首謀者を探し出す過程で、まずその男に焦点を当てても宜しいでしょうか?」
「確証があるのか?」
「まだ私個人の勘に過ぎませんが…」
「誰だ?」
 ケントがそう聞くと、班長はザインを一瞥し、また視線をケントに戻す。
「…?」
 ザインが訝し気な表情を浮かべるが、班長はそのまま話し出した。

「その男は所謂『第二王子派』で、その中でも王位簒奪を最終目的とする強行派です」
「…俺自身は王位簒奪など一欠片も考えた事はないのに…まだそう言う輩が存在するのか…」
 ため息混じりにケントは言う。
「かなり少数になりましたが、その分妄信的です。そしてその男はケント殿下が王位に就くのを阻害するモノを排除しようとしています」
「阻害するモノ?」
「はい。物であり者です。そして私はその筆頭がリンジー様だと考えます」
「リンジーが?」
 首を傾げるケント。
「リンジーが?何故ですか?」
 ヒューイが班長に言う。班長はヒューイを見ながら続けた。
「リンジー様がケント殿下の妃候補だからです」
「は?」
 ヒューイは目を見開く。
「その話しはとっくに消えただろう?」
 ケントが言うと、ヒューイはケントへ視線を移した。
「ええ。そうなのですが、リンジー様とヒューイ様のご婚約が破棄されるとの事で、リンジー様をまた候補に推す声があ…」
「婚約破棄などしません」
 班長の言葉を遮るようにヒューイは言う。
「ヒューイ?」
「婚約は破棄しません。それよりも、その男と言うのは誰なんですか?」
 ヒューイは強い瞳で班長を見据えた。
「そうですね。その男はケント殿下の側近の一人で、側近の仕事の傍ら学園の図書室で司書をしている男です」


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