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「ヒューイ、決めた?」
 ザインが紅茶をカップに注ぎ、ヒューイの前に置いた。
「…いや」
 もう一つのカップにも紅茶を注ぎ、そのカップを持ったままヒューイの隣に座るザイン。
「もうリンジーの誕生日当日だよ?カードを送るかどうかで、いくら何でも悩みすぎじゃない?」
 少し呆れたように言うザイン。

 本当に。
 俺はこんなに優柔不断だっただろうか?
 リンジーの誕生日にカードを送るかどうかも決められない程。

 いや、婚約破棄にしてもそうだ。
 リンジーの父からも婚約を破棄してくれと言われたし、リンジー自身もそう望んでいる。
 俺も、他の令嬢と契約結婚をすれば良いのだと納得している。
 なのに、誰にも急かされないのを良い事に、現状維持のままにしている。

「しかし…俺からのカードなど嬉しくないだろう?」
 俺はリンジーに嫌われているんだ。
 その俺からのカードなどリンジーは喜ばないだろう。
「じゃあ送らない?」
「毎年送っているものを急に送らないのも…」
 リンジーが誕生パーティーをしなくなってから、毎年リンジーの誕生日には朝一番に届くようにカードを送っていたんだ。今日はもう朝一番は過ぎてしまったが、送らないと言うのも何だか違う気がする。
 ザインは小さくため息を吐く。
「婚約破棄する相手にカード送るのもおかしな話だよ?」
 カードを送る事で消極的に維持していた現状が動くかも知れない。リンジーが、リンジーの両親が、父上母上が…誰かが「早く婚約破棄をしたらどうか」と言い出すかも知れない。
「…そうだな」
 
 俺はそんなに婚約破棄をしたくないのか?
 …わからない。

「まあ、とりあえずお茶飲みなよ。ミントティ好きだろ?」
「ああ」
 目の前のカップを手に取り、紅茶を喉に流し込む。
 ミントの清涼感と微かな苦味が口中に広がった。
 ザインがソファから立ち上がり、ヒューイの前に立つ。
「ザイン?」
「…ヒューイ」
 ヒューイが見上げると、ザインは前屈みになり、ヒューイの肩に手を置き、ゆっくりと顔を近付けて、キスをした。

 何度も唇を合わせる。
「ヒューイ…好きだよ…リンジーじゃなく俺を見てよ…」
 切なげに眉を寄せて言うザイン。
「ザイン…」
 ああ、ザイン、好きだ。
 ヒューイはザインの頬に両手を当てると、貪るように唇を合わせ、舌を吸う。
「ザイン…好きだ」
「はぁ…好き…ヒューイ…もっと言って…」
 好き。
 もっと言って。
 吐息混じりのザインの声が頭に響く。

「好き…ザイン…好きだ…」
 頭が痺れて、何も考えられない。
 いや、考えなければ…
 …何を?
 何を考えていたんだったか…
「俺も好きだよヒューイ」
 ザインの声が頭に響き、ヒューイの思考を奪って行く。

 ザインが好きだ。
 ザインが好きだ。
 ザインが好きだ。

 ただそれだけがヒューイの心を占める。

「眠って」
 ザインの声でヒューイの意識は眠りへと落ちた。

 と、その時。

 バタンッ!
 と、扉の開く音。
 ヒューイの意識がほんの少し醒める。

 誰か…来た…?

「ヒューイ様!リンジーが攫われたんです!!」

 ピクン。
 ヒューイの手が小さく動いた。
 …女性の声…誰の声…?
 俺を呼んだ…?
 リンジーが、と言ったような…
 ズキンッ!
 頭が痛い。
 リンジーが…何と言った?
 ズキンッ!
 リンジーがさらわれたんです。
 そう言った。
 さらわれた?
 ズキンッ!

 リンジーが攫われた!?

「…っ!」
 意識は覚醒したが、瞼が重くて目が開かない。

「リンジーが攫われようと、そのまま殺されようと、もうどうだって良いんでしょう!?」
 女性の声が頭に飛び込んで来る。
 リンジーが、殺されようと、どうでも良い?
 どうでも良く、なんか、ない。
 どうでも良くなんかない!
 リンジーは…リンジーは俺の…

 眉間に力を入れて目を開ける。
 視界に霧が掛かったように霞んで見えた。

 腕が重い。脚も重い。頭も重い。
「う…」
 数倍の重力が掛かったように重い身体でソファから立ち上がった。
 粘力のある液体の中にいるかのように手足が動かない。

 早く。
 早く行かなくては。
 
 部屋の扉を開けると、廊下の先にザインとユーニスが見えた。
 ユーニスが小走りに階段を降り始める。
「待て!」
 渾身の力を振り絞って足を動かした。

 リンは俺のだ。
 誰にも渡すものか。



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